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童話 どろぼうサンタクロース

 ふりつもった雪のおかげで、しーんと静かなクリスマスの晩でした。
 家々の明かりが、通りをオレンジ色にそめています。
 キュッ、キュッ、キュッ、キュッ。
 雪をふみしめる音が、がい灯の下で、止まりました。
「われながら、よくできてる」
 白いひげのおじいさんが自分の着ている赤い服を、ほれぼれとながめました。
「本物のサンタクロースだって、こんなに仕立てのいい服を着ているかどうか、あやしいもんだ」
 ぴゅうっと吹きぬけた冷たい風に、おじいさんは、思わず首をすくめました。
「おー寒い。どろぼうも楽じゃないな」
 どろぼうですって⁈ そうなんです。仕立て屋にも、コックにも、本屋にもなりそこねたおじいさんが、最後にたどりついたのが、どろぼうだったのです。
「よし、この家にしよう」
 電気のついていない家があります。家の人は、留守か、寝てしまったのでしょう。
「しめた、鍵がかかってないぞ」
 どろぼうは、窓によじ登りました。
 ところが、部屋に一歩入ったとたん、がっかりしました。がらんとした部屋の中に、目ぼしい物がないことは、一目でわかります。
「おっと、しまった。こんなところに長居は無用」
 大いそぎで、窓わくに、足をかけたとき、おやっと、耳をすましました。  だれかが泣いています。
「いったいぜんたい、どうしたっていうんだ?」
 ひとすじ明かりのもれているドアのすき間を、もう少しだけ広げたとたん、ベッドの上で泣いている女の子と目が合ってしまいました。
「サンタさん、来てくれたのね!」
 女の子の顔がぱっと輝きました。
「メ、メリークリスマス!」
 どろぼうは、大あわてで言いました。
「学校で、みんなが話してたの。サンタクロースは、本当はパパなんだって。だから、うちには来てくれないと思ってた」
「サンタクロースは、だれのパパでもないさ。みんなのおじいちゃんだ」
 どろぼうは、われながら、うまいことを言ったもんだと思いましたが、女の子の顔がまたくもりました。
「サンタさんのふくろ、ずいぶんぺちゃんこなのね」
「それがどうも、とちゅうで、なかみを、おっこどしてきちゃったらしいんだ」
(やれやれ、また泣くんだろうな。こんなことなら、さっさとずらかるんだった)
 ところが、女の子は、くすっと笑って、
「しょうがないなあ、サンタさん。来年は気を行けてね」
(なかなか、見どころのある子じゃないか)
 どろぼうは、ちょっぴり女の子が気にいりました。
「ねえ、トナカイに乗ってきたの?」
「そう。町はずれに、またしてあるんだ。ちょっとばかり、めだつんでね」
「どこに住んでいるの?」
「喜びの谷といってね、北極の近くだけれど、そんなに寒くない。魔法がかかっているからね。春には、花でいっぱいになるし、夏には、小川でおよげるよ」
 答えにつまることはありません。本屋で、はたらいていた頃、クリスマスが近づくと、店先には、サンタクロースの出てくる本が、ずらりとならびました。それを、片っぱしから読んだおかげで、サンタクロースのことなら、本当のサンタクロースよりも、くわしいくらいでした。
 もっとも、お客さんが来たのも気づかないで、本ばかり読んでいたものですから、とうとうくびになってしまったのですが。
「クリスマスじゃない時は、何をしているの?」
「みんなからあずかったおもちゃを修理しているんだ。そうすれば、おもちゃも、子供たちも両方よろこぶだろう?」
「それじゃあ、ぷーぷろんぐも直せる?」
 女の子は、すりきれたも毛布をめくって、古ぼけたくまのぬいぐるみを、ひっぱり出しました。
「ぷーぷろんぐの手がとれそうなの」
「どれどれ、見せてごらん。ふーむ、服も少しやぶれてるな。よし、針と糸をもっておいで」
 何しろ、仕立て屋になろうってほどのうで前ですから、(仕立て屋の主人と、大げんかさえ、していなければですがね)ぬいぐるみを直すのぐらい、朝めし前です。
 どろぼうが、きような手つきで、針をうごかすのを、女の子は、じっと見つめていました。
「さあ、これでよし」
「ありがとう、サンタさん!」
 女の子のキス! それは、あまりに突然で、あまりにも、思いがけないことでした。
 どろぼうは、そっと、ほおをおさえました。
(いかんいかん、長居しすぎたようだ)
「さて、それでは、そろそろ…」
「まって、サンタさん、ママがお仕事から帰って来るまで、もう少しいっしょにいて」
 どろぼうは、びっくりしました。だって、クリスマスの晩に働いているのは、てっきり自分くらいだと思っていましたからね。
「じゃあ、晩ごはんは、一人で食べたのかい?」
「ううん、まだ、食べてないの」
「そりゃいけないな。台所はどこだい?」
 どろぼうは、思わず、そう言っていました。
「さあて、何を作るかな?」
 台所に立ったとたん、どろぼうは、せすじが、ぴんとのびるのがわかりました。そう、白いぼうしと、白い服を着ていた頃のように。
 戸だなをあけて、材料をそろえます。小麦粉、さとう、牛乳と卵。バターはないけど、何とかなるでしょう。
 女の子がおいしそうに、ホットケーキをほおばるのをながめながら、どろぼうは、そっとため息をつきました。
 塩とさとうをまちがえて作ってしまった村長さんのお誕生日ケーキのことを、思い出したからです。
(あれさえなければ、今ごろはレストランのキッチンで、いちごののったクリスマスケーキを作っていたかもしれないなあ)
 女の子が、ぱたっとフォークをおきました。
「おや、まだのこっているよ。もう、おなかいっぱいかい?」
「ううん、あとはママの分」
「それなら、もう一枚焼いてあげよう」
 二枚目のホットケーキを焼きながら、どろぼうは、思いました。
(材料さえあれば、もっとおいしい物が作れるのになあ。そうだ、来年は、材料をかついでこよう。それに、おもちゃもだ。おっと、おれは、いったいどうしちゃったんだ? 久しぶりに料理なんかしたせいで、頭がおかしくなったか? それ!)
 ホットケーキを高々と、ほうりあげると、
「わあ、サンタさん、すごい!」
 女の子が、ぱちぱちと手をたたきました。
「わたし、これからは、自分で、お人形を直したり、ホットケーキを焼いたりできるように、練習するわ。ベッドの上で泣いてるより、ずっとましですもの」
 女の子のきらきら光る大きなひとみに見つめられて、どろぼうは、自分もまだ、そんなに捨てたもんじゃないと思いました。
「さあて、本当にもう行かないと」
「ありがとう、サンタさん!」
 女の子に抱きしめられた時、何だか、本当のサンタクロースになったような気がしました。そう、世界で一番やさしい人になったような。
 どろぼうは、窓から、ふわりと飛びおりると、窓にむかって、手をふりました。
「窓の鍵をしっかりしめなさい。無用心だからね」
 それから、大またで歩きだしました。
「さあて、帰ってねるとするか」
 その時、通りのむこうから、サンタクロースの服を着た人が、やってきました。
「まさか、どろぼうじゃないだろうな?」
 どろぼうが、じろじろ見ていると、
「長ぐつは、やっぱり赤い方がいいだろう」
 その人はそう言うと、せなかのふくろから、赤い長ぐつを出して、どろぼうにわたしました。うちがわに、白いふわふわの毛がついたすてきな長ぐつです。
 はっと顔を上げると、その人はもういません。 どろぼうは、しばらくぽかんとしていましたが、そのうち、黒い長ぐつをぬいで、赤い長ぐつに足を入れました。
「なんて、あったかいんだ。あれ、何か入っているぞ」
 どろぼうは、あわててかたほうの長ぐつをぬぐと、さかさにして、ぱたぱたふりました。    
小さなカードがぽとりと落ちました。
 
  身分証明書
  サンタクロースであることを証明する
             サンタクロース協会
 
  新米のサンタクロースは、古い長ぐつを、ふくろにほうりこむと、胸をはって、さっそうと歩きだしました。
 新しい長ぐつのおかげで、足音が全然しない、みごとなサンタ歩きでね。
                              おわり
     


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