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ママ友、産後二ヶ月の挑戦(まちの不思議 おもしろ探究日記 #14)

(本記事は雑誌『社会教育』2023年8月号に掲載された記事を転載しています)

6月中旬、市議会の一般質問が行われた。
テレビをインターネットにつないで、議会のライブ中継が始まるのを家族で待つ。右手にはスマートフォン。LINEのオープンチャットに集まる仲間たちも、同じように画面の前で待機している。
「きた!」「いつものまりちゃんだ!」「前に話した産後ケアマネの話をしてくれてる!」「そうそう、産後のつらさってまさにそこ!当事者の声が伝わってる」「今のところ、もうちょっと具体的な数字にして答えてほしいねー」「あたたかいのに、言う事はちゃんと言ってて。まりちゃんの素敵さが出てて勇気もらえる!」
画面の中で質問しているのは、四月に市議会議員になったばかりの新人議員松岡まりさん。
3人の子どもをもち、産後二ヶ月で選挙に挑戦した「ママ友まりちゃん」の挑戦の軌跡を、友だち視点からお伝えしていこうと思う。

まりちゃんとは、子どもが通っていた保育園が同じで、地域活動でのつながりもあり、何年も前から仲良くしていた。まりちゃんは食をテーマにしたお話会を開催したり、産前産後の母親向けの出張料理などの活動をしていて、私が主催する「子育て×政治のモヤモヤを語る会」にも、毎回のように参加してくれていた。一人ひとりが無理せず心地よくその人そのままである、という事を大切にしていきたいというところで共感し合っていて、いろんな人たちと学び合いながら、自分の関心事を探究していく場をつくっていきたいね!とずっと話していた。

まりちゃんから立候補の話を聞いたのは、一年くらい前のこと。
地域政党である「国分寺・生活者ネットワーク(以後、国分寺ネット)」が開催していた、インクルーシブ公園の視察会に参加していた時にまりちゃんも来ていて、特別な遊具を体験しながら、「実は立候補のお話をいただいたのだけど、まだどうしようか迷ってて…」と話してくれた。
妊娠の話を聞いたのは、それから少し経った頃。
参議院議員選挙に知人のたむらまなさんが立候補をしていて、そのポスター貼りをチームを組んで手伝う事になり、まりちゃんもそのチームのメンバーにいた。集まったのはみんな小さい子どものいる母親で、幼稚園に送った帰り道や、お休みの日に子どもと一緒に貼ってまわったりして、子どもと暮らす日々の中に当たり前に政治があることの大切さを話しながら、ワイワイとポスター貼りを楽しんだ。その時に「実は今妊娠していて…」とまりちゃんが話してくれて、「おめでとう!」と思ったのと同時に、あぁ立候補の話はなくなってしまうのか、と少し残念に思ったのを覚えている。

女性が選挙に立候補するには、たくさんの壁がある。
立候補にはお金もかかるし、体力も必要だ。
選挙活動中の子どもの世話はどうするのか、さらに出産が絡むとなると、身体の変化とどう両立するのかといった問題もある。もちろん女性の問題だけではないのだが、現実的に女性議員が少ない中、まだまだ体制は整っているとは言えない現状がある。

実際まりちゃんも、妊娠に気が付いた時には「あぁもう立候補はできないな」と残念に思ったのだという。しかし、その残念に思った気持ちから、裏を返せば、本当はやりたかったのでは?と気が付き、産後二ヶ月だからと言ってできない理由はあるのか?むしろ、そういう人でもできるようにしていかないと、いつまで経っても当事者は政治の現場に入れない。それに、産後二ヶ月という無理ができないタイミングだからこそ、たくさんの人たちの力を借りて一緒に心地よくやっていけるんじゃないか。そんな挑戦ならやってみたい!と思ったという。

その思いを受けて、国分寺ネットの方々は、「どうやったらできるのか、一緒に考えながら、ぜひやってみましょう!」と即答したという。その時の前向きな様子に強く背中を押され、まりちゃんは、「国分寺・生活者ネットワーク」から立候補する事を決意した。

予定日通りの出産であれば、選挙は産後二ヶ月頃。ちょうど選挙に向けた活動が一番盛んになってくるタイミングで出産である。他の地域で過去に例がなかったわけではないらしいが、国分寺ネットとしても、大きな挑戦となった。

生活者ネットワークは、地域政党として生活に密着し、生活の中から出てきた地域課題を取り上げて活動している政治団体である。所属議員から議員報酬を市民の活動資金として寄付を受け、日々の市民活動に使ったり、選挙に向けての費用や、ポスター制作やレポート制作、事務等の全てを生活者ネットワークで負担している。選挙運動も政治活動も会員を中心に市民の方々と一緒に作り上げていて、議員は市民の代理人として議会に送り出される。国分寺ネットも、ローテーションを行いながら、国分寺市議会に二~三議席をもち続けてきている。地盤も看板もカバンもない普通の生活者である女性が、その普通の感覚を持ちながら政治の世界に入っていく。そのための仕組みを長年積み上げて活動してきた政治団体だ。

候補者として擁立される事が決まり、ポスター写真を撮影して、レポートができあがり、立候補予定者「松岡まり」が出来上がっていった。立候補予定者としてのルートに乗り始めたまりちゃんは、国分寺ネットの方針も確認しながら、「”がんばらない”をがんばる」をキーワードに、無理せずに心地よさを大切にしていく「ご自愛選挙」を貫いていくことを決めた。

年が明けて選挙も近くなってきて、まりちゃんは動ける範囲で街頭演説を始めた。臨月で駅前に立つ姿を見た友人が、私に言った。
「ねぇ、まりちゃんって、何で産前産後の大変な時に立候補するの?無理してるようにしか見えないんだけど。赤ちゃんのこと考えたらゆっくり休んでた方がいい時期だよね?なんで今なのかな?次の選挙でよくない?」

がんばらないをがんばる。できないことを手放して、できることを持ち寄って。そうやって、みんなでやっていくことこそが本来の政治の姿であり、そういう挑戦だからこそやってみたい、というまりちゃんの思いが、近しい友人にもまだまだ伝えきれていなかった。

臨月で街頭演説をしている様子

そこでまずは、近しい友人としっかりとわかり合っていけるように、まりちゃんの友人が集まる、まりちゃんを応援するためのグループを作ることにした。選挙や政治の話をする場というよりは、まりちゃんを応援する場。気楽に参加しやすいように、でも誰でもいいわけではないので、招待制のLINEのオープンチャットにし、最初の投稿に私はこう書いた。

「まりちゃん大好き♡まりちゃんのファン♡まりちゃんのランチボックス推し♡そんなみんなの集まりの場を作ってみました!まりちゃんの産前産後&市政への大きな挑戦を、みんなでワイワイと楽しくサポートしたい♪見てるだけも、熱い気持ちを語るのも、全部オッケー!入るも抜けるも自由に、それぞれのタイミングで!一人ひとりの心地よさを大切に、できることを持ち寄って、まずはここから豊かな社会を作っていきたいと思います」

グループの名前は、まりちゃんが産前産後の母親向けに作っていたランチボックスからもらって、「まりちゃんのおいしいランチボックス」とした。

グループが出来てしばらくは、産後に向けたお手伝いの体制をどうするかといった相談がメインとなり、無事に赤ちゃんが生まれたときはみんなで大喜びした。
退院してからは、家事を手伝いに行ったり、遊びに行ったりといったスケジュールを、パートナーの方にも入ってもらいながら、みんなで調整していった。生まれたばかりの赤ちゃんだけではなく、お兄ちゃんお姉ちゃんの遊び相手をどうするか、習い事のお迎えをどうするか、家族のご飯をどうするか、産院への送り迎えをどうするか。
それぞれが無理なくできることを持ち寄って、まりちゃんとまりちゃんの家族をサポートしていった。
そして、その様子も少しずつSNSで発信していった。

4月に入り、みんなで支え合った産後1ヶ月半が過ぎ、いよいよ選挙も近づいてきた。
まりちゃんがいよいよ動き出すことになり、まずは街頭演説をしてみよう!となったのだが、やはり思うように体は動かなかった。
そこで、赤ちゃんを抱っこしながら駅前のベンチに座って演説をする「駅前トーク」をやってみることになった。ランチボックスの友人たちが日替わりでインタビュアーになり、時には赤ちゃんの抱っこを代わりながら、ずっと聞きたかったことを、順番に質問していった。

「なんで今立候補するの?」「なんで政治なの?」「がんばらないをがんばるって言ってるけど、がんばってない?」「おいしいとか心地よさとか、自分を大事にするって、どうやって政策にしていくの?」「なんで国分寺ネットから出たの?生活者ネットワークって?」

わかっていたような、前に聞いたような、でも納得しきれてない、腑に落ちていないことを、改めてしっかりと正面から聞いていくことで、まりちゃん自身も人に伝えていく言葉が洗練されていき、聞いている友人たちもまりちゃんの思いを受け取っていった。そして、この様子も、SNSで配信していった。

さらに、まりちゃんがこれまでやってきていた「お話会」も開いた。
タイミング的には「決起集会」なのかもしれないが、その言葉のイメージはどうも合わないので、出入り自由で子連れで集まり、みんなでご飯を食べながら話をする会とした。自分の産前産後にほしかったものや、しんどかったこと、自分を大切にするということの意味、ケアする側が満たされていないとしんどい連鎖が続いてしまうこと、だからこそ産後のケアマネ的存在が必要なんじゃないか、こういった事こそをまりちゃんに議会で取り上げてほしい!といった話にも展開した。

まりちゃんの産後をみんなでサポートしていくといったところから始まり、できることを持ち寄り合って、政治活動も一緒につくり上げていく中で、みんなでまりちゃんの選挙を盛り上げていこう!という雰囲気がどんどんと出来上がっていった。

ベンチに座ってインタビュー形式での駅前トーク

選挙期間が始まっても、まりちゃんはがんばらないをがんばっていた。
日中は地域を演説してまわるため、活動の時間は増えていたが、無理はせず、授乳のために頻繁に家に帰り、家族で過ごす時間もしっかりと確保した。
友人たちも、家族のご飯をつくったり、上の子たちの遊び相手をしたり、まりちゃんの話し相手になったりして、みんなで楽しくサポートしていった。また、選挙の手伝いも、ポスター貼りや、チラシの証紙貼り、SNSの投稿やバナー作成、選挙カーの運転やウグイスなど、それぞれが心地よくできる範囲で手伝っていった。
「現在松岡まりは、授乳のため休憩をいただいております」とアナウンスをしながら選挙カーを走らせたり、みんなでアイディアを出して工夫しながら、がんばらないをがんばる「ご自愛選挙」をつくっていった。

選挙中も授乳のため頻繁に休憩する

もちろん、このご自愛選挙ができたのは、友人のサポートだけではない。実際に選挙カーを運転していたら、次々と「まりちゃんに会えるのを楽しみにしていた」という方が出てきてくれて驚いた。それは、出産前後でまりちゃんが十分に活動できなかった分、他の国分寺ネットの方々が地域を歩いたり街宣活動をして、まりちゃんの活動を紹介してくれていたのだった。この次々と出てきてくれる様子に、国分寺ネットが地域の中で積み上げてきた底力を実感した。この底力があるからこそ、「ご自愛選挙」は成り立つのである。
また、「子連れ選挙」に対する社会の関心も後押しとなった。先述のたむらまなさんが中心となって、子連れでの選挙活動はどこまでがOKなのかをわかりやすくリーフレットにまとめてくれた。私たちもそれを参考にして、それぞれの子どもたちにつらい思いをさせることなく、選挙期間を過ごすことができた。

他にも、保育園やご近所さん、パートナーの方の職場など、本当にたくさんの方が手伝ってくれて、世代を超え、立場を超え、それぞれができることを持ち寄り合って社会をつくっていくという、まりちゃんが今回の挑戦で伝えたかったことを、改めて実感する選挙となった。

産後2ヶ月での7日間のご自愛選挙期間を駆け抜け、まりちゃんは1840票を獲得し、立候補者30人中13番目の得票数で当選した。当選後の研修では、生後3ヶ月になった子どもが慣らし保育中だったこともあり、市議会の研修で初めて自宅からのオンライン参加が許可された。他にも、産後すぐのまりちゃんが議会にいるということで、国分寺市議会の中でも様々な小さな変革が起こり始めている。

友人たちが集まるオープンチャットは、引き続き子育ての話や教育の話が展開されていて、それは冒頭の一般質問にもつながっている。

がんばらないをがんばる。できないことは手放して、できることを持ち寄って、自分を大事にする。まりちゃんの挑戦は、今後どこまで広がっていくのだろうか。
ママ友として、市民として、とても楽しみである。


▼ 雑誌『社会教育』

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