震える水 #2 魔振について

文章というのはなんでこう遅すぎちゃうんだろう。指を離れ、泡沫がむすびつきあってひとつの像を形成するころには、もう思考のプロセスは終わっていて、旅行から帰ってきた家みたいになっている。

それにしても「思考」という言葉は大キライだ。何を偉そうに、言い表したつもりになっているのか。【窓辺から西日が刺してくる】これが俺の思考だ。ソレ、そのまま、今みたいに言葉にすることができたなら。ギターをひくひと、ピアノをひくひと、スプレーを噴射するひと、きっとみんな、同じように速度のことを考えている。俺は、文章では、ついていけないかもしれない。ていうか、BMXがほしい。

「げんしけん」を再読する。おもしろいマンガだ。そうしていると、片隅に立っていた呪いの人形が(チビた、辛気臭い顔の)話しかけてくる。

「noteで書いていた私小説を、そろそろ進めたほうがいいんじゃねえか?」

うるさかった。でもそれが久しぶりに書き始めた理由だ。言っておくけど、どんな比喩も介在しない三日間があったとして、俺は初日に呪いの人形を発見した。残りの二日で書き進めた。絶対に推敲しない。

それでは、前回の記事に引き続いて、地獄川一派の支柱的存在「八心」のメンバーを紹介しよう。200人余りの霊媒師集団を治め、トップに立つ八人のUdekikiだったんだ。強さっていうのは過剰であることか、スキがないってことなのか、きみだったらどっちだと思う?

5. "異端" の 魔振(マーブル)

魔振は、いま語ろうとしている物語において、ほんとうに重要な人物のうちのひとりになる。朝顔のツルにツルが縛りつくように、闇雲に歴史の連続性だけ繋がってきた地獄川ヒストリーなんだけども、そいつをひっくり返した張本人ってことになる。

少し話は逸れるけれど、たかだか100年弱のいのちの道が続いたとして、羅針盤は要ると思う? 安い神話みたいに、右手と左手に道が二股に分岐しているなんて、そんなわかりやすいことが人生にあるだろうか? 俺は天気が変わるんだと思う。雨つづきの道なのか、熱射の道なのか。問題なのは、歩いている本人にとって、他の道の天気なんて気づきようがないってことだ。

もったいぶった言い回しはやめよう、とにかく魔振は、私の精神性に強ーい影を落とした凶悪な考古学者なんだ。その顛末を語ることが、この私小説のほとんどを占めることになるかもしれない。でも詳しくを語るのは後にしよう。

なんで彼が"異端"の通り名を与えられたのか? それは私と同じように、地獄川の外からやってきた「余所者」であるからだ。

霊媒師の立場で言うのもアレだけれど、魔振の出自はとってもオカルトじみている。前に説明した通り、月が近づいた夜のこと、入山願いを出された里の赤子たちに混じって、なぜだか魔振がいた。

顛末が判明したのは、マーブルが霊媒師として拝命された、すぐ後だ。正式に霊媒師になった者は、里親に連絡が行く。しかし里のどこにもマーブルの親はおらず、「Youはどこから地獄の里へ?」てなノリで大騒ぎになったらしい。

それ以来、彼はさまざまな白い目を被ることになったんだ……一時は霊媒師への採用も見送るべきだとの意見も強くなったのだが、魔振は、とにかく、バツグンに霊能力が高かった。そして不気味なほどやさしかった。きっと、少年時代は、ガラスのように透明で、素直だった。

彼が"考古学"……地獄川の歴史について文献を読み解き、想像力をともなう解釈によって神話にも似た物語を紡ぐ……そんな使命をみずからに課したのは、ある意味で誰よりも地獄川のことを「知らない」からだったのかもしれない。生まれ持った「当たり前」のようなものが彼には欠落していて、その空いたところにはまるようなピースを永遠に探していたのかもしれない。

だから彼はひとり地下室にこもって、ひたすらに古今東西の文書を読み漁り、自分でも本を書いていった。魔振と直接会うのは、地獄川の中でもごく限られた者だけになった。そんなだから人々も彼のことを「異端」と呼ぶのをやめなかった。だから、私も「異端」であることは間違いなかったのだ。

参考までに、魔振がこれまでに書いてきた本や物語のタイトルを以下に列挙しよう。

・地獄川戦記 (全十八巻)

・原始 霊媒譚

・除霊 その歴史と伝統

・地獄のルーツ

・深緑のなかで 〜地質から学ぶ地獄川の歴史〜

・妖怪大百科

・呪いと生活 生きることの呪術的側面

・差別と地獄

・ドラゴン伝説(全十巻)

・しんだら、どうする?(幼児向け絵本)

・輪廻概論

・EATER(全六巻 コミックス。魔振は原作者として制作)

・死の音楽

・死と演奏

・ぜんぶ壊れる(詩集)

・サルでもできる除霊入門

・暗黒魔法の系譜学

・破滅は繰り返される 〜地獄川の人生訓〜

・月について

・やすらぎ(第二詩集)

・改訂版:除霊 その歴史と伝統

・呪いという習慣

・Legendary 村をすくった霊媒師たち

・山唄 詠み人知らずの慕情

・聖と俗の除霊史

・私たちの中にいる神々

・怨念の力学

・怪談

・たましいの都市学

・式神の作法

・霧をはらうな、耳を澄ませ

・だれが法をつくったのか

・"心"と"霊"の哲学

・住まいにとって明暗とはなにか

・口寄せ美学論

・地獄概論

・異端日誌

・終わりなき病

・声の文化史

・霊媒とはなにか

・失われた力

・生き死にの本質

・魂揺れ(第三詩集)

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次回は紹介しきれなかった以下のひとたちについて書いていきます

6. "真眼" の 波震(パープル)

7. "吟唱" の 哀堀(アイボリー)

8. "安楽" の 癒牢(イエロー)

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