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───温厚で優しい、彼という人間の真理。 彼は平生、無である。人間関係に於いては、素よ…
「お葬式のときには、これ使ってほしい」 母が持ってきた一枚の写真は、いつかコスモス畑で…
───暗い影を背負う者同士は、無意識に引かれ合い、身を寄せ合う。 今日も彼はやって来た…
祖母が遺した物は、柔らかく温かみのある、一枚のちぎり絵───。 寝たきりになった祖母が…
あれは、私が専門学校を卒業して社会人となったばかりの、初夏の頃のことだ。 締め切った…
序 太陽がその存在を大きく示す、夏が終わった。だんだんと日の暮れるのが早くなり…
二 翌日。彼は同じようにやってきた。そして今までのように、私に歌を聴かせてくれた。 乾いた春の空気によく響く、その澄んだ歌声に、私は飽くことなく耳を傾けた。 それから、私たちは言葉を交わすようになった。いろいろな話をし、彼のことも少しずつ知っていった。 彼は幼いころから体が弱く、病気がちで、現在も街の大きな病院の世話になっているのだが、近ごろは大分体調も落ち着いており、暖かな気候のこの時期だけ、生家のあるこの地で過ごすことが許されたのだという。 そして、
一 あれは、桜の盛りも少し過ぎ、柔らかな陽光が暖かい日の続く、ある春のことだった…
薄っすらと夜の明け始めた午前五時過ぎ。やっと、あの人からの返信が届いた。私はすっかり腫…
「人間は、いくつになってもひとりなんだよ。人間だけじゃない、どの生き物も同じさ。そういう…
一匹の黒猫が存在する。 人々の寝静まった真夜中の路地裏で、僕はその黒猫に、文字通り呼…
僕たちは夢を見ていた。長い長い夢だ。僕たちというのは、僕と、僕の中にいるもう一人の僕の…
一 久しぶりの連休だ。しかも、三日ある。しかしせっかくアラームもかけずに昼すぎま…
「じゃあ、また。元気でな」 新宿駅の改札で娘と別れ、一人帰路に着く。新宿から茨城のアパートまでは電車で約一時間半。たまに東京まで出る分には、あまり長くは感じない。 妻は娘がまだ小さいときに亡くなり、その一人娘もとっくに家を出て、東京で一人暮らしをしている。 自分はというと、娘が家を出たのを機に持ち家を売り、今の茨城のワンルームに引っ越した。一人で一軒家を管理するのは案外骨が折れる。昔は色々と凝っていた庭も、最後にはただの荒れ地と化していた。それに何よりも、定年を迎え子