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皮と中身
上記記事拝読しました。
いやあ、優しい。優しいです。
私にはこういうの優しさだと思うんだけど、同じことをしていても「優しい」⇔「冷たい」という真逆の評価に、真っ二つに分かれるでしょうね。
私もこういう記事書いたところでした。
もう、偽物から見ると、本物のほうが「ダメなもの」に見えるんです。
不思議ですが、それはほんとうにそうなのです。
先日、「謎の木工職人」を名乗る知人wと話していまして、皮と中身の色が真逆の種類の木があるという話を教わりました。
皮が白くて中身が黒い木と、皮が黒くて中身が白い木があるそうです。
そうすると、皮しか見ない人と、割って中まで見る人とでは、「黒い木だ」「白い木だ」「中身と皮とで色が逆の木だ」というふうに、その木の認識がそれぞれ違ってくる。
世の中、皮しか見ない人が多い。いや、中身という概念すらない人までいそうです。「自分は皮を見ている」と自覚していればまだいいのだけれど、もう脳内が二次元の平面でできているのだろうというような短絡的な人が多くて、そういう人は世界が平面の絵のように見えるのだろうから、皮しか見えないし、立体という概念がそもそもなく、「中身って何?いったいどこのことを指すの?」という感覚だろうと思います。
そういう人は「肩書イコールその人」、とか、「ラベルイコール内容」、とか、「評価イコールそれの価値」、というふうに、皮を「それそのもの」だと認識しているのでしょう。
そういう人が社会の大半だとなると、肩書やラベルや評価さえ良ければうまくいく社会が出来上がります。まさに今この社会がそれだと思います。
中身とはいったい何なのか?改めて説明しようとすると難しい。それは言葉では説明できないかもわかりません。そもそも言葉自体が「皮」に過ぎないかもしれません。ですから、文字や映像というバーチャルの世界ではなく、実際に自分の手元で実物でもって確かめるしかないですね!
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