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今年の公募の振り返り

さて、本日12月25日。今年出した公募の今年中に分かる結果は出てしまったので、公募に焦点をあてた今年の振り返りをしていきたいと思う。
結果に関してはもう書いてしまっているから特筆事項なしな気もするのだけれど、来年の私にとってこれが備忘録として役に立つことを祈っている。

はじまりは今年の2月のことだった。一昨年くらいから、公募新人賞への挑戦は考えていたけれどなかなか踏み出せずに今年の2月に至り、小説すばる新人賞への投稿を諦めよう、そして公募に参加するということ自体も諦めようと挑戦もしないで考えていた私。
諦めよう、諦めようと考えていたら、何もせずに諦めるのはいかがな物かと言い出す自分がいて、じゃあ今年から5年間に縛って挑戦してやろうやないかいと、諦めようとする自分と諦めるなという自分のせめぎ合いを諦めるなの方が制した結果、結論としてたどり着いた。

小説すばる新人賞は憧れの賞だった。その賞への憧憬の源泉はきっと朝井リョウ先生をはじめ、自分の好きな作家さんのデビューを辿ればその賞に行き着くからだ。

けれど私の諦めの源泉も小説すばる新人賞だった。選考委員陣の中に朝井リョウ先生の名前がある。私は朝井リョウ先生と同い年であり、審査する側に同い年の先生がいるということは、若い才能を求められているのではないだろうかと考えたのだ。実際、受賞しデビューする方々は若いかたの方が比率が高く思えた。

だから諦めようと思った。私は34歳。若くはない。年寄りでもないけれど、夢を追うには少々年増だ。でも思ってしまった。作家という職業への憧れを目標に変えて、そして現実にしたいと。

だから5年という年限をつけた。5年後私は39歳。40歳になる年には違うことをしよう。書き続けてもいいけれど、いったんそこで年限をつけるべきだと思った。なんとなく。区切りは必要だ。〆切のない原稿が一向に進まなくてもなんの気の焦りも出ないように、区切りのない目標はだらだらしてしまう。私はもう、書くことに対してだらだらと未練を残したまま続けたくない。

そして私は書き出した。

まず新人賞への投稿スケジュールを立てる。思い立ったのが2月だったので、夏と冬らへんに出せればよいなと思ってなんとなくスケジューリングしていく。最初に出そうと思ったのは小説野性時代新人賞だった。

こちらの賞も私の好きな作家さんを輩出している賞で、どうせなら自分の好きな作家さんが選考委員をしている賞がよいとも思った。小説野性時代新人賞の選考委員には辻村深月先生の名がある。これだと思った。

そこから新人賞へ投稿するのなら、今までのノンプロットで行き当たりばったりの書き方を改めようと考える。とはいえ、プロットを立てたことなんてない。まずはプロットの立て方から勉強した。それから小説における作法も一緒に学ぶ。

結局原稿へ入ったのは3月頃だったはずで、そこからひと月半ほどかけて、小説野性時代新人賞へ投稿する作品の初稿を書いた。

私は無音の状態で作業が出来ない女で、執筆中は延々と海外ドラマかYouTubeで動画を流している。その中でおすすめに上がってきたのが、小説現代リニューアル創刊号の密着動画だった。

YouTubeでその動画を最初から最後の回までじっくり見た。そして、思い立った。小説現代長編新人賞へも出そうと。

小説現代長編新人賞へ出すことに決めたのは偶然だった。YouTubeのおすすめに上がって来なければ、賞の存在すら知らなかった可能性が高い。思い立った理由としては、その動画の中で小説現代長編新人賞の選考会の様子が上がっていて、選考会の様子を垣間見ることが出来、こんなに熱い感じで推されるのはさぞかし幸せだろうと思ったからだ。

特に印象的だったのは、つい最近逝去された伊集院静先生である。熱烈に推していた作品が受賞出来なかったらしく、作品が悪いのではなく選考委員が不勉強であるとおっしゃっていた。こんなに推してもらえた作品の作者はどんなに嬉しかろうと私は思った。私もそうなりたいとも思った。だから私はこの賞へ出そうと決めた。

それが5月の半ば頃のこと。そこから一気にプロット、初稿と進み初稿が上がったのは6月の半ば頃。

そこから小説現代長編新人賞へ出したのが、6月の21日。ある程度推敲をしたつもりでいたけれど、後から見直せばかなりアラのある大味の作品だったと思う。なぜ、あんなに焦って出したのか覚えていないのだけれど、早く出してすっきりしたいと思ったんだろうと思う。
初めての公募にエンターを押す手が震えていたのを今でも覚えている。あんなに緊張したのは、久しぶりのことだった。

8月。私は小説野性時代新人賞への投稿のため、梗概とタイトルを考えていた。初稿を上げればタイトルが浮かぶだろう。次の作品を書いているうちにタイトルが浮かぶだろうと思っていたら、ずっと思い浮かばなかった。うんうん言いながら、梗概とタイトルをひねり出す。タイトルに関して言えば、今でも納得出来るタイトルではないなと思うのだけれど、それ以外のタイトルはもう出てこなかった。〆切のギリギリになってやっと出てきたタイトルと梗概で、提出。震えはなかった。

9月。小説現代長編新人賞の1次選考結果の発表。9月に入ったその時から、私は緊張していた。初めての公募新人賞の結果発表。日を追うごとに落ち着きがなくなり、主人にうるさいと言われる日々。しかも私は九州在住のため、発売日には届かない。(小説現代は宮田愛萌さんの連載が始まってから定期購読している)発売が確か金曜日だったか。届くのは月曜日になりそうだということで、私のドギマギは延長戦に入るかと思われた。
そんな折、関東に住む友人からラインが入った。私の推しアイドルグループの展覧会に行っているが何か要るか?とのライン。欲しいものを頼み、頼み事ついでに、もし本屋に行けるなら本屋で小説現代を確認してきてくれないかと頼む。
今思えば、1次は通過していたからよかったものの1次通過出来ていなかったら、私の落胆に付き合わせることになっていたと思うと申し訳ないことをしたと思う。

10月。小説現代長編新人賞の2次選考は落選。不思議と落ち込みはしなかったけれど、講評を読んで私はまだ出来ることがあるしまるでダメではないと思えたのはよかった。

11月。小説現代長編新人賞へ出していた原稿をカクヨムコン用へ改稿する作業に追われ、新作は書かずにいた。講評に書かれていたこと、それに読んでいただいた先輩からの助言を受けた改稿。現在絶賛カクヨムで投稿中である。31日に最終話が更新される予定だけれど、年の瀬に読むような話ではないと思う。

12月。新作への取り組みを始める。未だにきちんとは固まっていないけれど、方向性は見えてきた。2月にメフィスト賞へ出そうと考えていたけれど、それはやはり体調などを鑑みると無理だろうということで、焦点を小説すばる新人賞へ絞った。これからまた書いていく。

そして本日、午前零時。私は発表を待って無理矢理起きていた。かなり眠かったけれど、早めに確認して楽になりたかった。まず、Amazonで検索をかけると出てこない。何時に配信になるか知らないなとふと思い、じゃあ諦めて寝るかとならないのが私だ。BOOK☆WALKERならあるかもしれない。そう思って、BOOK☆WALKERのサイトへ飛ぶ。やはりそこにはもう配信してあった。

私は大急ぎで購入し、確認する。最初、名前はないと思った。一通り見たけれど、名前が見当たらない。ダメだったか……と思いながらもう一度見てみる。すると、先ほどは見逃した自分の名前がそこにあり、夜中なのにもかかわらず結構大きな声が出て、自分が一番びっくりした。

2023年に出せた公募新人賞は2つ。小説現代長編新人賞、小説野性時代新人賞。どちらも1次選考を通過することが出来た。初年度としては上出来だと思う。もちろん、小説野性時代新人賞は選考中なので残れるところまで残りたい。

2024年は、まず小説すばる新人賞。そして小説現代長編新人賞、小説野性時代新人賞などに投稿する予定でいる。小説現代長編新人賞に関しては、選考委員の凪良ゆう先生と、小説現代の編集長の前で「来年は最終選考に残って、読んでいただけるように頑張ります」と宣言したので、有言実行出来るように努力する。

書くのが好きだ。それは確かなことで、揺るがない。これからもどんどん書いていきたいと思う。

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