連作50首「相続放棄」

第2回笹井宏之賞応募作品「相続放棄」です。


日常に関係のない糸を切る赤いコードはもう切れている


空っぽの宝箱では生きづらく家族を宝物としておいた

下水処理施設の前で待ち合わせ嫌なことばかり言いそうになる

その人が灰になっても大切なわたしの命に別状はない

容量の少なくなったお菓子みたい記憶よりも小さいあなたは

秘密基地みたいで結構いい部屋じゃんかっこいい呼吸器もつけてるし

なめらかに非日常へと紛れ込みテレビカードの残高が減る

イヤホンと良さげなゼリーを買ってくるクリア報酬のないクエスト

繋がりを示す書類に判を押す鎖も血液も同じ味

ずいぶんと引き伸ばされたアウトロでまだ帰らせてくれないらしい

保護であり拘束だったのは恩じゃなくないですか病室の壁

春はまだ来ない あなたには鉢植えの花の言葉が聞こえていない

守るべき人がいるのは弱点が増えるということなのだから損

感情の仕組みはトランシーバーで向こうが泣いていると泣けない

許すしか選択出来ない問題を出して許された気になるなよ

木の上に立って見る、と覚えましょう何を見ていたかは別として

見慣れない夜のホームで待つ電車 夢は人身事故で遅れる

いつまでも治らない傷アパートの前に散乱したままのゴミ

持ってきたタオルも食器も買い換えて実家の気配を失っていく

子供の頃よくお使いに行っていたスーパーで二割引の惣菜

自分では買わないお菓子買ってきて十年ぶりに起き上がる舌

落としても壊れない皿そんなにも過去に執着させたいのかよ

飛びかたを教えてもらえない鳥は這いずり回って生涯を終え

普段からゾンビが着てるような服ばかり着てるし部屋で死んでる

命令を待つ 紐のない首輪には意味がないって気付いてからも

非正規の店で修理した魂 涙の部品が入っていない

泣かなくて偉いと昔は言われてた今は白い目で見られている

取り替えた電球が前より暗いずっとこんな感じなんだろうな

試験管ベビーが大事に保管する自分が入っていた試験管

受け取った無償の愛を捨ててからすべての愛を買えなくなった

狭い路地自分で作った標識に囚われて後戻り出来ない

ずれていく安い電波時計を見て神を論破したつもりなのか

祝福の言葉で聴覚を刺激していない歴 が更新される

おかえりなさい ご飯? お風呂? それとも無 じゃあ無で 部屋の隅はいいなあ

なんといま孤独を体験できるという孤独カフェが大人気なんです!

雑談をせずに終わった一日が独り言のダジャレを増やす

血を流す人々は詩で救えないまた体重が減ってしまった

側溝の隙間は心地よいけれどお花畑で死なせてほしい

真夜中の強風波浪注意報アニメのギャグパートを遮って

八度五分 寝込んでいると目の前の壁から男女による笑い声

今後もう会うことのない友人がハワイの砂浜で飛んでいる

ロケットが不要な部分を切り離すように消していく連絡先

タメ口を利く対象が全滅し失った一人称がある

ネットの海にいくら潜っても哺乳類 群れからはぐれた動物は死ぬ

アルバムに引っ越す前の台所使いにくさを馬鹿にしていた

心臓にあいた穴から鳴る音が綺麗でいまも塞げずにいる

冬は嫌い 蜘蛛は殺してはいけない 政治のことはよくわからない

アイドルの年越しライブを見なくなる読んだ漫画をもう一度読む

初詣五分で終わらせて帰れば家族単位の人混みを縫う

まるでひとりで生きてきたみたいな顔でこれからもひとりで生きていく


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