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いきものがかりと「この人たちがいなければ音楽やってなかった」の距離感について--水野良樹さんとの対話(令和3年春版)

いきものがかりのリーダーであるとともに、最近では楽曲提供や『関ジャム 完全燃SHOW』への出演など個人でも活動の幅を広げる水野良樹さんにインタビューしました。

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僕自身にとっては2016年、2019年に続いて3度目のインタビューとなるのですが、今回の記事の内容についてより見通しを良くするために3つほど前置きをさせてください。


【前置き その1】

いきものがかりは2021年3月31日ニューアルバム『WHO?』をリリース。また、水野さんと14人の音楽家・表現者の方々の対談を収めた書籍『うた/ことばラボ 「うた」と「ことば」についての14の対話』が4月14日に発表されました。今回のインタビューは、これらの作品の内容を踏まえたものになっています。


【前置き その2】

また、いきものがかりは2020年4月に独立して自分たちの事務所「株式会社MOAI」を設立。水野さんはその社長としての役割も担うことになりました。おりしもコロナ禍のタイミングでの独立となったわけで、その中での苦労や独立の背景にあった考え方についても伺いました。


【前置き その3】

いきものがかりはグループとしてのnoteで情報発信を行っているのですが、その中にあった昨年9月の記事内でのソニーの梶さん(かつては宇多田ヒカルにも関わり、現在はいきものがかりのチームに参画)のこんな発言が気になりました。

「彼ら自身なんとなく軟式なイメージがあるので、もしかしたら世間から見れば、硬派に音楽に向き合っている姿に気づいてない人も少なくないかもしれない。で、今は彼ら自身も、そういう一面を世間の人にもっと知ってもらいたいと思っているんでしょうね」

「歌や曲に改めてすべてのフォーカスを当てていこうということですね。別に今までそれをないがしろにしていたわけではないんだけど、人気者になってしまったがゆえに見失ってしまったものもあるかもしれないから、もう一度見直したうえでちゃんと世の中に広めていく方法を考えていこうっていう話をしました」

過去のインタビューにおいても、「メジャーフィールドで広く届く音楽」を志向しつつも時として「コアな音楽好きに響く作品やアーティスト」に対しての葛藤を隠さない水野さんのスタンスについて、その裏側にある思いを聞かせていただいてきました。今回も、音楽シーンが大きく変化する中におけるいきものがかりのポジションやそれについての率直な心持ちをお話しいただきました。


というわけで、前置きはここまでとなります。独立について、アルバムについて、音楽シーンといきものがかりについて、この先の創作のあり方について……がっつり語っていただきました。約10,000字、一気にどうぞ。


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創作につながる刺激を自分に入れないといけない


--前回インタビューさせていただいたのが2019年の5月だったので、「水野社長」になられてからは初めてお話しさせていただくわけですが……

水野 (笑)。

--独立を決めたのが2019年の初夏だったそうですが、その後事務所を設立されたのが2020年の春ということで、いきものがかりはまさに社会がコロナ禍に突入してくタイミングで新しい道に踏み出すことになりました。まずは独立してからの1年を振り返ってみてどうだったかというところからお話しいただければと思っています。ざっくりした質問になりますが、実際に独立してみていかがでしたか。

水野 正直なところで言えば……大変でしたね(笑)。普通に独立するだけでも大変なことなのに、その中で誰も経験したことない状況に対処しないといけなくなってしまったので。今まで20年くらい活動してきてライブがとんじゃったことってほとんどなかったんですけど、独立直後にツアーが2本もできなくなって、そこまでに考えていたプランも改めて見直さないといけなくなりました。ちょうど家にいる時間が長くなっていた時期でしたけど、環境としてはかなり目まぐるしく動いていたなあと今思い返しても思います。

--独立するとなると、今まではタッチしていなかった業務が各所で発生しますよね。

水野 はい。去年のあたまくらいから夏頃までは、前の会社からの引き継ぎ作業が多方面でありました。ファンクラブについてだったり、楽曲の権利関係の管理についてだったり……どうやって進めるかは事前にもシミュレーションしてたんですけど、いざやってみるとやっぱり細かいところで引っかかることが多くて。新しいスタッフの方とこれまでの経緯を共有したり、ちょうど去年の春先は先方の担当の方が出社されてないこともあって時間がかかったり、手探りの中で少しずつ何とか進めていったという感じでした。

--そういった権利関係の話とかも含めて、実務についても水野さんがタッチされてるんですか?

水野 最初の方は特にそうでしたね。ほんとに作業が膨大にあったので…こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、グループの活動が止まっちゃってたからこそ集中してやれた部分もありました(笑)。今は体制も整ってきたので、最後の確認だけ僕がやるという形でスムーズに回るようにだんだんなってきました。

--なるほど……だんだんベンチャー企業のやり手社長に見えてきました。

水野 いや、ほんとに名ばかりなので……(笑)。皆さんのおかげで少しずつですが楽になってきてはいます。

--独立することで大変なことが起こるというのはある程度は想像されていたと思うんですけど、それでも今回の意思決定に踏み切った背景には放牧中にお一人で動いていた時の経験も生きているのでしょうか。自分のペースでやるからこその機動力の高さみたいなものは実感されていたかと思いますが。

水野 僕自身に関しては大いに関係しています。ただ、僕は性格上「全部見ておきたい」みたいに思うことが多くて、その気持ちが満たされている方がメンタルが保たれるんですけど、一方で「パフォーマンスに集中していたい」っていうタイプの人もいると思うんです。この辺は向き不向きもあるので自分のやり方にメンバーを誘う勇気が最初はなかったんですけど、この先長期的にいきものがかりを続けていくためにどうするか話していくなかで独立という選択肢が徐々に出てきたという感じです。放牧期間中は僕だけじゃなくてメンバーそれぞれ考えるところがあって、グループとして常にイケイケドンドンで行けるわけじゃないというのも身にしみてわかっているし、グループを離れたところでのプライベートの人生設計もありますよね。先日吉岡(聖恵)が結婚しましたけど、そういうことも含めて今後のいきものがかりにとってどんな形で活動するのがいいんだろうということをいろいろと検討しました。前の事務所には本当に素晴らしい環境を提供してもらっていて、そうやって守られていることはある意味では楽なんですけど、やっぱり大きな組織ならではの事情みたいなものも当たり前にあるんですよね。それに合わせてこの先もずっと活動していくっていうのは自分たちの限りあるキャパシティを考えるともしかしたら難しいのかもしれないなとか、仮に今より売れなくなったとしても活動を続けていくにはもっと身軽であるべきなんじゃないかとか、様々なポイントを天秤にかけながら「今のタイミングなら独立もありかもしれない」ということになりました。

--グループとしてだけでなく、人生全体を見据えたうえでの大きな意思決定が2019年から2020年にかけてのタイミングで行われたわけですね。先日出版された『うた/ことばラボ 「うた」と「ことば」についての14の対話』は、まさにその時期に行われた音楽や創作に関する対談が収められています。かなりいろいろなことを考えて決めないといけない状況だった水野さんにとって、純粋に音楽について深く話し合う企画が並行してセットされていたのは意義の大きいことだったんじゃないかなと思いました。シリアスな話も多く収録されていますが、それでもちょっとした気分転換になっていたんじゃないかなと。

水野 確かにそうかもしれないですね(笑)。おっしゃる通り音楽と関係ないところで膨大な作業があるなかで創作につながる刺激を自分に入れないといけないという焦燥感があったので、そういう意識があの企画につながっていたと思います。ちょうど放牧の前後くらいからJ-WAVEで『SONAR MUSIC』って番組をやらせていただいていて、そこで若いミュージシャンの音楽に触れることが多かったんですけど、その流れで2018年にJ-WAVEのイベントのオーガナイザーをやらせていただくことがあったんですよね。今考えるとすごいんですけど、六本木ヒルズの広場のフリーイベントにKing Gnu、あいみょん、Official髭男dismに出てもらうっていう。


--今ならその3組がヘッドライナーのフェスとかありそうですね。

水野 ほんとそうですよね。彼らも含めてこれからまさにブレイクするぞっていうミュージシャンをラジオやイベントを通じてたくさん間近に見ることができたんですけど、「これは今の自分だとこの人たちの音楽的な教養に対して全然通用しないな」って感じることが多くて。そういう状況で、他のミュージシャンの方だったり、あとは全然違う分野の専門家の方とか、いろいろな人たちのお話を聞くことに飢えていた部分があったように思います。



「この人たちがいなかったら音楽をやっていなかった」という存在になっているかというと……


--『うた/ことばラボ 「うた」と「ことば」についての14の対話』には、吉澤嘉代子さんや羊文学の塩塚モエカさんといった水野さんより下の世代のミュージシャンとの対話も収録されています。いきものがかりとはまた違ったタイプの音楽を作っている人たちが若い頃にいきものがかりの楽曲と接していたというような話を通して、水野さんにとっても改めてこれまで作ってきた音楽の存在意義みたいなものを捉え直すことができたのではないでしょうか。

水野 確かにこの本の企画以外でも若いミュージシャンの方から「卒業式で歌っていました」というようなことを言われることも増えてきて、音楽を作っている方々の記憶にいきものがかりの音楽が残っているというのはすごくうれしく思っています。ただ、何て言うんだろうな……そういう話って、「この音楽に出会わなかったら、自分は音楽を作っていなかったと思います」みたいな感じではないんですよ。

--ああ、なるほど。

水野 わかりますかね?この感じ。これまで自分たちがやってきたことには誇りを持っているし、僕らが求めてきたポップスのあり方は「生活の中で流れる音楽」とか「音楽が特別好きではない人にとっても人生の一場面を彩る音楽」とかだからちゃんとその通りにはなっているんですけど……僕が今刺激を受けているような若い世代のアーティストにとっていきものがかりが「この人たちがいなかったら音楽をやっていなかった」という存在になっているかというと、残念ながらそうではない(笑)。今まではそこはあきらめてきたんですけど、もう一回そこと向き合いたいというのは最近よく考えます。名前を出すのもおこがましいですけど桑田(佳祐)さんだったり宇多田(ヒカル)さんだったり、お茶の間で名前が知られているうえに「あの人のあの作品がなかったら音楽をやっていなかった」っていう人をたくさん生んでいるスーパースターもいるわけですよね。これまで自分たちがポップスだと思ってやってきたことは当然続けるとして、そのうえで創作者の意識を変えられるようなところまでいかないともっと突き抜けられないんだろうなあと。

--以前のインタビューでも「ポップスをやる」というのと「いわゆる”かっこいいもの”に対してコンプレックスを持っている」というのの狭間で揺れ動いているのが水野良樹っていうミュージシャンの面白さなんじゃないかという話をさせていただいていましたが、今この瞬間はまた後者の部分についての気持ちが強くなっているんですね。水野さんがBONNIE PINKに衝撃を受けて音楽を始めた時のように、改めて自分がその衝撃を与える側になりたいというか……

水野 そうですね……ちょっと言い方が難しいんですけど、「2010年代のJポップってつまらなかったよね」っていうざっくりした言説がわりとありますよね。で、いきものがかりは一時期その「2010年代のJポップ」のまさにど真ん中にいたと思っているんですけど(笑)。もちろん2010年代と言ってもいろいろあるわけですが、ランキングのあり方も含めて音楽の流行そのものがわかりづらくなっていた時期というのは確かにあって、その中で僕らは真ん中を背負えるようなアーティストになりたいと思って自分たちなりに頑張ってきました。頑張ってきたんですけど、今周りを見渡すとほんとにこの数年で自分たちの頑張りとは違うところで時代が変わったなっていう実感があるんです。

--そうですね。わかります。

水野 僕たちがこだわっていた真ん中がどうとかもはや関係なくて、ただ才能がある、ただ音楽的な教養がある、そういう人たちが作る音楽がポップスとしてちゃんと認められる、そんな幸せな状況に一気になりましたよね。そういう中でちゃんと評価されるには、当たり前なんですけどもっと自分が力をつけないといけない。グループのことをもっと知ってもらいたいとかお金が欲しいとか、そういうことで自分の気持ちが今は駆動しなくて、シンプルに「良いものを作りたい」というのが今本当にやりたいことです。

--一青窈さんとの対談で、一青さんから「いきものがかりの音楽はシンプルというかプレーン」「ココア味のホットケーキとかじゃなくて、This is ホットケーキ」というような話がありましたよね。いきものがかりの音楽の特徴を言い当てていると思いますし、周りが「ユニークな味つけのホットケーキ」を作ろうとしているからこそシンプルなものを出そう、それこそが実は多くの人が求めているものなんじゃないか?というのが水野さんの頭にあったことだと思うんですけど。

水野 はい。

--このメタファーで話を続けると、今は気がついたら誰しもが「パクチーがこっそり練りこまれたホットケーキ」を普通のものとして食べている状況になっていて、作り手側も誰に言われるでもなくそういうものをちゃんと美味しく仕上げて世に出している時代になったわけじゃないですか。

水野 そうですね。あっという間でしたね。

--そういう流れを踏まえたときにいきものがかりとしてどういう音楽を作っていくか?という問いに関する途中経過として、今回の『WHO?』というアルバムがあるのかなと思うんですけど……

水野 いや、もちろん『WHO?』について自信はあるんですけど、やっぱり今までのいきものがかりの延長線上で考えちゃっていたなという思いもあって。

--そういう認識なんですね。

水野 次はもっと踏み出したいです。まだ具体的にどういうことなのかチームのスタッフにもちゃんと説明できていないんですが……やってみて失うこともあるかもしれませんがもっと挑戦してみたいという気持ちがあって、メンバーともそんな話をしています。

--『WHO?』に関してこれまでの範疇の中でとのことでしたが、「BAKU」ではボカロ的なサウンドのあり方をイメージしていたという話もありましたし、これまであまりやっていなかったアプローチも随所にあったのかなと思いました。


水野 そういうチャレンジはあります。ただ、外でもらってきた刺激をいきものがかりに全部持ち込めるかというとなかなか難しくて……

--今まで積み上げてきたものがある分、新しいものを取り入れる難しさがありますよね。全部壊しちゃうわけにもいかないですし。

水野 それについては常に悩んでいる感じです(笑)。「維持しながら新しくなる」というのは簡単にできることではないですが、この先も考え続けていくことになると思います。



ポップソングはいろいろな人の人生の物語を引き出すスイッチ


--アルバムのタイトルが「誰?」という投げかけになっているのもここまでのお話を聞くと納得感があります。グループとして自分たちが何者なのかをもう一度問い直すタイミングだったのかなと。

水野 「自分たちの物語ってなんだっけ?」っていうのを改めて考えるにあたってこのタイトルに決めました。特に今は誰もが他人の話をしがちというか、誰もが当事者として感染するかもしれない、仕事を失うかもしれないという中で疑心暗鬼になりながら「あいつは間違っている」とかそんなことばかり言っているような気がしていて。自分自身もそういうモードになってしまうことがありますし、「自分はどういう名前で、どういう顔をして、どうやって生きるのか」ということとちゃんと向き合おうという意味でもこのタイトルがふさわしいじゃないかと思っています。

--「誰もが他人の話をしがち」ということに関連して、先ほど触れた一青さんとの対談の中でも「誹謗中傷すら誰かが作ったフォーマットに則っているのでは」という問題提起がされていましたが、そういう状況における「聴き手の想像力」ということについてどう考えているかお聞きできればと思います。これまで水野さんの中には「いきものがかりの音楽は”器”である」「聴き手自身の感情を乗せてもらえばいい」という思想があって、だからこそシンプルで大きな意味合いの言葉を意識的に選んできたのではないかと思います。ただ、その発想は聴き手の想像力、つまりは自分の感情と楽曲の表現をつなげる力を信じているからこそ成立するのかなと思うのですが、感情の発露の仕方がテンプレ化しているのでは?という問題意識を水野さんが持っている状況において、この先聴き手とどういうスタンスで対峙していくことになりそうですか。

水野 難しいな……まず前提として、聴き手に対して「お前の理解が足りない」みたいなことを言うのは避けたいというのがあります。これは別に聴いてくれている人に媚びるとか気を使っているとかそういう話ではなくて、路上で足を止めてくれた見ず知らずの人たちに歌を聴いてもらっていた時から「聴かない相手が悪い、というようなことを言ったら終わり」っていうのがしみついちゃっているんですよね。だから、リスナーの想像力がどうこうとか、それによって自分たちの音楽がどうこうとかっていうのはあんまりないです。そのうえで思っているのは、歌が表現している世界よりも聴き手の人生の方がよっぽど深くて分厚いものなんですよね。

--なるほど。

水野 たとえば渋谷のスクランブル交差点を上から見ている映像って、誰もがステレオタイプなものとして思い起こすことができますよね。でも、実際にはどの一瞬でも同じ映像になっていることはなくて、そこに歩いている1人1人はその人の人生を生きているわけじゃないですか。で、そこにいる人たちの話を1人ずつ聞いていったらそれぞれにそれぞれのドラマがあって、仮に映画にはならないようなものだったとしても必ずその人が生きた分だけの物語があると思います。その物語を全部足し合わせたら、そこに含まれる情報量は5分のポップソングで描かれている世界よりもはるかに大きいものになっているはずです。……何が言いたいかというと、ポップソングはそこに書き込めることは限られているけど、それによっていろいろな人の人生の物語を引き出すスイッチになるんじゃないか、ということです。本人も気づいていないことが歌を聴いたり映画を見たりすることで「あの時感じていたのはそういうことだったんだ」ってはっきりしていくのが作品と出会うことの面白さだと思っていて。こういう話になると僕はいつも「上を向いて歩こう」の話をしてしまうんですが(笑)、あの曲って何十年にもわたってシンプルな言葉で膨大な人生の物語を引き出してきていると思うんです。なので最初の質問に戻ると、仮に「聴き手の想像力」というものが時代によって変わっている部分があったとしてもそういうスイッチとしての歌の役割は変わらないはずだし、自分としてはどんな時代にもスイッチとして機能する歌を作ることをこの先も目指していきたいですね。それができていないのであれば、時代や聴き手のせいではなくて自分のせいだと思うので。

--確かに「シンプルな言葉で人生の物語を引き出す」というのは聴き手の想像力に関係なく普遍的なものですね。

水野 僕自身の経験で言うと、ちょうど息子が生まれてすぐのことをよく覚えているんです。初めて息子を抱いて病室を出て2人きりになったときに、何でかわからないんですけど小田(和正)さんの「たしかなこと」が頭の中で流れたんですよね。生命保険のCMかって話なんですけど(笑)、そのときに<時を越えて 君を愛せるか>って歌詞が今までと全然違う響き方をしていて……

--それはすごい体験ですね。今聞いててちょっと泣きそうになっています。

水野 (笑)。辞書で調べなきゃいけない言葉でもないし、表現として奇抜なものでもないし、それでもあの言葉とあのメロディとあの声が重なったときに「この子を育てなきゃ」とか「この子は自分が死んでも生きるんだよな」とかいろんな物語のスイッチをあの曲が押したんですよね。そういう強度のあるものを作らないといけないんだなと。



もうちょっとあがいてみようと思います


--さっきの「突き抜ける」にせよ今の「強度」にせよ、水野さんが今向かおうとしているところは一貫していますね。広く聴かれることに加えて、より深く響くものというか。

水野 そうですね。結局は原点というか、音楽を始めたときの気持ちに戻ろうとしている部分もあるのかもしれないです。それなりに長くやってきて、今年のように15周年とかのタイミングになるとみんなが褒めてくれるじゃないですか(笑)。「活動が続いててすごいね!」とか「若いころから聴いてました!」とかそういうことを言われると、「ん?なんかこれ、このままずっと食っていけるんじゃないか?」みたいに勘違いしそうになる瞬間があって……(笑)。

--いや、勘違いも何も、そういうステージにもう入ってきていると思いますけど(笑)。それこそヒット曲をうまく使って効率的に活動していく……的なことだってできちゃいますよね。

水野 そういうこともやろうと思えばできると思います。もちろん昔話を続けていく、ヒット曲をヒット曲としてちゃんと聴かせる難しさもあると思うんですけど…ただ、変な言い方になりますけど、「ヒット曲で生きていく」みたいなことって解散してからだってできるんですよね。むしろ、解散した方がプラスになるかもしれない(笑)。グループとして活動していく以上、3人それぞれが変化して、それによって3人の関係性もグループのあり方も変化するわけで、そうやって変わっていくものを作品やライブに落とし込むからこそやる意味があると思っています。

--先ほども「この先はもっと踏み出していきたい」というお話がありましたが、この先グループとして「変わっていくこと」について具体的にイメージできていることはありますか?

水野 まだ断片的ではありますが……吉岡の歌に関してはこの先どんどん変わっていくだろうなというのは感じています。彼女の歌い方は「いかなる状況においても一定の品質のものを聴かせる」ということに関して強みがありますが、安定的に歌うことだけでなくてもっとダイナミクスをつけていくという形で今の時代によりフィットさせていけると思っています。この辺は吉岡もいろいろ考えていて、この前久しぶりに有観客でライブをやったんですけど、お客さんがどこまで気づいていたかわかりませんが歌い方がずいぶん変わっていたんですよね。後で聞いたら安定性だけじゃなくてどうニュアンスをつけるかを気をつけてみたということだったんですけど、その日のステージは「歌が演奏を引っ張る」という形になっていました。そういう変化の積み重ねがこの先の作品やパフォーマンスに影響してくると思います。

--楽曲づくりのやり方や方向性に関してはどうでしょうか。

水野 今思っているのは、これまでこだわってきたいきものがかりの楽曲の構成に手を入れられないかということです。今まではAメロがあってBメロがあってサビがある、そのあと大サビもある、というような「Jポップらしい形」を意固地になってやってきたところがあるんですけど、それを崩したときにどんな可能性があるかというのは考えてみたいなと。単に奇を衒うわけではなくて、そこを崩してもベタな良さがあるというバランスにトライできればと思っています。メロディに関しては最近詞先の曲作りをいくつかやっていて、言葉が先にあることでメロディの運びもだいぶ変わってくるので、そこで得たものがグループのフォーマットを作り替えていくきっかけになっていきそうだなという感触があります。あと、以前よりもデモを作りこむようになっていて、その過程でメロディに対してカウンターメロディをどう置くか、それによって楽曲全体をどういう構造にするか、といったことをアレンジャーさんに渡す前からより考えるようになりました。「メロディにしか頼れない」と思っていたころに比べるともっと曲全体でどういう雰囲気を作るかに目を向けられてきているので、そういう観点からもサウンドとして今までやってきたことを進化させられるんじゃないかと思っています。

--いろいろな面で打ち手が見えてきていますね。

水野 まだ探っていかないといけないことは山積みなんですが……グループとして「外見が大きく変わったわけではないけど中身はすごく変わっている」というようなところまで持っていけるといいなと考えています。

--ありがとうございました。改めて音楽そのものでインパクトを残すことに照準を合わせようとしている水野さんのモードがインタビュー全体を通して伝わってきました。

水野 今はほんとにそれができないと生き残っていけないんだろうなと思っています。僕の拙い力でどこまでやり切れるかはまだわからないですし、結局同じじゃん!ってなってしまう不安もあるんですけど、もうちょっとあがいてみようと思います。


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過去2回のインタビューと合わせて読むと水野さんの志向の変遷や逆に変わっていないものがクリアになると思いますので、ご興味ある方はこちらもどうぞ(2つ目と3つ目のリンクは、2回目のインタビュー内容をそれぞれ違う角度からまとめたものです)。



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