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謄本公図#2

前回からの続きです。

まだの方は先にそちらをお読みください。


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謄本公図#1




気の乗らない案内。
気の乗らない土曜日。

その俺の気持ちを反映するようにどんよりとした曇り空。

前回は少しだけ来て欲しい気持ちがあったけど、今回はその気持ちは全くない。
むしろキャンセルしてもいいし、ドタキャンでもいいくらいだ。


そんな俺の願いも空しく来てほしくないのにしっかりと来やがった小林親子。


畜生。きやがったよ・・・。


室内に入ると母親は先週も先々週も言っていた愚痴やダメ出しを再確認するようにリピート再生を始める。

息子はずっと外を見てて母親の愚痴発言を聞き流す。


「曇り空の日に見たら更に暗い室内ね~」
「あ~やっぱりだめよ。ここ。湿気が凄いわ~」
「やっぱりこのキッチンは気に食わないわ~」
「うん。これだと私は住めないわ~」


住まなくていい。買わなくていい。

もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。もう帰れ。



イライラが募る。


しきりに外を気にしていた息子がつぶやく



「あ。来た」




ん??来た?誰が?


外を見ると黒塗りの高級車から悠々と下りてくる奇抜なファッションのおじさん。

誰だ?小林親子の親父か?


「加藤さん。お待ちしていました。どうぞ」


あ~なる。
息子が言ってたコンサルしているって人ね。


いやいや。てかお前何しに来た?

俺と売り主の許可も得ずに見知らぬおっさんを室内に招き入れる息子。
クリス松村みたいなラクダ顔をしたおっさんが室内に入ってくる。

「はじめまして。」

クリスが名刺を出す。
肩書は不動産コンサルタント。

・・・うん?そういえば俺を知っているって言ってたよな?
前に息子が俺と顔見知りみたいに言っていたけど、名前を見ても顔を見ても全然思い出せない。
ここまでインパクト強いラクダは絶対忘れないと思うけど?

「金城さんね。これからよろしくね」

あらやだ。見た目がクリス松村で喋り方もクリスなのね。
人を見た目で判断したらダメだけどこれからも宜しくしたくないですわ。

苦い表情をしている俺を尻目にクリスはダメ出しおばちゃんと一緒に室内を見回る。


聞いてもいないのに息子が喋り始める

「知っていると思うんですけど加藤さんってとても有名なコンサルタントなんですよ。今日は特別に見に来てもらったんです。ほんと特別で普段なら30分5000円とかお支払いしないと会えないんですけどね。」

だから一切知らんて。こんな怪しいラクダ。。。

てか30分5000円?不動産のコンサルに相談料?
分からない事が多すぎるw
突っ込む気持ちも萎えているので聞き流していたら息子はそのまましゃべり続ける。


「とても忙しい人で日本中を飛び回っているから滅多に出会えないらしいんですけどね、母の知人が加藤さんを紹介してくれて。その知人の紹介という事で初回面談のコンサル代金も割り引いてくれて。それから色んな相談に乗ってもらっているんです。ほんと僕って運がいいんですよ」


まぁ、はい、そうですか・・・・。





室内でダメ出しを繰り返す母親とクリスを背にコンサルを妄信して大絶賛する息子。

俺は今異次元空間に居るのだろうか?
物件の仲介で案内に来たつもりだったんだが、全く訳の分からない世界に迷い込まされてしまった気分だ。。。なんだこれおい。



母親とクリスは同調しながら物件のダメ出しを繰り広げる。

「そうなのよ~ほんとにダメよね」
「あら~ここもここもダメじゃない」
「あらやだ。気がついちゃった?流石目の付け所がいいわね」

二人のダメ出しオネエ会話が空中交差する。
なんだか太っている母親がマツコに見えてきた。



売主夫婦の目は死んだ魚の目に、、、いや、まさに死んだ人の目だ。
俺も同じ目をしているだろう。

売主夫妻に上手いフォローもできず、マツコとクリスを追い出すこともできず、俺はただただ時間が過ぎるのを待つだけしかできないのか。。。






ひとしきり物件を見て文句を言い終わったクリスが息子に声をかける。

「こんなものね?もう見るところはない?」

ふぅ。。。
やっと終わった。

厳しい苦行の時間は終わった。
さぁ、さっさと帰れ。
とっとと帰りやがれ。


玄関に向かい三人を追い出す準備が万端の俺を尻目にリビングのテーブルを囲みだす三人。

・・・え?


「ちょっと時間が無いのでここで話させてもらえる?」

マツコが言い出す。

「今から移動したら先生の延長料かかっちゃうから」

息子が後付けで説明する。


延長料?ああ、コンサルの?
いや完全にそっちの都合じゃん。帰れよばか。

「じゃいいかしら?」
クリスが当たり前のように椅子に座りだし三人はそのまま話し始める。


いや、帰れwていうか買わんだろ?あれだけダメ出ししといてw
買う気も無いのに人んちでミーティング始めるなっつの!
なんなら俺が延長料払うから出ていけw






タブレットをいじってなにやら数字とかグラフを触るクリス。
それを見つめるマツコと息子。


「これならいいんじゃない?ここまで金額が下がれば完璧ね。合格よ」



ん?
いいんじゃない?どういうこと?
文句ばかり言っといて合格?
何がいいの?
いいと思って褒めている言葉一つもなかったじゃん?
ほら売主さんの顔みてみ?
うそみたいだろ。死んでるだろ?
生きてるんだぜそれで。

てか帰らないの?
え?買うの?


クリスが息子が持ってきていた謄本を見て話を続ける。


「いい?この抵当権の設定金額で考えたら買値は○○万円までは下がるわよね?それなら利回りも確保できるし完璧」


いや、なに勝手に話進めているの?
ていうかお前らみたいな買い客のために値段下げねぇよ?

クリスは続ける。


「いい?まず、家賃は〇万円で設定するでしょ?そしてあなたは住宅ローンでこの物件を購入する。住宅ローンは低金利だし、住宅ローン控除という税金優遇もあるから年間を通して○○万円は手元に残る。固定資産税もこの物件程度なら大したことないわよ」

この物件”程度”・・・おまえこのやろ・・・。

息子は目を輝かせながらクリスのコンサルに酔ってメモをとっている。

独演会は続く。


「いい?毎月の家賃でローンが払えるから貴方の手元からお金が出ることはないわ。手付金もあってないようなものだから10万円でって交渉をするのよ。残りはフルローンでいいわ」

いや勝手に手付金を10万にすな。

「あなたは公務員だから住宅ローンならすぐに借りれるし、シミュレーション通りいけば売却時には貰った家賃がそのまま残るっていうプランよ。」

よく見てないからわからんけどシミュレーション通りに行く不動産投資はないっつの。

「あと、最低でも購入してから5年は所有すること。そして長期譲渡になるころに売り出すの。そうすれば譲渡税も安く済むからね。」

お前、住宅ローンで組めって言ったよね?それって住んでいる前提って話しじゃん?そしたら居住用財産の3000万控除使えばいいじゃん?

「売り出す時は今の価格よりも強気で売り出すのよ。買うのは安く。売る時は高く。コレが不動産投資のコツだからね」


いやね?お前らに値下げなんてしないし。売主の目の前で安く買って高く売るとかいうなよ。ばかかよ。。。


少し詳しい人間が聞けばメッキが剥がれまくる薄っぺらのクリスの営業トークが続く。
だがマツコ親子はもう完全に陶酔している。

これって少し前に見たアレに似てるな。
「貸した銀行が悪い!だから責任を取れ!」
って一世を風靡したス〇ガの被害者の会のような事を言いだしそうだ。


俺から言わせたら借りたお前が悪いし、不動産を購入するまでに何度も思いとどまるタイミングあっただろ?ハンコ押したのも署名するのも一か所だけじゃないはずだし、そのどこかで契約をやめとけばこんなことにならんかったし。
ていうか住宅ローンで借りて投資をしたいとか銀行に対する詐欺だからな?
それも知ってて借りて購入したんだよな?
それなのに被害者ヅラすんなよな?

あとさ、今さらだけどさっさと外に出て延長でもなんでもしてさ、どこかのマックとかスタバでやれよ。
人んちのリビングで投資詐欺の講演会開くなバカ。


「どう?なにか質問ある?」
「あ、僕の勤めている職場は副業禁止なんですけど大丈夫ですか?」
「副業規定ってやつね?大丈夫よ。何か言われたら親から相続した物件って言えばいいのよ」

「あと、加藤さん。住宅ローンで借りて賃貸に出すって銀行にバレたりしませんか?」
「大丈夫よ。私の門下生のほとんどはこれで成功しているし、バレた人は一人もいないの。逆にみんな何で住宅ローンで投資をしないのか不思議でたまらないくらいよ。自信持っていわ。銀行員も貸したいだけだからちゃんと調べないしウィンウィンよ」

ウィンウィンじゃねぇよ・・・。

初歩的な質問にてきぱきと答えるクリス。
ここまで自信満々にズバッと回答されたら信じちゃうんだろうな。。。。







「さ、じゃあ買い付けを入れて契約の話を進めなさい」


クリスが息子の背中を押してこっちに寄越す。


いやいやまてまてまて。
まず勝手に値下げ前提で話をしているし、てか絶対下げないし。そんな交渉持っていかんし。
住宅ローンで投資をするとか長期譲渡だとか手付を10万でいいとか勝手に言ってますけども。。。
そもそもお前らからの買い付けなんて受け付けないしw


てか言っている事はほとんどネットでも調べたら出てくるようなダメ投資の基本だし。

あと、何よりもここ他人の家な。
勝手にリビングに居座って何してくれてんの?


「あ、あとね買い付け入れたあとに銀行に行くんだけども、この前作らせたCFPの肩書入れた名刺持ってる?銀行員はCFPがお客さんだと思ったら一目置くのよ。不動産屋に謄本を見せるのと同じ効果ね。不動産屋にも『あなたのこと知っています』って言ったら相手の反応変わったでしょ?コレ第一印象でこっちが詳しいと思わせて舐められないようにするには有効な手段なのよ」

クリスは小声で喋ったつもりだろうけど独演会でゾーンに入って高揚したせいか声が大きくなっている。まる聞こえだよ。。。


なるほど。
クリスは「貴方の事知っています」って言えってレクチャーしたわけね?
んで息子は頭弱いから「クリスさんが知っているって言ってました」みたいな事を言いだしたわけだ。
だから俺が知らないのに知っている感じのとんちんかんな事になったってわけね?

一つ疑問が無くなった。よかったよかった。

あとCFPの名刺作るとか、謄本持ってきたら一目置かれるとかこざかしいテクニック意味無いだろwww

誰のレクチャーか知らんけどたまに不動産投資家って肩書の名刺持ってきて置いていく輩がいるけどすぐにシュレッダーだからな?
案内の時の玄関の飴玉とか持ち帰りトイレットペーパーとか基本何の効果も無いからな?



クリスに後押しされて買い付けを書こうとする息子。

さて、どのタイミングで断ろうか。。。


今まで黙っていた売主の旦那さんがテーブルの横に来る。


「すみません。お宅からの買い付けは受け取れません」


場の空気が静かになる。


「え?何でですか?」

戸惑う息子。

「売っているものを買いたいって言う人を断るのはおかしくない?こっちは客よ?」

クリスとマツコの応戦。

でた、客だぜ?アピール。
客だからって何でもしていいわけじゃないからな。
あと、不動産に於いては契約するまで客でも何でもない対等な立場な。
特にお前らみたいのは客でも何でもないただの迷惑な人たちな。


冷静に旦那さんが返答する。

「いえね、私銀行の保証会社に勤めているんです。住宅ローンで投資をするという話を看過するわけにはいかないので。」


一瞬の沈黙。

「もういいわ!帰るわよ!こんな物件じゃなくてもいい物件はいくらでもあるわ!」


クリスは立ち上がり逃げるように出ていく。

マツコと息子はその後を追うように室内を後にした。。。


あ、そうだったそうだった。
旦那さんって保証会社の人だったわw忘れてた。


「すみません。変なお客さん連れてきて何度も時間を取らせてしまって・・・。」

「いえいえ。我々も少しでも売れる可能性が有るならと思っていましたし。
金城さん。あのコンサルの人の名刺譲ってくれませんか?社内で共有して調査部に調べてもらいますので」


後日、無事にその物件はいい人に買ってもらえた。

ちなみにクリス達がどうなったかは分からないままだ・・・。





いかがでしたか?
今回の内容は読んでいて終始心穏やかな時間を過ごせたのではないでしょうか?

私の経験談で皆さんにほんわかしてもらえたようで嬉しいです。

では~




沖縄の不動産という独特な世界に迷い込んでいます!明るい外の世界の事は忘れました!これからも深海をはいずります!