【ファンタジー】虹を渡る少年
それは黒雲が垂れ込めながらも日照りが差す午後の時雨の節だった。
私はある少年の行動に目が留まった。
少年は、なにやら何かを探しているらしい。
私はその少年に尋ねてみることにした。
「坊や何を探しているの、一緒に探そうか?」
少年は下を見たり、周りをキョロキョロと見ながらこう言った。
「うん、あのね虹を探してるんだ」
私は耳を疑い、訊き返した。
「虹?虹ってあの虹かい?」
少年はその質問に応えるように自信を持って答えた。
「うん、そうだよ」
その答えに対し、私は少年に愛嬌を感じたと同時に懐疑的になってしまった。
「いつも探してしるの?」
「うん探してるよ」
少年はそう答えるが、私はこの少年の行動の意味が分からなかった。
虹は遠くから離れた場所でしか見えないからだ。
実は私も子供の頃、同じように虹が近くから見えないか探したことがあったからだった。
「実はおじさんもね、むかし坊やと同じように虹を探したことがあるんだよ」
「近くで見たり、触ってみたくてね」
「でもだめだったんだ、虹はね太陽の光が水滴に反射して虹に見えるだけだからね」
大人が子供に教えるように、私は少年に言って聞かせた。
すると少年は表情ひとつ変えずに答えた
「虹って近くで見つけると登って渡れるんだよ」
私は少年の言葉にハッとしたが、それに対し微笑んでこう返した。
「そっか、近くで見えるといいね虹」
私はしばらく少年の行動を見てみる事にした。
登れるはずのない虹を探す少年は、このあとどうするのだろうかと、懐疑的な私にとってむしろ行動の方が興味があったからだ。
「あったよ、ほら!虹だよ」
少年は虹がここだよ、とばかりに指を差し私に訴えかけた。
「本当に…、それでどうするの?登って虹を渡るのかな…」
少年は私に微笑みかけて、右足をゆっくり上げた。
するとどうだろう、そのまま左足を上げたとたん少年の身体は宙に持ち上がり階段のように虹を登り始めたのだ。
「ほら、本当に登れたでしょう」
信じられない、虹は単なるプリズムの現象に過ぎないと思っていたのに…。
少年はそのままゆっくりと登っていった。
私は少年に大きく手を振ると、彼も私に手を振り返した。
それから少年は虹の最頂部まで登ると、虹のアーチ部分に座り、そこから見えるだろう壮大な景色を眺めていた。
その光景を見つめる私は少年のことが心配になった。
もし虹が消えてしまったら、少年は大丈夫なのだろうかと…。
落ちてしまわないように願うばかりだが…、少年は満足そうな表情を見せると、虹の最頂部から今度は向こう側へ降りていった…。
それ以来、私は虹が出来るとその少年を探しているが、彼の姿を見ていない。
あれは幻だったのだろうか、それとも私の夢に過ぎなかったのだろうか。
ところが、それから何年もの年月が経った頃だった。
なんとあの少年と思われる人物を見かけたのだ。
すっかり大人になり、顔も表情も変わっていたが、間違いなく彼だと思い声をかけてみると、彼は私の事を覚えてくれた。
今でも虹を渡れるのかと尋ねてみたが、思春期前を境に、虹に登る能力を失ってしまったという。
ただ彼は言っていた、あの虹のアーチから眺めた景色は生涯忘れることはないと…。
その時だった、またあの日のように美しい虹が架かったのだ。
今度は二重の虹のアーチ、ダブルレイボーと呼ばれる珍しい虹だ。
私と大人になった少年は、その虹を悠遠に眺めていた…。
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