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「若様の守護者」~桃に従う三家の使い~ 第一話


#創作大賞2024 #漫画原作部門 #少年マンガ

●あらすじ
桃木宗一は、版画を彫ることを愛する爺むさい少年だ。
祖父を亡くした彼の元に一本の電話がかかってくる。
それは桃木本家に来るように誘う犬飼という男の電話だった。
宗一が東京に行くと鳥海華子というゴスロリ少女が彼を待ち受けていた。
宗一が持っている剣は鬼を倒せるのだという。
列車内で鬼(死者の霊魂)に襲われた宗一は、その剣を振るうが鬼は消えない。偽物だったのだ。
そのため宗一を守ろうとした華子が死亡し、身体は凍結保存されてしまう。
華子が命を吹き返すには、鬼から華子の魂を取り戻さなければならない。
宗一は従兄弟の猿飛英利と共に鬼退治に向かう。
そして、彼は気がつく。祖父から渡された彫刻刀が「鬼が切れる剣」だと……。

*********本文*********

○第一話
 カルマン渦の図(柱などの障害物で起きる二つの渦)
説明『乃詔汝者自右迴逢。我者自左迴逢/貴女は右からお回りなさい。私は左から回って逢いましよう(古事記・国生み神話より)』

●三重の山奥の村
 眩しいほどの晴天。真昼の太陽が三月の三重県の山村を照らす。
 木の塀で囲まれた古民家の大きな桃の古木、花がはらはらと風によって散っていく。
 その古民家から【さわやかホスピス】と書かれたワゴン車が出てくる。
 医師の武蔵が微笑みながら運転して立ち去る。

●古民家
 古民家の玄関には【桃木】の表札。
 黒い梁が剥き出しになっている和室、床の間に1メートルぐらいのシンプルで大きな両刃の剣が飾られている。その真向かいの壁は本棚で支配されている。
 葛飾北斎の画集、古事記の上中下、日本書紀、死の人類学、日本の神々、神道の自然観、現代神道研究集成……と神道関係の本が棚に並び、勾玉(左曲がり)が飾られている。
 枕元に古びたラジオが置かれていて、ニュースを流している。
ニュース『今日未明、F町の山中で身元不明の焼死体が発見されたました。県警本部は、殺人事件と自殺の両点で捜査をし、近隣の住民に注意を呼びかけています』
 中央に布団が敷かれ、痩せ枯れた着物の老人(宗一の祖父)が寝ている。
祖父「うちの近くか……この辺も物騒になりおったな。なぁ宗一」
 ガリ、ガリリ、ザッ、ガリリ、ザッという音。
 祖父の眼が動き、音を出している孫、宗一を見る。
 本棚に【葛飾北斎「怒涛図 男波」】という題の絵が画鋲で貼られている。
 その前に置かれた座机には、両親と一緒に映っている五歳頃の宗一の写真が飾られている。
 そこで宗一が猫背になって齧り付くように木版画を彫っている。
宗一「……左に回れ、左に」
 左手で彫っているのは、唐草模様のような左回りの無数の渦だ。
 宗一の髪は黒髪で艶やかだが整っていない。おそらく何ヶ月も床屋に行っていない。
 ガリリと彫刻刀で桜の板を削り、ざっと手で曲がった削りカスを払う。
 祖父は本棚に掛けられている高校の学生服を見る。
祖父「――ワシの病気のせいで高校の入学式に出られず、迷惑を掛けているのぉ」
宗一「気にするな。どうせ、学校に行っても若者達とは話が合わぬだろう」
祖父「しかし、宗一よ。お前、あんなに若者の友達が欲しいと言っていたじゃないか」
宗一「そんなの、祖父ちゃんに比べたら重要ではない」
 びゅぅぅううぅんと強い風の音。祖父は窓の方を見る。
 障子に、桃の花びらによる右回りの渦の影。宗一が彫っている渦に似ている。
祖父の心(右回りの渦……なぜここに……)
 ススススッとすれた畳に藍色の右回りの渦紋様が走り、祖父がいる布団を浸食する。
祖父「宗一、左回りの渦を忘れるな……グッ」
 呼吸を飲むような声がして、宗一はばっと振り返る。
宗一「――…祖父ちゃん? おいっ、祖父ちゃん!」
 すでに渦はなく、祖父は目を閉じていてぴくりとも動かない。
宗一モノローグ『四月十日。祖父ちゃんは、亡くなった。――末期ガンで助からないことは、何ヶ月も前から分かっていた……分かっていたのだ』

●古民家
モノローグ『九日後……』
 灯った蝋燭。神棚の下、檜の祖霊舎(神道の仏壇みたいなもの)。
 祖父の遺骨と遺影、その横に母と父の遺影がある。
宗一(父さん、母さん、祖父ちゃんをよろしくお願いします)
 宗一は正座して仏壇に手を合わせている。涙がポタリぽたりと膝に落ちる。

ジリリン、ジリリリリン! と廊下の黒電話が鳴る。

宗一(……)
 涙を拭いながら廊下を歩く宗一。
 涙で濡れた手で受話器を掴む。
電話「長十郎様が亡くなったと連絡が入りました。あなたは宗一様ですか?」
宗一「――はい、俺が桃木宗一です」
電話「では、あなたが若様ですね」
宗一「若様?」
電話「私は東京の桃木の本家に従っている犬飼と申します。これより、こちらであなたの人生を支配いたします」
宗一「なんだと?」
電話「桃木本家の当主――若様のお祖母様が、貴方の身元引受人になりました。明日、東京に来てください」
宗一「父さんの方も、母さんの方も、どっちの祖母ちゃんも死んだはずだっ」
電話「都合上、そのようになっておりました。しかし、今は都合上、生きていることをお知らせいたします。私、犬飼の言葉が信じられないかと思いますので、三重の警察の者をそちらに向かわせております」
宗一「警察って、なんでそこまで……」
 茫然として呟く。
電話「それまでの間、急いで荷造りを。特に天之尾羽張(あめのおはばり)の剣を忘れずにご持参ください」
宗一「天之尾羽張って……床の間の古い剣ですよね?」
電話「はい、それでございます。荷造りを急いでください」
 プツン、ツーツーと電話が切れ、宗一は困った顔になる。
宗一(桃木の祖母さんってことは、祖父ちゃんの奥さんで……)
 宗一は祖父の部屋に行き、床の間の両刃の剣を見る。古代の剣の形をしている。
宗一(祖父さんに、これを渡した人のはずだ)

●東京、ハチ公前
説明【翌日、日曜日。東京、ハチ公前――AM11‥45】
 刑事に守られている宗一。
 彼はシンプルな服装に愛用の彫刻刀が入った滑革のホルダーを付けている。
 布に包まれた長い筒(剣)と荷物が入ったスポーツバッグを肩にかけ直して、人混みの中に佇む。
宗一のモノローグ『桃木の本家は、俺の祖母さんの家だ。祖母さんが祖父ちゃんと結婚した理由が、祖父ちゃんが鬼退治で有名な田村麻呂の子孫だからとかで――』
宗一(待ち合わせ場所に来られたけど、誰が迎えなのか分からんな)
 宗一は左右にいる三重の刑事達を見る。
宗一(刑事さん達、家を出てからは無言だし……。なにか知らないが、ここからは迎えの人じゃないと連れて行ってもらえないらしいし)
 難しい顔をして、ポケットから旧式の二つ折りの携帯電話を取り出す。
 そしてアドレス帳の犬飼の番号に電話をしようとする。
華子「ノンノンノーン、そんなに気軽にかけてはいけませんわ。秘密の番号なのに」
 背後から声がして振り返ると、扇子を持った派手な美少女がいる。
 華子は、長い髪を下ろしてレースのカチューシャを付け、緋色のゴスロリワンピースを着て、左胸上に薔薇のコサージュを付けている。靴は黒のレースアップブーツ。
宗一の心(すごい格好……)
 華子は宗一が持っているバッグから突き出た筒を確認して微笑む。
華子「さてと、あれは持ってきてるようですし、問題ありませんわね」
刑事「それでは、私どもはここで」
 刑事達は静かに頭を下げて遠ざかっていく。
華子「ご苦労様でした」
 華子が刑事達に手を振る。宗一は訳が分からないという顔になっている。
華子「さてと」
 カチャンと華子は宗一の手に手錠をかける。もう片方は華子の手にかかっている。
宗一「えっ、君。これは?」
 華子は胸に止めている薔薇のコサージュに口を近づける。
華子「宗一さん、捕獲作戦成功ですの。これより山手線に乗りますわ♪」
 コサージュから無線のザザッという音がする。
コサージュから犬飼の声「了解いたしました」
 華子は宗一を引っ張っていこうとする。
宗一「おい、君は誰だっ。今の声は犬飼さんだよな、君は桃木の迎えなのか?」
 華子はにこーと笑って扇で唇を隠す。
華子「迎えであり、守護者ですわね。ほら、歩いてくださいまし!」
 早足で歩いていく。引っ張られながら進む宗一。
宗一「間違いなく桃木の迎えなのだな?」
 歩きながらカツカツと進んでいく華子に話しかける。
華子「歩きながらお話いたしましょう。私の名前は鳥海華子ですわ。桃木の分家の鳥海家の跡取りですの。あなた、お祖父様から桃太郎の話は聞いていますでしょ」
宗一「誰でも知っているだろう。桃太郎と三匹の動物が鬼を退治するお伽噺だ」
 当たり前に返答する宗一。
華子「……何も知らされてないの?」
 宗一は「?」となって眉を顰めて首を傾げる。
華子「桃木の桃は、桃太郎の桃。鬼を殺す桃太郎は、鬼に狙われていますのよ」
 さらっと言ってから華子は駅の中で立ち止まる。
宗一「いやだから君……鬼って言われてもね」
 戸惑う宗一。
華子「桃木の本家の男子『桃太郎』は、鬼に殺されますの」
 真顔で答える華子。
宗一「――なるほど、桃木の本家は怪しくもカルトな新興宗教団体ということか」
 宗一は、冷静な顔で手錠を両手で引っ張って外そうと奮闘する。しかし外れない。
 彼は手錠をかけられた手を華子に突き出す。
宗一「今すぐに、は・ず・せ!」
華子「本家で外してくださいますわ。鍵は、あなたのお祖母様がお持ちです」
宗一「どういう祖母さんなんだ……」
華子「桃木のためなら何でもする方ですわ。あなたのお祖父様との結婚もそのためですもの」
 華子は言って、スマホを取り出す。
 時刻は【11時50分】
華子「長十郎さんは桃木の婿養子になって《桃太郎》を継いだのです。その《桃太郎》が亡くなってから、きっかり十日後の今日の昼から桃の十日祭が始まります。《桃太郎》の力を受け継いだばかりの貴方は、鬼の格好の的ですもの」
宗一「俺は、今すぐに三重に帰る!」
 じゃっと手錠を引っ張って、逆に華子を引きずっていこうとする。
 しかし、華子はものすごい力で宗一を引っ張り返す。
華子「未熟未熟未熟! 未熟な桃太郎さん」
 びしっと厳しく言って、宗一を睨み付ける。
華子「12時が近づくにつれて、あなたの周りに、あなたの命を狙う鬼が増え始めますわよ」

●桃木本家
桃木本家――市ヶ谷にある高層マンション。
 高層マンションの屋上に和風庭園が広がっている。そこに大きな日本家屋が建っている。
 内部、御簾が降ろされている高床。その奥に祖母がいる。
 高床の前に電話と無線機。その横でビジネススーツの犬飼が綺麗な正座をしている。
無線機から華子の声『ほーほほほほ、走ってくださいましー』
無線機から宗一の声『手錠を外せ、俺を解放しろッ』
犬飼「あの……当主、迎えは華子で良かったのでしょうか」
当主「桃の十日祭の間、猿飛には山手線の結界を見張らせ、犬飼にはこの本家を守護させる。鳥海には迎えをさせよと、鹿骨占で出たからな」
犬飼「しかし……、今回は華子だけでは――」
 すっと犬飼は立ち上がって、宗一達の元に向かおうとする。
当主「行くな、犬飼。お前は此処を守れ。桃太郎の世代交代の隙を見計らって敵が活発になっておる。いつまで山手線の結界も保つか分からぬ。もし、山手線が崩壊すれば――敵は一斉に此処を狙う」
 それでも犬飼は渋い顔をする。
当主「此処を乗っ取られれば、宗一だけの犠牲ではすまぬぞ」

●渋谷駅
渋谷駅――ホームの人混みの中に立つ宗一と華子。
 華子は扇子をバッグにしまって電車が来るのを待っている。宗一はげんなりとしている。
宗一「まあ、手錠があるから、祖母さんに会うまでは言いなりになってやるしかないが」
華子「ええ、無事に会えるように、あなたも頑張ってくださいまし」
ホームアナウンス『間もなく一番線に新宿、池袋方面行きが入ります』

●電車内
 電車内、着信の音がする。ドアの前に陣取った華子がスマホを手にとる。
 華子のスマホの画面に「猿飛英利」という名前。華子は慌てて電話に出て耳に当てる。
華子「今、電車の中ですの。あとでかけ直しますわ」
英利『桃太郎を出せよ』
華子「え、でも」
英利『はよ、桃太郎を出せって。じゃなきゃ、てめぇの姉犯すぞ、おら』
 華子は真っ青になって、ぷるぷるしながら宗一にスマートフォンを差し出す。
華子「この人、お仲間ですので出てくださいましっ」
宗一「……いいだろう」
英利『無知という罪悪の下で、ぬくぬく育って今頃出てきやがって、反吐が出る』
 ガチャン――と通話が切れる。
 宗一は茫然としてスマホを見てから、困った顔をして華子に返す。
宗一「仲間という感じではないようだが」
華子「きっと、すねていらっしゃいますのよ」
宗一「なぜに?」
華子「彼は、桃太郎になるつもりでしたから。宗一さんが駄目なら、自分が桃太郎になると言っておりました」
宗一「桃太郎、桃太郎ね。洗脳の常套手段だ。言葉を繰り返して頭に擦り込むとはな」
華子「宗一さん。いい加減、怒りますわよ。桃木はカルト団体ではありませんわ」
 宗一を睨み付ける華子。
 ガタンと揺れてから電車が静かに動き出す。どんよりした険悪なムードで無言の二人。
 静かに、静かに電車は進む。宗一は眉間に皺を寄せている。
宗一「ふぅ(溜息)」
 むすっとしていた華子が横目で宗一を見る。頭に浮かぶのは犬飼の言葉だ。

犬飼の言葉『若様は、特殊な環境で育っています。小学校も、中学校も、生徒は若様一人。ようするに、その村には老人しかおりません。桃木の者との接触も断たれていたので、我々の常識が、若様の常識ではないことを念頭に置いてください』
【老人しかいない村】【何も知らない少年】【祖父、死亡】【五歳で両親死亡――惨殺】
 華子の頭に宗一に関する言葉が浮かんでいく。彼女は、そっと言葉を零す。

華子「……あなたの身になってみれば、急に鬼のことを言われても信じられませんわよね」
 彼女は宗一の手を握り、胸の前に持ってきて手の甲に「ちゅっ」と軽い口付けをする。
宗一「……え、なにっ」
 びっくりして逃げ腰になる宗一。華子はくすくすと笑って、宗一の反応を見る。
華子「ごめんなさいませのキスですわ。そして守護者の誓いのキス」
宗一「ま、まったく、今の若者の考えることは理解できないな」
 宗一は顔を赤らめながらも、そっけなくしようとする。
華子「では、昔から伝わる方法で、やってみましょうか?」
 華子は小指を立てて、すっと宗一に向ける。
 (*ここから、ちょっと印象的に――のちに出てきます)
華子「指切りをしましょう。約束するために」
宗一「君と交わす約束はない」
 華子は宗一の手を勝手に引き上げて、彼の小指に己の小指を絡める。
華子「わたしは命をかけてあなたを守りますわ」
 真摯な顔で華子が言い、一瞬だけ宗一は見とれてしまう。
華子「ゆびきりげんまん、嘘付いたら、針千本のーます」
 しっかりと宗一の小指に絡められた、華子の細い指。
華子「指切った」
 ゆっくりと外されていく華子の指。優しく微笑む伏せ目がちの華子の顔。
宗一「……そういう善意らしいものの押しつけは、……気味が悪いと思うのだが」
 照れながらもぼそぼそと宗一が言い、今度は華子が溜息をつく。
華子「気味が悪いなんて、女の子にいう言葉ではありませんわよ」
 ふっと急に車内が暗くなり、華子は窓に目を向ける。
華子「――。来ましたわね」
 宗一が電車の窓に目を向けると、バシャバシャバシャと血飛沫が窓ガラスに付着していく。血飛沫の中に、鬼の顔(死者の顔)が沢山浮かぶ。
華子「鬼ですわ」
宗一「ふむ。これは麻薬による幻覚作用か。いつ、俺は麻薬を打たれていたんだろうか」
華子「英利さんもややこしいけれど、あなたも相当なモノですわね」
 華子の薔薇のコサージュから声が聞こえはじめる。
コサージュから犬飼の声『若様に天之尾羽張を持たせなさい』
華子「了解」
 華子は宗一のバッグから布に包まれた剣を取り出す。
 その時、二人の後ろのドアが自動的に開く。それを見てざわめく人々。
 ドアから入ってくるのは、顔がある火の玉のような霊魂――鬼火だ。
 ドアが鬼によって溶けた飴のように広がる。乗客が騒ぎ出して隣の車両へ逃げようとする。
華子「さあ、桃太郎さん。天之尾羽張――この剣で戦ってくださいまし!」
 しかし、華子は鬼の固まりに突撃され、手錠で繋がれた宗一と共に後方に飛ぶ。
 宗一は背を打った衝撃でごほごほとむせぶ。戦うどころではない。
 剣を包んでいた布が剥がされると、剣の刃は紙に包まれている。その紙は宗一の木版画だ。
 風で木版画が散る中、華子は宗一の代わりに剣を握り、鬼を切ろうとする。
 しかし、鬼は切れずに剣にまとわりつき、華子の手を食らおうとする。
 華子は驚いて剣を手放す。
華子「これは、天之尾羽張ではないわっ」
 華子は蒼白になる。宗一は唇の血を拭って鬼を見る。
 茫然としている宗一。
 沢山の鬼を目の当たりにして、恐怖が芽生え、だんだんと震えはじめる。
 鬼の固まりが宗一達に襲いかかる。華子が扇を広げて鬼を阻止する。
華子「宗一さん、隣の車両に逃げてっ」
 華子は鬼に押されながらも後ろの宗一を護る。
宗一「……ッ」
宗一は震えているだけで動けない。
華子「動きなさいっ、死にたいのっ」
 華子は開いている片手で宗一の胸ぐらをぐいっと掴み、後ろにある隣の車両に押し込めてから蹴飛ばす。
 しかし、手錠があるために完全にはドアを閉められない。
 華子は扇を広げて、ドアに押し当てる。すると扇が広がってドアを防護する。
ッォン! と鬼によって華子がドアに叩き付けられる。
華子の腹に鬼が食い込む。
 華子から血を落として、顔を紅くして涙ぐむ。
華子「……お姉様、華子――失敗してしまいましたわ」
 宗一がはっとして、やっと華子を気遣う。
宗一「おい、君。こっちに来るんだ!」
 ダガッ、どぉっん! と宗一の前で電車のドアが激しく動く。
宗一「くっ、ドアが開かないッ」
 宗一はドアを開けようと必死になる。指をこじ児入れて引っ張るが動かない。
 ドアの向こうで大きく目を開ける華子。口から赤い血を吐く。
 鬼の固まりが蠢く出入り口のドア。
ザァン! と鬼の固まりが一瞬にして斜めに切り裂かれる。
英利「坊やのお守りもできないなんて、てめぇは本当に嬢ちゃんだな」
 英利は片手に苦無を持ち、バイクのヘルメットを脱いで床に落とす。
 華子はうつろな目で英利を見る。彼女はワンピースの下にビスチェ型の鎧を着けている。
英利「助けてくれてありがたいだろ。あとで跪いて僕様を拝め」
華子「英利――…バイクで追ってきましたのね。……そうね、そういう人ですわね」
 華子は唇から血を流して、瞼を降ろす。がくっと項垂れて動かなくなる。
 英利はガッと華子の扇を殴ってドアから落とす。そしてドアを開ける。
 汗だくになっている宗一と対面。
英利「初めまして、役立たず君」
 宗一は英利を無視して、倒れ込んでいる華子の側に行く。それを冷たく見る英利。
 宗一がおろおろしながら華子の唇に指を近づけると、華子は呼吸をしている。
宗一の心(生きている……よかった……)
 宗一は大きく息を吐いて、安堵する。そして、ふらっと倒れてしまう。
英利「てめぇまで倒れるなよっ。やだやだ、このお荷物ズめっ」
 倒れている宗一と華子を見る英利。ゆっくりと彼の顔つきが変わっていく。
 華子の口から赤い血が、ごぼごぼと泡を立てながら滴り落ちてくる。
英利「――…少し、遅かったか。可哀想に」
 華子の血が床に伸びて、複雑な模様を描いていく。それらは右回りの渦になる。
 英利は屈んで、血に濡れていく華子の髪に触れてから、華子に苦無を突き立てようとする。

●回想・古民家
 ちゃぶ台の上、北斎の様々な絵と……プラスチックの柄から刃が取れてしまった彫刻刀。 六歳の宗一は、それを不機嫌な顔でじっと見ている。
祖父『宗一。ほーら、新しい彫刻刀が届いたぞ。桃木だから桃の柄の彫刻刀じゃ。家族の数だけ刀が入っているぞ』
 祖父がホルダーに入った彫刻刀を、六歳の宗一に渡す。
祖父『これで、もっと良いのを彫るんじゃぞ。渦とか波ではなくて、飛行機とかな?』

●闇
 ここから闇に響く声。
馨子「そういちさんの痛みは、るんるんるんぴ」

馨子「そういちさんのお熱は、らんらんらんぽぉーん」
 それを聞いてイライラしていく宗一。波に揉まれながら、考え込んでいる。

馨子「痛いの熱いの、飛んでいけ。飛んでいけ。だけど、戻ってくるりんぷー♪」
宗一(戻すなよ!)

●桃木本家・和室
 宗一は、カッと目を覚ます。
 広い和室の中央に布団が敷かれて、そこで冷えピタをしている宗一が寝ている。
馨子「ちなみに、この「ぷー」と言う発音でお熱と頭痛は閉じこめたの」
 馨子が畳の上にぺたりとお尻を落として折り紙を折っている。鶴だった。
 その折り紙はすごい数になっていて、彼女の周りに散らばっている。
 シャツのボタンを数個外されている宗一、起き上がり、手で眼鏡を探す。
 畳の上、枕の前に眼鏡があり、それをかけて馨子を見る。
宗一「君、ここはどこだ……」
 すると、馨子がにこっとほほえむ。
馨子「1.黄泉の国、2.紀伊国屋、3.桃木本家。さあ、どーれだ♪」
宗一「3」
馨子「んっ、頭が良いの」
宗一「君がバカすぎるだけだ」
 うっ、と涙ぐむ馨子。宗一ははっとして口を押さえる。
馨子「そういちさんが、いじめたーっ」
 泣きながら部屋を飛び出す馨子。
 すると、紙で出来ているはずの折り鶴が一斉に羽ばたいて、彼女の後を付いていく。
 茫然としてその様子を見ていると、開いたままの襖から一人の青年が入ってくる。
 灰色のビジネススーツを隙なく着ているサングラスをはめた犬飼だ。
犬飼「若様、初めてお目にかかります。桃木分家の犬飼の当主、犬飼瑛でございます」
 犬飼は畳に正座して軽く頭を下げる。
宗一「君が電話の犬飼さんか――あの、……華子さんは?」
 宗一は少しだけしおらしい表情になって訊ねる。犬飼、暫し無言になる。
犬飼「――――…。あとで馨子さんに聞いてください」
宗一「馨子?」
犬飼「今まで一緒にいらしたでしょう。彼女が馨子です。華子の姉君であります」
犬飼は、畳に残っている数枚の折り紙を見る。
犬飼「あの子は、折り紙の中に鬼を閉じこめて己の式神にする力をもっています。今まで、馨子は、若様に降りかかった鬼の邪気を取り去って紙の中に封じていたのですよ」
 宗一、犬飼から目を背けて「しまった」と唇に手を当てる。
犬飼「神社などでは昔から穢れ払いとして、紙人形を使いますよね。馨子が行うのは、それの特殊系です。かなり体力を使う儀式です」
 宗一は小さく息をついてから、視線を降ろす。
宗一「彼女に、ありがとう、と伝えておいてくれれば助かる」
犬飼「御意」
犬飼「では……まず、桃木家について、私が順序立てて説明いたしましょう」
 犬飼がスーツの上着のボタンを外すと、胸に特殊なホルダーでタブレットが貼り付けられている。画面に【十分で分かる桃木情報『日本神話編』】という文字が出ている。
 それを見て、微妙な表情になる宗一。
 すると、いきなりチャララランチャララランと音楽が流れる。
 画面では、イザナミとイザナギの神がイチャイチャしている。
犬飼「結婚して日本列島を誕生させたイザナギ神とイザナミ神。でも、哀しいことにイザナミは死亡します」
 倒れたイザナミの前で、『妻よーっ』と泣き崩れるイザナギの姿。
犬飼「イザナギは、死者の国――つまり黄泉の国に行ってイザナミを取り戻そうとします」
 黄泉平坂という黄泉の坂を下りるイザナギ。
犬飼「しかし、黄泉の国にいたイザナミは、ウジがたかった死体になっていました」
イザナミ『こんな私の姿を見るなんて、ゆるせないわ!』
 イザナミが怒り、魔物を引き連れてイザナギを追いかける。
犬飼「イザナミは怒り狂い、魔物を連れてイザナギを追いかけてきます」
 黄泉比良坂を上るイザナギと追いかけるイザナミの軍隊。
犬飼「追い詰められたイザナギは、そこにあった桃の木の実を魔物に投げつけました」
 桃の実を掴んで魔物に投げつけるイザナギ。
犬飼「すると桃パワーで魔物は死滅、なんかなんだでイザナギは助かりました」
 大きな岩で黄泉の国の穴を塞いでいるイザナギの姿。
犬飼「この桃の実が神となったのがオホカムヅミ命――桃木の者は、この神の巫覡(ふげき)……分かりやすく言うと巫子なのです」
 タブレットが暗い画面になる。
犬飼「オホカムヅミ命は、イザナギに命令を受けています。私を助けたように、地上世界の生ある人々が、苦しみに落ち、悲しみ悩む時に助けてやってくれ――と」
宗一「それで桃太郎さんが鬼退治をするのか?」
 犬飼は頷く。
犬飼「説明をざっくりと省きますが、イザナミ側は鬼を使って人を殺します」
 犬飼が言い、宗一を見る。
犬飼「それを防ぐのが鬼退治なのです。若様、私達は人々を鬼から護る一族です」
宗一「――鬼退治なんて、やれない」
 ぼそっと言う宗一。頭の中には華子と自分を襲った鬼の姿がある。
宗一「桃太郎を鬼が襲うなら、俺は桃太郎を辞退する。これで終わりだ」
犬飼「若様!」
宗一「俺は若様ではない」
 宗一は直ぐに布団から出て、側にあったバッグを持つ。部屋を出ていこうとする宗一。
 ごとんと犬飼のタブレットが落ち、ビリリリリと何かが破れる音がする。
 振り返ると、犬飼がシャツを破き、短刀で腹切りをするところだ。
宗一(……)
犬飼「若様がここを出ていくなら、私は死にますっ! 私は若様の犬でごさいます。忠犬は、主人に捨てられれば死ぬだけです」
宗一「残念だが、君を飼った覚えはない」
犬飼「私は、若様の犬になるように幼い頃から徹底的に教育されております。犬は、簡単に主人を変えられないのです」
 腹に短刀を突きつけようとする犬飼。宗一は苦い顔になり、片手で頭を押さえる。
 どさっとバッグを落とし、宗一は部屋を出て行く。
犬飼「若様っ!」
宗一「安心しろ。トイレに行くだけだ」

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