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「若様の守護者」 ~桃に従う三家の使い~ 第四話


#創作大賞2024 #漫画原作部門

●多摩川河川敷
 霊魂の渦が花のように四方八方に乱れる。
鬼の華子『私を救いに来たのでしょう? 宗一さんと引き替えに、私は生き返るわ』
宗一「違うッ。違うッ」
 宗一は叫びながら鬼の華子から逃れ、波に取り込まれている扇を引き抜く。
 見えない壁が消え、イザナミの右回りの渦が宗一の回りを流れていく。
宗一「喋っているのは華子さんの霊魂を操っている、誰かだな。本当の華子さんなら、きっと、絶対に、いいや、必ず、俺を守ろうとする!」
 そして右手で宗一はシャツの胸を叩く。そこにはハートの折り紙が入っている。
 ハートの折り紙の中、英利によって電車内で切られた華子の髪。
鬼の華子の心(どおりで力が欠けているはずだ。全身から霊魂が抜ける前に、髪を切って霊魂の一部を留めるとはな)
鬼の華子『それでも、この霊魂は華子のもの。扇で祓えば――華子が傷つくぞ』
 宗一、ひくりと身を動かして停止する。笑ったままの鬼の華子。
鬼の華子『イザナミ側は、宗一。お前を歓迎する。お前がこれ以上嫌がるなら、そっちの小僧も始末するだけよ』
 宗一の背後で、ぼろぼろの英利が激しい鬼火の攻撃を受けている。
宗一の心(どうすれば……どうすればいいんだ。……誰か、答えを)
 宗一の頭の中に、今までのことが閃光のように瞬く。
犬飼のセリフ『桃の木の実を魔物に投げつけました。すると桃パワーで魔物は死滅……』
馨子のセリフ『イザナギ側に使われれば鬼は善。イザナミ側に使われたら鬼は邪になるの』
英利のセリフ『右に回るのは、イザナミ側の鬼だかんな』
 頭の中でぐちゃぐちゃに混じり合う、三人の言葉。
 そして、祖父の最後の言葉を思い出す。
祖父のセリフ『宗一、左回りの渦を忘れるな……』
 そして、ずっと寝ている祖父の横で木版画を彫っていた己の姿を思い出す。
 彫っているのは左回りの渦。
宗一「左回り……」
祖父のセリフ『宗一。ほーら、新しい彫刻刀が届いたぞ。桃木だから桃の柄の彫刻刀じゃ。家族の数だけ刀が入っているぞ』
宗一「桃の枝の……」
 宗一は、恐る恐る彫刻刀のホルダーに手を伸ばしていく。
 指先が彫刻刀に触れる。
 シャツのポケットでハートの折り紙が光を放つ。
 華子の半透明な幽体が出現して、宗一の左手を掴む。
折り紙の華子『今なら分かりますわ。その彫刻刀は天之尾羽張――イザナギの剣ですわ』
 宗一は華子に導かれるように、彫刻刀をホルダーから抜く。
宗一「祖父ちゃん……」
鬼の華子『宗一、こちらに来ないなら、死んで』
 鬼の華子が大きく口を開けると、中から剣を握った女性の手が伸びてくる。
 鬼の華子の口が裂け、操っていた女性が姿を現す。
 女性は、祖父の主治医の武蔵先生(今は幽体)だ。
宗一の心(武蔵先生……!)
 彼女の曲がりくねった蛇剣が、宗一に襲いかかる。
折り紙の華子『心を集中して……イザナギ側に、左回りに、霊魂を流すのです!』
 宗一は剣の切っ先を避け、武蔵先生に彫刻刀をズッと突き刺す。
宗一「左に、回れぇぇぇぇい!」
 彫刻刀を思いっきり動かして、武蔵先生と華子の幽体を混ぜていく。
 飛沫が立ち上がり、波が放たれ、全体が歪んでいく。
 宗一の彫刻刀によって、全てが左回りになっていく。
 武蔵先生の顔が歪み、宗一を睨み付ける。
武蔵先生『宗一――お前を、必ず殺すぞ』
 武蔵先生の幽体が消え、武蔵先生を出現させた鬼の華子の身体が元に戻る。
 華子の霊体は微笑んで宗一を抱きしめてからいなくなる。
 宗一は胸ポケットからハートの折り紙を出す。
 折り紙は勝手に破れていき、中から華子の髪がこぼれ落ちる。
 そこに、馨子の折り鶴が舞い降りる。
犬飼「若様!」
 堤防まで来た犬飼が、宗一を見つけて叫ぶ。
 
●東京医療センターぽい場所
 華子がいる冷凍室。数人の医師が華子が入っているカプセルを取り巻いている。
 脳波を調べる機械に繋がれた華子が、うっすらと目を開ける。
華子「……そういち、さんは……?」
 
●桃木本家
 後日――桃木本家、当主の部屋。
 御簾の向こうで当主の祖母が正座した宗一を見ている。
当主「宗一よ」
 宗一は黙って御簾の方を見ている。彼の背後に犬飼が正座している。
当主「こちらの調べで分かったことを伝えよう。長十郎の主治医、武蔵政恵は偽物だった」
 祖母は、静かに事実を話し出す。
当主「本物は、三重の山中で焼死体として発見された。偽物は本物の医者を殺害して、膵臓を患っていた長十郎が通院する総合病院に履歴を出し、今年の初めから正式採用されて勤めていたらしい。その女が、イザナミの者だというのは明らかだ」
宗一「じゃあ、祖父ちゃんは末期ガンじゃなかったと……」
 祖母は、それには答えずに御簾の中で目を閉じる。
当主「――恐らく、長十郎はイザナミ側の偽医者に殺された。薬を飲んでいたのだろう?」
 宗一は、ギリッと太股に爪を立てて事実に耐える。
当主「お前の村には桃の古木が点在し、それらが土地に結界をはっていた。桃木に従っている村の者の誰かが招かなければ、イザナミ側の者は中に入られないはずだ」
 過去、病院の診察室で、宗一に祖父のガンの説明をする武蔵先生の姿。
その時の宗一『先生、ありがとうございます。往診をよろしくお願いいたします』
 自分が口走った言葉を思い出して、宗一は太股の上で強く手を握りしめる。
宗一「――俺が医者を招いたから、祖父ちゃんが亡くなったんですか?」
 御簾を上げて、高齢だが美しい祖母が姿を現す。
 祖母は優雅に身を屈め、宗一の頭にそっと手を乗せる。
当主「お前は、本当に良くやった。宗一よ、お前は私と長十郎の宝だ」
 ゆっくりと祖母は宗一の前に座り、目の高さを合わせる。
当主「悪いのは、私だ。お前を失うことを恐れすぎて、長十郎と連絡を絶っていた。連絡を取れば、どこかの経由でイザナミ側に情報が伝わる恐れがあった」
宗一「祖父ちゃんが亡くなったのは、俺のせいですか?」
 もう一度、宗一ははっきりと口調で訊ねる。
当主「……偽医者を見抜けなかった長十郎も悪い。桃木の管理システムも悪い」
 言ってから、奥歯を噛みしめて辛さを必死に堪える宗一を見る。
当主「しかし、一番の原因を作ったのは私だ。お前に何も教えなかった私の責任だ。だから私を憎みなさい。私は、お前がイザナミ側に付いたら殺すつもりでいたのだから――」
 真実を吐かれて、宗一は祖母を改めて見る。
 白髪の美しい祖母の顔には後悔の色がある。
当主「偽医者は、お前の家に通って天之尾羽張のレプリカを作り、火葬の日に本物とすり替えた。だが、長十郎はそれより一歩先を行っていた。天之尾羽張を彫刻刀に変え、後継者であるお前に与えていた。長太郎は《桃太郎》として完璧に生き抜いたのだ」
 祖母は語りながら、静かに瞼を降ろす。
当主「この私を憎め、だが長十郎の想いを汲んで桃木の《桃太郎》として生き抜いて欲しい……お前のために生きた長十郎のためにも」
 言い切ってから、祖母は初めて弱さを見せる。宗一の前で崩れ落ち、小さくなって丸まってしまう。何かに耐えているように小刻みに震えている。
 宗一、暫く祖母を見てから彫刻刀のホルダーに触る。
宗一「祖父ちゃんが、彫刻刀を送ってくれた時に、家族の数だけ入っていると言っていた」
 宗一はベルトにぶら下がっている革のホルダーの蓋を開ける。
宗一「この彫刻刀は五本ある。母さん、父さん、祖父ちゃん、俺……最後の一つは祖母さんだ。これを託された俺が、祖母さんを憎めるはずがない」
 それを聞いて祖母が蹲ったまま嗚咽を漏らす。宗一は祖母の背中をさする。
宗一「俺、桃太郎になるよ」
 
 当主の部屋を出た宗一。
 包帯だらけの華子が縁側に座って日本庭園を見ている。宗一は息を呑んでしまう。
宗一「もう退院して……大丈夫なのか?」
華子「英利の方が重傷でしてよ。明日、一緒に見舞いに行ってくださいまし」
 華子は、英利に切られた髪を弄りながら言う。
 宗一は華子の隣に座って俯き、自分の小指をそっと差し出す。
宗一「指切りをやり直そう」
 華子はきょとんとして宗一を見る。
宗一「今度は俺が、君を守ると誓う」
 微笑んで華子は宗一の小指に指を絡める。
華子「指切りげんまん、嘘付いたら針千本のーます」
宗一「俺は君の守護者になる」
華子「いいえ、あなたは私と友達になる」
 華子の声が宗一の声に重なり、宗一は顔を上げて華子を見る。
華子「指、切った」
 小指が離れ、宗一が複雑な顔をする。
華子「守護者と言われると困るようなので、友達にしておきますわ。宗一さんは、私を友達にするのはお嫌?」
 優しい華子の笑顔に、宗一の耳が赤くなる。
宗一「あ、ありがとう。嬉しい……です」
華子「どういたしまして」
 若者の友達との付き合い方が分からない宗一は、まごまごして次の会話が出来ない。
 そんな彼等の身体に陽光が降り落ちてくる。
華子「春ですわね」
宗一「え、あ……うん」
華子「樹木の桃の季節は終わりますが、桃木家の季節はこれからですわ」
 華子は立ち上がって、宗一の前に来て身をかがめる。
華子「友達として、あなたを守りますわね」
 ちゅっと宗一の額にキスをする。
 宗一、びっくりしてぱたりと廊下に上半身を倒す。
宗一の心(祖父ちゃん、俺、ここでやっていけるかな……)
 真っ赤になった顔を片手で隠す。
宗一の心(祖父ちゃん、でも、俺、祖父ちゃんの代わりにここで頑張るよ)
 顔を覆う指の隙間から空を見上げている。極楽浄土や天国を求めるような眼差し。
 天で太陽がきらきらと輝いている。
  

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