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「働く貧困層」と、中間的就労の必要性[コロナ禍におけるキャッシュフォーワークの意義・後編]

傷つきや困難さを多く抱え、全く働けない状況になるまでは、自助努力で頑張ってもらおう——。そうした社会状況の中で安定した就労にも、支援にも、どちらへもたどり着くことができずにこぼれ落ちる層が多数いたのではないか。

コロナ禍で職を失った若者の雇用を応援する助成事業「キャッシュフォーワーク2020」には、就労に困難を抱えるひとりひとりのニーズにあわせた就労をサポートする「就労支援」という概念を知らない・検討したことがない人が、非常に多く参加している。

2020年8月から始まったキャッシュフォーワーク事業で、開始から1年が経つ今、何が見えてきたのか。前編では、コロナで職を失った後にキャッシュフォーワークを活用して働きはじめた2人のストーリーを紹介した。後編では、背景にある社会状況について、マクロな視点も踏まえながらまとめていく。


中間層と貧困層の狭間に出現した「アンダークラス」

キャッシュフォーワーク事業の主な対象となった非正規雇用者やワーキングプア予備軍について記す上で、「アンダークラス」という概念についてまとめておきたい。

階級論・階層論を専門とする社会学者の橋本健二氏は、著書の中で、パート主婦以外の、派遣労働者・アルバイト・パートをアンダークラス層と定義する。

正規労働者階級の平均年収が約370万円であるのに対し、非正規雇用であるアンダークラスの平均年収は約186万円と、ほぼ2分の1。平均の手取りは年に約150万となる。

東京23区における単身世帯の生活保護の保護費は年156万であり、アンダークラスは非正規雇用を続けているにも関わらず、生活保護受給者とほぼ同等の苦しい経済的状況に置かれていることがわかる。2025年には日本国内で1000万人以上がアンダークラスになると予測されている。

こうした層の出現は、日本だけのものではない。「アンダークラス」はもともと、スウェーデンの経済学者グンナー・ミュルダールが1963年に初めて使用した用語である。1977年には米タイム誌が「アメリカのアンダークラス」を特集。当初は有色人種や少数民族の貧困層を主に指していたが、いま現在では、白色人種にも困窮した層が存在することが明らかになっている。

日本においては、古くから、資本家階級(経営者や役員)・新中間階級(正規雇用されている管理職や専門職、上級事務職)・労働者階級(正規雇用されている単純事務職・販売職・サービス職・現場労働者)・旧中間階級(自営業者、家族従業者)の4つの階級があった。しかし労働者階級の中で格差が広がり、その下層に新しくおかれたのが「アンダークラス」なのである。

アンダークラスの傾向については、以下のようなデータが特徴的だ。

アンダークラス世帯の31.5%は、預貯金や持ち家などを含め全く資産がない
アンダークラス男性の66.4%、女性の56.1%は、結婚の経験がない
アンダークラスの40%以上が、将来の生活が非常に不安だと考えている
アンダークラスの20%が、うつ病などの心の病気を抱えている

「新・日本の階級社会」(橋本健二)参照。2015年「社会階層と社会移動全国調査」から著者算出

アンダークラス層の若者は一見、働くことのできる若者にしか見えない。しかしながら、貯蓄や職歴、健康、さらには社会関係、家族関係におけるまで、困難に耐え得る正のストックを保有しておらず、非常に脆弱な環境の中で働くことを選び続けている。

キャッシュフォーワークによって明らかになったこと

こうした社会的状況を踏まえた上で、コロナ禍におけるキャッシュフォーワーク事業から見えてきた示唆は何か。

まず1つは、これまで見えづらかった「働けてはいるものの、実は不安定な環境に置かれている層」が浮かび上がったことにある。

今回キャッシュフォーワークに参加した層は、コロナ禍以前は転々と職を移りながらも何かしら仕事はできて食いつなげているという状態だった。コロナ禍で状況が厳しくなる中で職を失い、キャッシュフォーワークへの参加につながったが、これまではこうした層に公的な支援の手が必要というイメージは自他共になかった。

引きこもりなどで働くことが難しい人に対しては公的な支援が行われてきたが、相対的貧困状態であっても「頑張ればなんとか働ける」層の抱える脆弱さは、見過ごされがちだったのである。

就労支援プログラムは日本各地で行われてきたが、単発の講座や、当事者が参加費用を負担して参加するものが少なくない。実家で生活しており保護者が協力的な若者、もしくは、多少預金があり生活に余裕がある若者しか、実質的に参加できなかった。

「実家にたよれない」「働かないと家計が苦しい」という若者は、キャリア構築につながらない雇用形態や職場であっても、日銭を稼ぐために働くしかない。従って、就労支援プログラムを受けるための時間や費用の捻出すら困難であったのである。その中で、厳しい労働環境などに耐えられなかった若者は、自己責任と切り捨てられてきた。

「キャッシュフォーワーク2020」助成プログラムの選考委員の一人である宮本みち子氏(千葉大学名誉教授)は、現在の若者やこれから若者となる世代は、「暮らしが成り立つ」という観念を持てず、パートナーとの結婚・自分の家を持つこと・子どもの養育等のライフチャンスを剥奪される人が増加するだろうと、『アンダークラス化する若者たち』の中で警鐘を鳴らしている。

キャッシュフォーワークは最低賃金での雇用を原則とする。それゆえ、災害やコロナなどの影響を受けた脆弱な層が露出するのだ。

恒常的な就労支援は可能か?―中間的就労の可能性

2020年度のキャッシュフォーワーク事業に取り組んだ団体からは、求人が停滞する現状を見据えて「中間的就労モデル」の事業化を目指しはじめる団体も複数出てきた。

「中間的就労」は、2004年に生活保護を受給する母子世帯の自立支援として、釧路市で始まったと言われる。一般的な就労が難しい社会孤立状態に陥った人々に対し、一般的な就労と福祉の中間にあるが、労働市場で基準とされる賃金を下回るような就労形態を指す。職業訓練や福祉的支援が加えられる場合も多い。キャッシュフォーワークは被災者に対する緊急雇用の手法の一つだが、同時に中間的就労の一形態としても捉えられる。

生活のために最低賃金はせめて確保しなければならないという非正規労働者は、こうした支援をなかなか選ぶことができなかった。事実、今回のキャッシュフォーワーク参加者にも、「就労支援」という言葉を全く知らない方が多数いた。生きづらさや働くことへの難しさを抱えつつも、「(就労支援を)これまで自分が使うものだとは思っていなかった」と話す参加者もいる。

困っている当事者自身も、「全く働けない状況になるまでは、自助努力で頑張るしかない」と思ってしまう。そうした状況が、これまであった。

中間的就労のメリットは二つある。一つは困難の度合いに応じた適切な支援が可能になること。もう一つは困難がありながらも社会に対して価値のある何かを生産するプロセスの中で役割を持ち、次のステップに進むことができるということだ。

全く働けないという状況になるよりも前に、予防的な介入もできるのではないか。社会が困難な状況にある中で職を失ってしまった若者の全体性を回復し、自尊心を取り戻すことやステップアップにつなげていくような予防的支援が、中間的就労の中にもあっていいのではないか。

キャッシュフォーワークは、もともと災害等の復興における緊急雇用の手法だったが、コロナ禍が長期化する中で恒常的な事業へと変化せざるを得なかった。

「最も困った時にだけ支援を受けられる」社会から、個人にも社会にも正の社会的ストックが蓄積され、コロナ禍のような巨大災害の中でも「望めばいつでも支援を受けられる」ような社会へ、私たちは変わることができるか。キャッシュフォーワークは、その実験となる事業だ。

リープ共創基金では、2021年度も継続してキャッシュフォーワークに取り組む団体を公募し、12団体程度に約1億7000万を提供予定だ。1期目の事業から見えてきた新たな可能性を見据えながら、2期目のチャレンジを続けていく。

参考文献
「新・日本の階級社会」(橋本健二、講談社現代新書、2018年)
「アンダークラス ─新たな下層階級の出現」(橋本健二、ちくま新書、
2018年)
「アンダークラス化する若者たち――生活保障をどう立て直すか」(宮本みち子、佐藤洋作、宮本太郎、明石書店、2021年)
「日本における中間的就労機会の広がり」(櫻井純理、日本労働研究雑誌2019年12月号、2019)
「地域共生社会実現のための中間的就労のすすめ」(一般社団法人 釧路社会的企業創造協議会、2019)

2021.11.22
書き手・田村真菜(キャッシュフォーワーク2021広報)


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