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「フィードバックがもらえる職場、初めて」コロナ禍で職を失った若者の葛藤から見えてきたこと[コロナ禍におけるキャッシュフォーワークの意義・前編]

コロナが日本で初めて確認されたのは、2020年1月。そこから1年半、日本では4回の緊急事態宣言を実施し、未だコロナ禍が続いている。2021年4−6月期平均の労働力調査によると、失業期間が1年以上の人は74万人に。依然として厳しい状況が続いている。

このような状況下の中で、2020年8月から始まった若者の雇用を応援する助成事業が、「キャッシュフォーワーク2020」である。開始から1年が経つ今、何が見えてきたのか。前編にあたる本記事では、取り組みの概要と2人のケースを紹介する。

”コロナ”という全国規模の災害の中での、キャッシュフォーワーク実施

災害が起きると、人命や社会的財産、生活などが失われる。失ったものは一朝一夕で取り戻していくことはできず、回復には長い時間を要する。

キャッシュフォーワークは、そうした災害に見舞われて職を失った方を雇用して賃金を支払い、地域の経済復興や困窮した方の自立支援を行っていく手法だ。

関西大学社会安全学部教授であり、キャッシュフォーワークを提唱された永松伸吾氏は、「生活向上のためにインセンティブを付与すること、稼いだお金を地域の中で使って地域経済の中でお金が循環することの2点がメリットに挙げられる」と述べている。

1854年、安政南海地震で津波被害を受けた農民を雇用して堤防建設を行うなど、日本でも古くからこうした取り組みは行われていた。近年では、2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大震災でも、キャッシュフォーワークの要素を持つ事業が行われた。

これまでは大規模な自然災害において国内で用いられてきたキャッシュフォーワークを、コロナ禍に対応する形で行ったのが、休眠預金を活用して一般財団法人リープ共創基金が実施した助成プログラム「キャッシュフォーワーク2020」だ。


スキル獲得や地域社会への貢献を望む、ワーキングプア層を雇用支援

「キャッシュフォーワーク2020」では、コロナ禍で失業等に見舞われた方を雇用して就労支援を行うNPOや株式会社の事業を公募。13団体を採択し、合計約1億7000万となる助成を実施した。

この助成を通して、2021年8月末までに、16歳〜45歳の約175名がキャッシュフォーワークに参加している。

参加者のうち51名が回答したアンケートでは、コロナ禍前の就労状況についても尋ねている。アンケート回答者のうちの半数は、販売・サービス業。また契約社員・派遣社員・パート・アルバイト等で非正規雇用だった方が多く、回答者の98%がコロナ前より月収20万円未満だった。

そしてコロナ禍によって、91%が離職やシフト減少による収入減少を経験。キャッシュフォーワークへの参加動機としては、80%が「新しい経験やスキルを獲得できると思った」、47%が「地域・社会に貢献したい」と答えている。

このアンケートからは、コロナ禍はワーキングプア(貧困線以下で就労している労働者)の状態に置かれる若者やその予備軍を襲い、大きなダメージを与えたことがわかる。また、新しいスキルの獲得や地域社会への貢献を望むなど、彼らが向上心や貢献意欲を持っていることもわかっている。

彼らをキャッシュフォーワークで一時雇用し、スキルアップをサポートすることは、社会にとっても、またその個人にとっても、大きな意味があるのではないだろうか。

ここからは、実際にキャッシュフォーワークに参加した2人のケースを見ていきたい。


「フィードバックがもらえる職場は、初めて」元IT関係・ケンさん

ケンさん(仮名)は、10年ほどIT関係の仕事を続けてきたという、真面目そうな雰囲気の30代男性。

コロナ禍までは、日本の食品を輸出販売する会社で、ECサイトの管理人を務めてきたという。しかし、2020年4月の緊急事態宣言頃から貨物の受付を制限する国が増えた。「人を雇って事業をやれる状態ではない」と言われ、退職を余儀なくされた。

コロナ禍の中で転職活動を始めることになったが、状況は厳しかった。

「対面でやる仕事は全然募集がなくて、テレワークはどの企業も倍率がすごい。半年くらい、毎月、毎週のように応募してたんですけど、やっぱり採用には至りませんでした

年が明けて2021年になるも、2回目の緊急事態宣言が発令されようとしており、収束の兆しは見えなかった。その頃、頻繁にチェックしていた大手求人サイトで、ケンさんはたまたま横浜市内に勤務するキャッシュフォーワークの募集を見つけた。

面談して参加が決まり、1月からコロンブス・アカデミーのキャッシュフォフォーワークプログラムに参加。ケンさんは現在、東日本大震災で被災した石巻市の特産品を販売するECサイトのフロントエンジニアを務めている。

月に1回は対面販売の現場にも行って空気感を掴んだり、販売会場で使う販促ツールの制作をしたりと、ECサイト運用に留まらないさまざまな仕事をしている。

「今までの職場では日々の業務をこなすだけで、仕事について話し合うようなことはありませんでした。ここでは毎日やったことにフィードバックがもらえる。必要ならミーティングを行い、問題解決までフォローしてもらえるなんて、初めての経験でした

また、現在は少しずつ社内全体のITのヘルプデスクも担うようになっている。

「若者の就労支援や子育て支援など、組織全体で取り組んでいる様々な事業の中で、自分の担当している業務はまだまだ一部分。今後は、全体のデジタル化、DX化などを手伝っていきたいです。仕事がなくなってなし崩し的にここに来たけれど、改めて縁があってよかったなと思います」


「技術を身につけて、高齢者やがん患者を元気にしたい」美容業・エミさん

エミさん(仮名)は、ストレートのヘアスタイルが似合う、おっとりした優しそうな雰囲気の女性だ。

エミさんの最初のキャリアは保育士だった。その後、子どもが出来てからはしばらく子育てに専念。2人の子どもも少し大きくなり、「子育てを大事にしながら自宅でできる仕事をしたい、手に職をつけたい」と思い、ネイルやエステの道に入った。

自宅でサロンを開業して子育ての合間に働く。順調に見えたが、開業して1年ほどでコロナ禍が始まった。エステに通ってくれるお客様は減少。近所の病院で清掃の仕事をしたりもした。

仕事が減るだけでも大変だが、同時期にパートナーと離婚し、シングルマザーに。

「なにか仕事をしなければ」とインターネットで探す中で、全国福祉理美容師養成協会のキャッシュフォーワークのプログラムを見つけた。

現在は、高齢者やがん患者などに向けたヘアアレンジやネイルケア、マッサージの講習を受けたり、SNSでキャンペーンの発信などをチームで学んでいる。エミさんが参加している名古屋の講習では、チームの全員が子育て中のお母さんで、話も合いやすいという。

「朝から17時頃までぎゅっと講習を受けていて、1日はあっという間です。ふだんは出会うことのない方に出会えて考え方が広がるし、チームで得意なことを教え合ったり補い合いながら学べるのが、すごく助かっています」

将来は、自宅から出ることが難しい方に対してもケアができるようになりたいと思っており、現在は基礎の見直しや技術のブラッシュアップに取り組んでいる。コロナ禍ではあるが、東京の講師の技術指導をzoomを使って受けたりもしているそうだ。

「前に70代の方がうちのエステに来たとき、巻き爪のケアなどをすごく喜んでくださったことが印象的で。自分自身もおばあちゃんっ子だったし、人生の先輩のお話を聞くのも楽しい。ネイルやエステを通してふれあいを届けることで、誰かを笑顔にしたり元気にしたいです


これまでの就労支援とは違う、新たな支援モデルの可能性

2人の受け入れ先にも、それぞれ話を聞いた。

ケンさんの受け入れ先であるコロンブスアカデミーは、横浜市磯子区を拠点に若者支援の活動を長年続けている。ケンさんに伴走しているのは、20年以上、自立支援に関わってきた岩本真実さんだ。

「就労支援プログラムは利用料がかかるため、参加する人は限られていました。今回のキャッシュフォーワークは給与を払って求人という形で募集できたため、『就労支援を受けるほどではないけど、実は生きづらさがある』という新しい層にリーチできたのかなと思います」

通常の就労支援では不登校や引きこもりなどで働いた経験のない方が参加することも多く、キャッシュフォーワークに参加する人たちは”アクティブ”に見えるという。

「コロナ禍によって収入減少した人を主な対象とするため、参加者は一定の就労経験があります。ただ、就労経験があるといっても、ひとつの職場で長く働くことができず職を転々としていたり、フルタイムで働けなかったりする方も多いのです」

また、エミさんの受け入れ先である全国福祉理美容師養成協会は、愛知県日進市を拠点とするNPO。介護施設・自宅への訪問理美容や人材育成、医療用ウィッグ製造などを長く手がけている。

キャッシュフォーワークでは女性を対象に支援をしており、募集に対して4倍以上の応募が来るなど、人気の高いプログラムを実施している。

エミさんの伴走を担当し、多数の応募者の面談を行ってきた事務局長の岩岡さんは、このように話す。

ぱっと見は元気な今時の若者に見えますが、よくよく話を聞いてみると、実は困りごとを抱えている。これまでの職場環境が悪くてキャリアを積めていない方、”自分の意見を言ってはいけない”など自信を無くしている方もいます。何かのトラブルで生活が崩れてしまう前に、予防的に関わることがとても大事だと思います」

自力で仕事を探せそうな方ではなく、「今のままでは長く勤めていける仕事に就くのが難しいかな」と感じる方を面談では積極的に採用し、支援しているという。

2人の話からは、これまでの就労支援とは少し違うニーズに向き合いながら、新しい支援の形を模索していることが伺える。社会の状況が変わるなら、支援も変わらなければならない。コロナ禍は、支援のあり方にも変化の必要性や可能性があることを見せている。


後編では、今回の話から見えてきた、ワーキングプア層やワーキングプア予備軍とそのキャリアの支援について、マクロな視点も踏まえながらまとめていく。

2021.9.15
書き手・田村真菜(キャッシュフォーワーク2020広報)

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