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『7時やで』

あなたなら どうする?
これはとおいとおい昔聞いたおはなし。


「ちょっと! 聞いてぇ!」

そう言って駆け込んで来たのは、
食品売り場の女性だった。

終業前のスーパーの、朝の休憩室は静かで、
まだ、噂話で汚される前の、本の数十分だった。

そこで
黙ってタバコを燻らせていたのは、子供服売り場の似合わない無表情な一匹狼の女性と、婦人服売り場の私だけ。
そして私たちは会釈をするかしないかの、口をきいたこともなければ、名前さえ知らない間柄だったが、同じように群れるのが嫌いな私は、とても心地よくそこに居た。

食品売り場の彼女は、話しだす前に、自分を落ち着かせようとでもするかのように、忙しなくタバコを吸い始めた。

「ちょっとさ、今日もうショックな事があってさぁ! 誰かに聞いてもらわんと治らへんねん」
子供服売り場の女性は、薄らと笑って、真っ赤に塗った唇から煙を吐き出して言った。
「どしたん?」

「うん……」
食品の子は頭の三角巾を直し、深呼吸すると言った。
「昨日なぁ、息子が彼女連れて来たんやんかぁ」
「うん」
子供服売り場の子が横目で見ながら相槌をうった。
「その子なぁ、なんか帰らんと泊まっていったみたいやねん」
「ほう」子供服の子。
「女の子やしさぁ、ええんかいなと思っててんけどなぁ……」
「ふん、ふん」子供服の子。
「朝になっても下りてこおへんしさぁ、お越しに行ったんやんかぁ。ノックしても返事ないしドア開けたら……」
子供服の子、笑って
「どうした?」
「最中やってん!」

一瞬の間の後、
私と子供服売り場の女性は大笑いした。

子供服の子はその後笑いながら言った。
「ほんでアンタどうしたん?」
「どうもこうも……目ぇ合ったからさぁ、思わず言うた……

7時やで、って」

子供服の子は、涙を流して笑いながらまた聞いた。
「ほんで息子わいな?」
「お、おう、分かった! って……」

その職場で、そこまで笑い転げたのは、最初で最後だったと思う。

食品の子は、そこに居たのが私たちだったから言ったに違いない。

私は思わず呟いていた、
「うちの息子でなくてよかったぁ!」


遠いとおい昔のおはなし。



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