ヴェールの崩壊と新しい宗教

 

21世紀に入り、光通信の発達、及びパーソナルコンピューター・スマートフォンの浸透により、高速通信は人々の日常に溶け込み、現実の他に高速通信の織り成す通信世界にを生きる様に成った。高速通信世界では今迄の社会に比べ、膨大な量の情報が常に氾濫し、人々は未曽有の情報濁流へと飲み込まれた。濁流は正誤不明・詐欺詐称・扇動演説、等、人々を惑わそうとする物も多数あるが、一方、多数の科学的データもあった。そして、このデータにより、我々の世界を覆っていた「何となく」のヴェールが破壊された。

 21世紀。アポロ11号が月に着いて早半世紀を経た現代。人々は初等教育から科学を学び、日本に於いては半数以上が大学へと進学し、学徒として学びを得ている今。神の存在を否定的に思う人も増え、様々な事柄が科学現象で片づけられると信仰していた。だが、高速通信により零れだした各種分野の科学的データ達は、人々が未だ「何となく」の幻想の中に暮らしていた事を自覚させた。
 スポーツ科学、能力と遺伝子、男女価値観の違いと生物的特徴、家庭の裕福さと子供の進学率、感情と脳内物質。様々な分野のデータが高速通信網で漏洩し、それらは人々の「何となく」で感じていた努力、男女平等、立身出世、感動の素晴らしさ等の幻想を打ち壊した。我々は科学の徒だと勝手に思い込んでいたが、実の所、未だ不確かな幻想を信仰する者に過ぎないと叩きつけた。そして、見えてきた唯物論的思想は、無気力を生み出した。「努力など無駄。遺伝子と幼少期の生育状況次第で決まる。」「親ガチャ」「男女の平等は不可能であり、女性は平等を求めていない。」

「何となく」の幻想で保たれてきた理想論は、高速通信網を通じて多くの人にばら撒かれたデータによって崩壊を始めた。今迄はこの情報にアクセスするには研究室や図書館に籠り、意欲を以て探求した上で届く情報だったのが、今や大多数が無気力にしていようとも流れ着いて受け取ってしまう様になってしまった。
 最早、「何となく」の幻想のヴェールは維持できない。形而上的観念を元にした理想論は、現実的なデータを並べられ、冷えた目で見られる様になったしまった。

 だが、この冷笑的視線は社会を救う事は出来ない。人々を救う事は出来ない。「どうせ出来ない。」の思想は、損切りをする一方で、世界の拡充は出来ない。個人の能力の開花を手伝わない。過ぎた理想論は意味がない。だが、理想論無き世界に未来はない。我々には理想論を信じさせなければならない。
 ジェミロクワイのVirtual Insanityの言う様に、I think it's time I found a new religion 新しい宗教を見出す時なのかもしれない


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