拳を握るな!
今回は「歯医者」について。
どこか遠いところの話かと思っていたら、着実に近づいてきていた懸案事項。東北地方でも発症例が出て、地元の薬局でも開店前から行列ができ、棚が空っぽになっていたらしい。それに加えて、ついには学校も休みになり、ようやくの実感と、実際に何らかの対応策を打たねばならない状況が我が家にも訪れた。突然に長い春休みが始まってしまったのだけども、だからと言って旅行もイベントも、買い物すらも場合によっては難しい状況になり、暇そうな子供に申し訳ない。一方、農家のおじさんは、「不要不急」どころか「必要必急」な仕事が山積みで、切らなければいけない枝や播かなければいけない種に急かされながら、気まぐれな気温と天気に振り回される日々。梅が咲く前に終わらせたかった梨の剪定のバイトも、かなり大差をつけられてしまっている。
そういった事情もあり、どこかに行きたいけどどこへも行けずに、先週書いた通り、それこそ本当に「走る」「切る」「読む」だけの生活が続いている。そこに、「治療する」という新たな項目として「歯医者」を加えた。自分の畑の剪定が終わったら行こうと、昨年末から決めていたので、バイトの剪定に取り掛かる前に、かかりつけの歯医者に予約を入れた。まだ痛くはないのだけど、虫歯があることにしばらく前に気付いた。「まだ痛くないなら、その治療は不要不急ではないのか」と言われるかもしれないが、自分で鏡で見ただけでも、虫歯が日々成長しつつあるような気がしていて、これが痛み始めたら怖くてしょうがなくなり、治療してもらうことに決めた。
とはいえ僕は「歯医者」は嫌いだ。好きな人がいるとも思わないが、子供の頃から嫌いで、嫌い度は割と高い方だと思う。初めて通った歯医者は、多分小学生低学年の頃。母親に連れられて行った隣町の歯医者は、薄暗く、古びた建物で、おどろおどろしくさえ感じた。そこで、痛い、辛い、思いをするのだから、好きになるはずがない。そのイメージがずっとあるせいで、すべての歯医者と「恐怖」が結びついてしまっているのかもしれない。そのくせ、これまで何度となくお世話になってきてしまった。歯磨きをサボっているつもりはないのだけど、生まれつきの個性的な歯並びのおかげもあって、磨き残しや磨きむらによる虫歯に長年苦慮している。昔から、虫歯になるたび、「あーもっとちゃんと歯磨きをしておけば…」と何度後悔したことか。子供の頃は、歯が痛くなってからその歯を入念に磨いているのを見つけられ、家族からよく笑われた。やれ歯が痛いだの、やれ詰め物が取れただのと、お世話になるたび、手入れを怠った自分への憤りと、毎度指導もしてくれる歯医者さんにも申し訳ない気持ちになる。嫌い、怖いとは思う反面、頼ればこの痛みを必ず解決してくれるのだ!という絶大な信頼も実は持っていたりもするという、複雑な感情(またしてもアンビバレント!結局こればっかりなのかも)に歯医者に行くたびにいつも苛まされる。
そんな歯医者の「歯医者あるある」のひとつに、「痛いときは手を挙げてください」という定番のやつがある。床屋さんで髪を洗うときの「かゆいとこないですかー?」と同じようなやつ。記憶が正しければ、僕は多分手を挙げたことはない。痛いところを突かれたり、削られたりするのだから、痛くないわけはない。それなのに手を挙げろという。途中から痛くなることもあるし、初っ端から痛いときもある。それでも、僕は手を挙げられずにここまで生きてきた(もちろんかゆいところを申告しこたこともない)。話によると、痛みの状況によって治療の程度を判断するということもあるらしい。それなら素直に言うべきなのかもしれないが、痛かろうが治してもらわないことにはしょうがないし、いい歳した成人男性としてのプライドが、手を挙げることを許さなかった。もちろん痛くても、ただ耐えてきた。とはいうものの、自分では耐えきったつもりでも、無意識に拳を強く握りしめていたり、体をグッと硬直させていたりもしてしまっているのので、手は挙げずとも、担当医さんには痛いことが十分伝わっているのだろうとも思う。それでも、やはり手はいまだに挙げられない。先日も、久しぶりの受診ということもあり、各種検査や歯石除去的な治療が主だったけど、処置をする際に同じようなことを言われ、僕はやはり手は挙げられなかった。歯と歯茎の境目をグリグリとやられ、こう書いているだけでも痛みを思い出してイーッてなるくらいに、そんなの痛いに決まっているが、それでも「別に痛くないですけどねー」みたいな態度で、どうにか乗り越えた。乗り越えたつもりでも、自分でも知らずのうちに握りしめていた拳に、ふと気付いたりもする。
おそらく次回には虫歯の本丸へ。そこから何回通うことになるかは分からないが、僕は手を挙げられるようになるだろうか。四十を前にして、立派な大人になるチャンス到来なのかもしれない。今回の大規模な流行とそれに伴うイレギュラーな事態が収まるのが先か、それとも、拳を握りしめて耐えようとすることなく、素直に痛みの直訴ができるようになるのが先か。…というか、そもそも手を挙げることと挙げないこと、のどちらが「大人」なのか…。とにかく、手洗い・うがいに加えて、今さら遅いけど歯磨きもより丁寧に、と自分に言い聞かす日々がしばらく続くことは間違いない。この先どうなるかは分からないけど、外出もすべて控えろなんて言われないことを願いつつ、いろんなことがすべてが丸く収まって、みんなで笑って春を迎えられますように。
とりあえず今回はこの辺での。またそのうちに。
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