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ニャーっと生きてきちゃったのよ。

今回は「猫背」。

僕は「猫背」とよく言われるが、自分でも写真や鏡を見て「猫背だなー」と思う。いつからか正確には把握していないけど、小学生の時に絵や漫画を描くのが好きで、背をまん丸くして机に突っ伏すようにして描いていた気がするから、多分その頃からかもしれない。

そうなるともうだいぶ長いこと「猫背生活」を送っているわけで、そのうちに「猫背だね」と言われるのにもすっかり慣れて「そうなんですよねーえへへ」くらいの感じになっていて、猫を飼ったことはないんだけど犬か猫だったらどちらかといえば猫派だし、少し前に「猫背」をテーマに1曲作ったことすらある。そんなふうに「猫背」を当たり前のものとして受け入れて、特に治そうと思うこともなく、のうのうと生きてきた。そう、あの時までは…。

あの時とは、以前このブログでも書いた例の「腱鞘炎」に苦しんでいた時。あまりに痛いので、整体院に行ってみたら、ずばり言われた。

「猫背ですね」

手首を治してもらいに通ってはいたのだけど、そりゃ当然言われるに決まっている。素人でも気になる人がいるのだから、身体を扱うプロが気にならないわけがない。そんなだから、その整体院では、「腱鞘炎」の治療と併せて、「猫背」についてもマッサージや姿勢の指導もしてくれた。ただ、「腱鞘炎」がなかなか良くならないので、僕の思考の中ではその"戦犯”として、「猫背」をやり玉に挙げるようになっていった。多分、まったく無関係とは言わないまでも、原因や治療法は違うにしろ、「猫背が治らないと、腱鞘炎も治らないのでは…?!」という思考にだんだんと陥っていった。


そして一念発起!俺は(腱鞘炎を治すために)猫背を治す!!と心に決めて、いろいろ調べ始めたら、原因も対策もいろいろあるようだった。放っておくといかに危険かもわかってきた。筋肉がこわばって血行も悪くなり、肩コリや片頭痛、内臓や自律神経への影響など…。確かに肩コリは慢性的だし、たまに頭痛にもやられる。そうだったのか、これはまずいぞ、これ以上不調になるわけには行かない!と、何とかせねばと思っている時、ちょうどテレビで“魔法のような猫背矯正法”というようなものが取り上げられていて、書籍でも出ていることを知ると、これだ!とすぐさま本屋へ!早速熟読!そしてあっという間に猫背矯正!…のはずだったのだけど、気付けば時は巡り、季節も変わり、年も変わっての2021年2月の僕はどうかと言えば、

猫背のまんま。まったく治っていない。

それはなぜか。

理由はわかっている。

腱鞘炎が治ったからー。(チコちゃん風に)

以前のブログにも書いた通り、腱鞘炎はだいぶ回復した。今はほぼ痛みは無く、仕事にも日常生活にも支障はないので、テーピングもサポーターも、最近はしていない。「腱鞘炎」からの解放は、そのまま「猫背矯正」からの逃避につながってしまった。「腱鞘炎」=「猫背」の方程式が崩れた瞬間、「猫背矯正」への熱意もすっかり消え去って、相変わらず丸まってこのブログを書いていたりもする。いや待てよ、猫背を治してくれるというその"魔法"の本をしっかり読んだじゃないか!にもかかわらず、治ってないのは何故?魔法は?とも思うも、僕にはMPがたりないとか、そもそも魔法なんてないとか、そういうことではなかった。どうやら読んだだけでは治らないらしく、読んだ内容を実践しないと治ることはないようだ(当たり前か…)。

折しも、先日子供が小学校からもらってきた「ほけんだより」には「猫背はなおしましょう!」と書いてあった。スマホやタブレットの使用が増えてきたこの時代、猫背の子供が増えているのだろう。やはり猫背のままでは生きづらい世の中なのかもしれない。親としての立場からも、ここは見本を見せなければ!(僕以外の家族はあまり猫背ではないのだけどとにかく…)そうして僕は再びその本を開き、「猫背矯正」の“魔法”を身につけることにした。MPはなくても大丈夫みたいなので、とにかくそれを習得(内容を理解してストレッチを毎日継続)し、いつか「猫背」の歌ではなく、「猫背じゃない」歌を書けるくらになってみたいと思う。

ここでふと「猫背じゃない」という意味の、「猫背」の対義語って何だろう?という新たな疑問が浮かんできてしまったけども、ひとまず今回はこの辺で。またそのうちに。


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