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ホールデン君の年末

 どうも、ブブブです。今回は、年末になると思い出してくるサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の主人公、ホールデン・コールフィールドについて書きたいと思います。出版から今年で70年だったんですね。
 同作は「入院中の主人公・ホールデンが直近のクリスマスごろあったことを読者に語る」という形で描かれています。
 今回はいつも以上にまとまりのない記事になりそうです。

 その前に、一度この作品の中身を要約したいと思います。『ライ麦』はミステリーでもないし、既にアメリカ文学の古典と言える作品かと思うので、ご了承ください(ブブブ記憶に基づく相当に省いた、精度を保証できない要約であることに注意)。

 以下、要約

 ホールデンが、既存青春文学(当時)に喧嘩を売るような語りから、クリスマスごろにあった出来事を回想し始める。次の段落から、回想。

 裕福な家庭に生まれ育ったホールデン(男)は、お勉強の出来が悪く、高校を退学させられてしまう。ホールデンはさっさと寮を出て、ニューヨークの実家に帰ろうとする。
 ホールデンは孤独故に、自分の心の隙間を埋めてくれるような人はいないかと、既存の知り合いなどに当たるが、どれもホールデンにはしっくりこない、失望する。
 途中、カトリックの女性に感銘を受けたりするが、基本的にはだまされたり、利用されるだけで、人との関わり合いには落胆させられることばかり起きる。
 最後の救世主と言わんばかりに、妹のフィービーに会いに行く。しかし、実家であるにも関わらず、退学したことを親に言い出せる気も起きないため、泥棒みたいに家に入っていく。
 さらにフィービーから「アンタは全てを気に入らないじゃん。将来、どうすんの」と核心を突かれてしまう。ホールデンは、いじめられていたが自分の信念を捨てずに自殺したジェームズや、病死した弟アリーが好きだと交えつつ、
「子どもだけが遊んでいるライ麦畑で、崖から落ちそうな子どもを捕まえる、それだけやっていたい」
 と答える。
 
 ホールデンは寝る場所を確保するべく、恩師(男性)の家に行く。恩師はホールデンを心配して、親身にありがたい話をしてくれるが、ホールデンは寝てしまう。気がつくと、寝ている自分の横から自分の顔を触っている恩師に気づき、怖くなったホールデンは、恩師の家を出て、駅で寝る。
 次の朝、ホールデンは「耳が聞こえないフリをして、誰とも関わらないようなところで生きていこう」と考える。最後の挨拶をすべく、フィービーに会いに行く。
 ホールデンは自分の計画をフィービーに話す。フィービーも付いてこようとするので、ホールデンは断る。フィービーは怒り、気まずい雰囲気のまま、遊園地に行く。そこでフィービーが遊んでいる様子を見て、ホールデンの心は幸せに包まれる。
 
 以上、要約

UK初版の表紙。最終場面をイメージしたイラストと思われる


ブブブのリトル・ホールデン

 予めお伝えしておくと、私はサリンジャーの熱心なファンではなく、彼の作品群を何度も読み返しているわけではありません。
 ただ、私がサリンジャー作品群に触れた時期が10代というおセンチな時期だったせいもあるのか、今回ネタになる『ライ麦畑でつかまえて』を筆頭に、『フラニーとゾーイー』といった作品などの印象的なシーンや人物については、事あるごとに頭にちらつきます。

 「なんやコイツ」と、他人に対して不満・疑心感を持った時、心の中で罵詈雑言を吐いた後、どうも自分の根底にはホールデン君(らしきもの)が居るような気がしてなりません。
 私はこのなんとも言えない不快感、その対象について、長い間、言語化することから逃げ続けているわけですが、一言だけ捻り出せば、
「感情を得て魂を捨てた人間」
 と言えるような気がします。それはこの作品でホールデンが毛嫌いするフォニーでスノッブな連中と同じかもしれませんし、或いは自分なのかも知れません。

理屈では語れないホールデン

 ホールデンについてですが、雑に言うと、コイツは何もかも、誰もかもが嫌いな人間です。ホールデンに作者サリンジャーの自己投影が極めて強くなされています。
 私の記憶では、ホールデンが好ましい印象を持った物は博物館、人は妹のフィービー、同級生だったジェームズ(故人)、弟のアリー(故人)ぐらいだったような気がします。それ以外の人や物に対しては、終始侮辱的なスタンスを取っています。侮辱的というか、受け入れることができないと言う方が正しい。

 国が違えば文化が違うわけであり、①その年代の時代背景、②作者の出自なんかをある程度抑えておかないと、作品によっては映画、小説、音楽を問わず、まったく訳がわからないというもしばしばあるかと思います(余談ですが、私の好きなスコセッシ監督作品映画はそういった傾向が多いように思います)。
 サリンジャーの場合、①と②、どちらも重要になるのですが、私は完全に"後追い"で知りました。サリンジャーが10年前に亡くなっていたことも、この記事を書く前に、ちょいと調べて知りました。

 ここまで書いておいてなんなんですが、この作品は普遍的とも言えるテーマを扱っており、また、作者サリンジャーが出自的にマイノリティであり、第二次大戦時代に青年だった時代故の経験などもしているため、もう少しサリンジャーを知り、約10年ぶりに再読してから、改めて記事として消化していきたいと思います。

最後に

 サリンジャーについて調べていたら、彼の伝記映画がamazon(プライム会員無料)で配信されていることに気づきました。
 なんだか嫌な予感がしますが、気が向いたら観ようかと思います。


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