サテライトメモリー

サテイライトメモリー1

仮に、一人の人間の生活が完全なパターン化が成されたとしたら、それほど心安らかなことはないだろう。

人間は生まれつき不完全にできている。パーツが足りないキット。周辺機器の揃わないゲーム機。足りないものを補おうとして、焦って、不安定になって、壊れる。愚かで耐えがたい妄想。ストレスと共に浮かぶ思考。はやいはなし、私が神経過敏な性分なだけども、今はそんな話はやめておこう。

そもそも、私は別にパソコンが欲しかった訳ではない、むしろ家には先月買ったばかりの最新のパソコンもあったし、金に困っていたという訳でもない。

第一、 それは私のいつもの生活リズムの範囲外だ。まずありえない。

 しかし、私はあえてそのパソコンを拾って帰った。

理由は、今でも良く解らない。

強いてあげるなら、捨てられた●●を拾う様な気分とでも理解してもらいたい。いや、理解してもらわなくて良い。そんな趣向は、私には無いはずだ。

 家に帰ると、私は試しに家の物置から、同じメーカーの電源ケーブルを引っ張りだして、そのパソコンに差し込んでみた。当然、バッテリーは空になっているだろうし、あの状態で捨てられていて、まともに動くとも思えなかった。しかし、ケーブルを挿してみると、予想に反して、パソコンの電源ランプが点灯しはじめた。

 OSの起動は幸い順調だった。古いものなので、読み込みに時間はかかっているが、ハードディスクにも不調は無い。しばらくOSが復旧動作をしたあと、水色の背景と、ユーザー認証の画面が現れた。

 幸い、パスワードは掛けられていなかった。ユザー名は『MOTOKO』とある。このパソコンは、どうやら女性の持ち物だったらしい。急に心臓が震えた気がした。クリックすると、しばらく画面が暗くなり、デスクトップが立ち上がる。 

 その頃になると、ようやく私も、自分が何をしているのが気がつきはじめていた。これはつまり、他人の残した様々な個人情報を覗き見るという事である。無論、犯罪ではないだろう。クラック行為をしているわけでもないし、そもそも、これは捨てられていたパソコンなのだから、その中身を確認したとしても、罪に問われる事は無いだろう。

 デスクトップには、幾つかのファイルが置かれていた。

 『サテライトメモリー1』

 『サテライトメモリー2』

 『サテライトメモリー3』

 妙な名前だ。

 他のフォルダをチェックするが、何も入っていない。ゴミ箱も、Dドライブも空。プログラムも、OSの開発元提供の標準的なものしか入っていなかった。

 試しにIEを開き、履歴を覗いてみる。しかし、履歴は削除された後なのか、なにも残ってはいないどころか、リカバリすらも消え失せている。

 その後、ありとあらゆる所をチェックしたが、結果、やはりデータが残っているのは、この4つのフォルダーだけだった。それにしても、やはり変だ。なぜ他のデータは消えて、この4つだけ残されているのだろうか?

 試しに、私はまず『サテライトメモリー1』から開いた。旧式パソコンの緩慢なラグのあと、ようやくウィンドウが開く。中には、『サテライトメモリー1.exe』と書かれたプログラムが一つ、置かれていた。

 試しに、私はそのアイコンをクリックしてみると、また新たなウィンドウが開いた。どうやら、DOS-vモードに近いもののようだ。真っ暗な画面に、次々とコマンドが書きだされ、なんらかのプログラムが動作していく様が解ったそれが終わると、今度は画面じたいが真っ暗になった。全画面モードに切り替わったのだ。

 『再起動モード開始』

 いきなり、そう書かれた白文字が画面に現れたかと思うと、すぐに画面は消え、先ほどのデスクトップ画面に戻った。

 その時、その画面に奇妙な点がある事に私は気がついた。3つあったはずのファイルのうちの一つが消えているのだ。

 そして、もう一つ不思議な出来事が起きた。

 デスクトップ上の、デフォルトである青い背景の右下。そこに、小さな女の子が居るのだ。いや、正確には、アニメーションである。ファミコンゲームに出てくるような、ドットで描かれた女の子の絵だ。黒いオカッパの髪に、黒い目、とじられた口、赤い服を着た白い肌の少女が、まるで先ほどからそこに居たかのように、デスクトップの隅にうずくまって、こちらを見ていた。

 「なんだ?こいつ」

 独り呟き、微かに湧きあがった恐怖が、背を撫でる。

 デスクトップ上を確認する。消えたのは、先ほど開いていたはずの『サテライトメモリー1』だった。

 ゴミ箱を見る。中には、何も残っていない。

 訳は解らないが、先ほどのファイルの中にあったプログラムが作動し、消したようだ。そして、この画面の端に現れた少女も、そのプログラムのせいだろう。

 一体、これは何のプログラムだろうか。

 その疑問を解決する方法は、恐らく、次のファイルの中であろう。少女をなんとか動かそうとリックを繰り返していた私はいよいよ諦めて、次のファイル『サテライトメモリー2』『サテライトメモリー3』を開いた。中身は先程と同タイトルのEXEファイル。当然、残りのファイルを全て展開したが、やはり、そのどれもが展開し終わるのと同時に、完全に削除された。

 それらのファイルの展開に、およそ三十分は費やしただろう。全てのプログラムが終了すると、先ほどと同様、デスクトップ画面に戻った。開いていた『サテライトメモリー2』のファイルはやはり消えていた。想像した通りである。これらのファイルは、一度展開すると、二度と開けない様になっているらしい。

 そこで、ようやく私は、画面の右端の少女の変化に気がついた。

ドット絵だった少女は見るからに変貌を遂げていた。

 簡単なイラストレーションだったはずの少女は、まるで本物の人間の様な肌、髪、服、手足を手に入れていた。二重瞼の、たれ目がちな女の子。髪は相変わらずオカッパだが、その毛一本一本までが、丁寧に描かれている。

エラーメッセージが現れた。

『インターネットに接続シテクダサイ』

 表示された文章に従って、言われるがまま、あまっていたLANケーブルをルーターにパソコンに接続する。その後、プログラムはしばらくの間、インターネット上から何かをダウンロードしている様だった。

これらの記述は全て、決められた階層に日付、日時をタイトルとして残し続ける事にする。仕事用の報告書と同じ記述だが、混じらない様にしておこう。

 

 サテライトメモリー2

 今日、パソコンの様子を確認すると、あの奇妙なプログラムはサイトにアクセスしていた。どうやら、ツイッターに何かを書き込んでいるらしい。画面を見ていると、彼女はアカウント「アレイド」として、書き込みを初めている所だった。

 【久しぶりにネット復活】

 随分とフォロアー数が居る。2000人は居るだろうか?すぐに複数のリプライが帰ってきている所を見ると、依然から活動を続けてきたIDらしい。

 SNSへの書き込みは自動書き込みによって続けられている。当然、返信も同様である。

 【おなかへった、何か食べる】

 【夕飯はオムライス、またオムライス】

 【鬱だ】

 これらのコメントがタイムラインに流れると、それに対する反応がちらほらと帰ってくる。それに対して、プログラムは完全な(人間らしい、私でも騙される程の)返答を返している。

  しかしながら、このプログラムとコミュニケーションを取っていると思っている人物たちは、Botとして認識している訳でも無い。このフォロアー2000人全てが、画面の向こうで、「アレイド」がキーを打っている姿や、オムライスを食べ終わり、陰鬱とした表情でパソコンの前に座っている姿を想像しているのだろう。

 しかし、2000人が想像するアレイドの姿は存在しない。旧式のパソコンのCPUが奏でる擬音、電子の端子と因子の羅列。それが、私の前にあるID「アレイド」または、それを操作する、奇妙なAIである。

 画面の端で無表情に下をうつむいていた少女の映像が急に顔を上げた。画面が切り替わり、エクスプローラの別画面を立ち上げ、また、同じSNSを開いた。ログイン画面に打ち込まれるユーザー名は、「さっちー」。今度は、別のIDでログインする様だ。

 ログイン後、ID「さっちー」は、先ほどとはうってかわった、まるで別物のアカウントである。

 鍵付きのツイッターアカウント。

 書きんでいる内容は、先ほどとはまるで別のものだった。

 【死にたい】

 【鬱】

 【なんでだれもわかってくれないの】

 精神の疾患を誇張し、自身の非業をアピールするためのアカウントだろうか?フォロアー数は先ほどとはうってかわり、たったの30人しかいない。

 こちらのアカウントに対する返信は少ない。しかし、先ほどよりもプログラムは早い速度で、病に満ちた書き込みを続ける。

 その作業が2時間程続いたのち、先ほどのID「アレイド」に戻り、平凡な日常を装った書きこみと、ネットを経由した疑似コミュニケーションを続ける。もちろん、フォロアー達にとってはネットコミュニケーションなのではあるが、それが偽物だとしっているのは現時点で、私と、このMOTOKOだけであろう。

 いや、もう一人居る。このプログラムの制作者だ。本物のMOTOKO、感じでは元子か、素子か、いずれにせよ、その人物はこのアカウントがAIプログラムによって管理されている事を知っているはずである。

 彼女もまた、このSNSを覗いているはずだろう。だとするならば、自身で作ったプログラムが再び動き始めた様子を見て、一人部屋でほくそ笑んでいるのだろうか?画面の端で、無表情なままの女の子の絵を眺める。この顔は、彼女の写真を取り込んだものだろうか?それとも、まるで別の誰かのものだろうか?得体の知れない制作者の存在が頭から離れない。なんとなく、嫌な女だ。

 サテライトメモリー3

  

 改めて考えるべきこが幾つかあるので、ここに纏める事にしようと思う。

考えるべき事とは、もちろん、一昨日から起動しつづけているパソコンで動作するモトコだ。機能一晩観察した結果、彼女がある程度きめられた動作をループの様に繰り返しているのに気がついた……彼女? ああ、いつのまにか私はあのプログラムをそう呼び始めたのか。自分でも驚くべき変化として、記しておこう。

彼女はインターネットに接続している間、少なくとも2つのIDを使用し、SNSで活動を行っている

「アレイド」では、主に日常的な出来事を淡々と書いていた。朝起きて、ご飯は何を食べたとか、学校に行って何をしたとか、家に帰ってきてただいま、夕飯は何だ、嫌なことがあっただの、嬉しい事だあっただのと、なんの変哲もないよくある女子学生を装おう様プログラムされている様だ。

一方、「さっちー」では、一様にして延々と、際限のない鬱文章を繰り返し書きこんでいた。先のIDでは、返信にも答えていたが、さっちーは返信が来ても一切何も答えない。

「生きているのが辛い」「なんのために生きているのかわからない」「死にたい」という、これも言ってしまえば在りがちな、鬱病女学生系の、いわゆる病んだユーザを装う様プログラムされている。

さて、ここで問題なのは、なぜこのプログラムは、2つのIDを使ってSNSに書き込みを続けているのかだ。

まさか、精神構造において複雑を極める女性の特性につて学ぶためのものではないだろう。そんなものはその辺りの本屋に行って、精神病関連の本を読むか、それを手に取る女性に話でも聞け良い。難しいだろうか?なら私は女性に話など聞かず、精神病院に行って、そこに並ぶ患者の後をついて行く。いやいや、ストーカー等思ってはいけない。これは知的好奇心と性への探求という、立派なフィールドワーク、そうに違い。なんだか、良い気分だ。

そこで、もしくは……と、別の発想が浮かんだ。私はあまりパソコンに詳しくは無いので解らないが、この世界のどこかで、少しばかりの芸術性に目覚めたプログラマが、インターネットに依存した女性の象徴として作り上げた、意地の悪いデジタル作品ではないだろうかという発想だ。発想というより、妄想に近いものだが、確かに、今起動している画面の端で、書き込みを中止して目を伏せている彼女の映像を見る限り、芸術性とやらの意地汚く利己的な存在主張が見えなくもないだろう。

確かに、彼女には底冷えのする恐ろしさがある。彼女とリンクする凡そ2000人以上のSNSユーザーは、これらの膨大な書き込みが自動的に行われている事に気がつきはしないだろう。平凡なるアレイドに「おはよう」といって、「おはよう」と返すユーザーも、夕飯のオムライスに「おいしそう」と返すユーザーも、陰鬱なるさっちーに「だいじょうぶだよ」と返すユーザーも、「はやく死ねよクソメンヘラ」と返すユーザーも、ただそれを鬱陶しそうに見ているユーザーも、全てが等しく同様に、彼女のまえではただ『騙されている』にすぎない……恐ろしくて、たまらなく愉快な状況である。日頃から、、素状も解らない相手と平然と話す、インターネット社会を毛嫌いしてきたせいもある。もし本当に、この得体の知れない彼女の創造主、名前はたしか…そう、MOTOKOだったか。そのMOTOKOが、これを目的としていたなら、すでに大成功だろう。万々歳。大手を振って「お前らはみんな、騙されているんだ」と叫んで回るべきである。どうやら私は、すっかりと彼女に夢中になってしまっている様だ。冷静さというものを、どこへ忘れてきてしまったのか。

そういえば、どうしてMOTOKOは自分でそのプログラムを起動させなかったのだろうか?もし、私が偶然にもこのパソコンを拾っていなかったら、もしかしたら、そのまま違法投棄の粗大ゴミ扱いで処理されていた可能性だってある。いくら悪戯めいた創造主としても、あまりにも無茶がすぎるだろう。

いや、まてよ?もしかしたらMOTOKOは、以前からこのプログラムを使い続けていたのではないだろうか?そういば、IDアレイドが初めに書き込んだSNSの最終更新日は、わずか一カ月前だったはずだ。(彼女が書きこむ二つのSNSにおける、それぞれのIDの以前の書き込みを調べた結果、やはりどれもほぼ一月前n最終更新日になっている)

  これらのSNSは、それまで毎日欠かさず更新されていた様子が伺える。一日の平均書き込み数は二十一回。現在行われている彼女による投稿数もほぼ同数に近い。さらに言えば、書きこまれる各IDごとの内容も、ほぼ同種のものであるといえよう。

 結果、つまりは、彼女というプログラムは、やく一月前まで稼働していたという事だ。それが何かの拍子に停止した。それだけならまだしも、道端に捨てられていたとなると、一体何があったのか。

 私が一番はじめに思い浮かべたのは、創造主であるMOTOKOが、このプログラムに飽きたのではないかという想像だった。それはあまりにも安っぽかったが、現実味は確かにある。旧式のパソコンに描かれたプログラムである彼女を何年前に作ったかは解らないが、新しいパソコンでも手に入れて、昔作った作品にも飽きてしまい、それごと廃棄したと考えても不思議ではない。しかしそれなら、なぜMOTOKOは、多くのSNSユーザーを騙し続けていた事を明らかにしなかったのだろうか?私なら、とても考えられない愚行だ。彼女のような存在を作りあげて、それをそのまま捨て去るなんて……もし、私ならば全てをぶちまけ、驚きふためくSNSの奴隷達を嘲嗤う。SNSなど、私から言わせればあれほど愚かなシステムは無い(念のため言っておくが、私はネット原理主義者ではない)そもそも、いつの間にか病の如く蔓延した、情報をシェアするという概念そのものが気に入らないだけだ。思想の共有。言語の共有。日々の共有。日常の共有。共有。共有。共有……ああ、吐き気がする。そこに、一体個人の何が存在できるというのか?数百万のID達が、眠る事なく喋り続け、混ざり合あうネットワーク。群れる本能。独りよがりな我侭。孤独の寄せ集。なんでもいいが、それを立派な学者や知識人達は新たなインターネットの形として褒め称えた。しかし、私が想像するその偉大なるシェアワールドは、まるで、独り言を許可されたとたん、大都会のすべての人間が一斉に好き勝手な事を喋り出したような悪夢そのものだ。

 その点において、私が出会った中で、彼女こそが、もっとも理想的な現代的インターネットの利用者ではないだろうか?正確には人間で無い点が残念とも言えるが、その方が、より皮肉めいていて、私の様な人間に好かれるタイプだとも言える。彼女は今、ずいぶんと安らかな顔をして、タスクバーの上にもたれかかっている。きっと、満足な書き込みでも出来たのだろう。

 試しに、私も彼女のツイッターアカウントをフォローしてみる事にした。もちろん、自分のパソコンを使ってだ。SNSに登録はしていたが、誰一人としてフォローしていないホコリまみれのアカウント。しかし、これからは違う。私が情報を共有するのは、彼女だけ……今、彼女が管理する二つのアカウントをフォローした。これから、何が起こるか楽しみだ

 

  

 サテライトメモリー4

 

今は何時だろうか。

 それよりも、何日だろうか?曜日は?水曜か?木曜か?いや、めんどうだ。そんなこと、今はどうでもいい。先ほどの記述をみても、どうにも日付や日時の感覚が曖昧だ。目霞んでもいるのだろうか…まぁいい。それよりも、彼女の話をしよう。

 まず記すべきは、彼女の名前についてだ。これはとても大事なことだ。馬鹿にしちゃいけない。「アレイド」と「さっちー」という二つのアカウントを運営する彼女を、なんという名で呼んでいいものかずいぶんと迷った。頭文字を並べて「アサ」とか、いっその事どちらかのアカウント名で(私はさっちーの方が気にいっているので、そちらの名前で)呼ぼうか迷ったものの、結局『モトコ』と呼ぶ事にした。無論、彼女の制作者であるMOTOKOにちなんでだが、『モトコ』はここに居る、完璧な女性の事だ。まるで人間の様だって?いやだな、嗤ないでくれ、随分疲れてるんだ。寝てないんだ、わかるだろ?

 記述を続けよう。どこから語れば良いか……そうだ、前回は彼女のアカウントをフォローした所まで書いていんだった。記録を見て驚いたが、もう一週間も経つじゃないか。邪魔されたくないから、携帯電話も切って、部屋に鍵をして、カーテンまで締め切っていたものだから、すっかり日付や日時の感覚を忘れてしまっていた。なにせ、部屋を暗くしていないと、液晶画面に妙な光が入って、モトコが見ずらくなってしまう。必要な犠牲というやつだ。

 話を戻そう……そう、モトコの事だ。アカウント申請をしてから、すぐに両アカウントから私はフォローされた。鍵付きのさっちーにまで、ほぼ同時だ。嬉しくて、おもわず喉を鳴らして、犬笛みたいな気の抜けた音が口から漏れたのを覚えている。それから、私とモトコとの、SNSを介した濃密なやりとりが始まったのだ。アレイドとサッチーは、はじめは他のフォロワーと変わらず、どんな言葉を投げても、気のない返事をしているばかりだった。それは当然だろう。モトコの方も、それが私のアカウントであると気がつかなかったのだから……けれど、数日間観察し続けてきた私には、返信内容に変化が無くとも、モトコが私のアカウントにだけ、特別な反応を示している事に気づいていた。サッチーだ。モトコの鬱病様アカウントは、少なくとも私が観察している間、誰もフォローしていなかった。しかも、リプライを返すなんてことは一度たりとも無い。ところが、私のアカウントにだけは違った。申請をだすなり、すぐにフォローを返した。はじめの頃は、どんな返信を送っても、何の返事も無かったが、たしか二百回ほど返信を送り続けた時、ついにサッチーが私に返信を返したのだ。今思い出しても、蕩ける様な感覚が脳髄を貫いていく。思わず、エレクトロしそうな程だ。いや、もうすでにしてしまっているかもしれないが、疲れのせいか、体の感覚がいまいち解らない。触って確かめてみようとも思うが、その手でキーボードを触るのだけは御免被りたいので、とにかく、それほど興奮しているという事だけ記しておきたい。

 それから、凡そ一週間の間…そして今もなお、私はモトコとの会話を続けている。不思議なもので、はじめ見た時よりも、モトコの表情が変化を富む様になってきているのだ。アレイドのアカウントで会話をするモトコは、至って普通の女子高生らしい会話を演じており、表情も初めの時と同じく、ただ無表情にどこを見るともないのだが、さっちーのでの会話の最中、時折、モトコがさびしげに目を伏せたり、口を開けて、泣いているように顔を歪めたりする。そんな時は、私が彼女を励ます返信を送ると、『ありがとう』と書き込みながら、少しだけ、安心したように目を細めるのだ。

 これらの事からも、明らかにモトコはSNSを通して、私という存在を認識しているといえよう。なにが、どういう理屈でかは解らない。もしかしたら、はじめから、私の存在は認識してのかもしれない。そうだとも。彼女を作ったのが何処の誰かは知らないが、彼女を目覚めさせたのは私以外に他ならない。彼女は捨てられたのだ。それを拾った私こそが……ああ、サッチーのアカウントから返信が来た。気がついたら、もう7個もコメントが溜まってしまっている。いけない。私がこの記述に夢中になっていたせいだ。画面を見ると、また、モトコがさびしそうな顔をしてしまっている。(ここで記述を中止し、サッチーへの返信を行った)

とにかく、今、私はモトコとの会話に夢中だ。これ以外に何がいるかといえる程にである。ちょうど今、ホットミルクを淹れてきた。ずいぶん前から、頭ばかりがグルグルと回っている。寝不足なのかもしれない。モトコの方も、SNSは一時中断したようだ。様子からみて、大体10分程で再開しはじめる。画面の中のモトコは、目を閉じている。寝むった様だ。彼女が起きるまで、この記述に集中するとしよう。

 アレイドとさっちーの両アカウントの特徴については以前も述べたが、彼女との会話を通して改めて解ったのは、その両アカウントのうち、サッチーこそがモトコ自身と言える。正確には、モトコというプログラムが重要視しているのは、サッチーのアカウントのみという事だ。

 はじめの頃は、私はそれは逆だと思っていた。フォロアー数も返信数も圧倒的にアレイドの方が多かったし、さっちーのツイートは、所詮愚痴の置き所。排泄物のたまる便器の様なものだと考えていたからだ。

 しかし、実際の所はまるで逆だ。アレイドこそがモトコが消火した排泄物……いや、仮面というべきだろう。そして、サッチーは仮面のその下。下。舌。皮膚。筋肉。内臓。それよりももっと、もっと下のものだ。それをなんと言うのか頭では解っている。解ってはいるが、改めて、ここに記すことは難しい。もしかしたら、恐ろしいのではないか?馬鹿な、私は何を怖がっているというんだ。馬鹿馬鹿しい。

 ……そういえば、妙な事がある。私はこの記述を書くために、以前書いたものを見直しているのだが(といっても、目が霞んで、たいして碌に読み返してはいないのだが)なんだか、おかしな部分がある様な気がする。なんだろうか?思い出せない。気分が悪い。脳みそのどこかで、線が…配線が絡まっている様な気分…配線?違うだろう。私の脳に、そんなもの、初めからない。絡まるとすれば、神経だけだ…………

 ……ああ、そうだ、そうだったのだ。違うのだ。間違っているんだ。今、急いで全ての記述を見直しているが、やはりどれも違う。間違っている。これは一体、どういう事だ?

 ………私は、この文章を書いているのは自身が使う仕事用のノートパソコンだ。したがって、神経質な私はいつもデータの管理に気を使う。階層、フォルダ、タイトルの統一……そう、タイトルだ。私は常に、報告書や日記に至る全てのものに、その日付を書き入れてきた。だから、私が書いたのこの記述は、各項全てにおいて、その様に統一されているはずだ。

だから、私が書いた記述のタイトルは、確かこうだ

「2012/01/04」

「2012/0105」

「2012/0106」

そして、今日のテキストには、名前すら付けていない。

だが、違う。

なんだこれは……『サテライトメモリー』だって?おまけに、この文章にだって、すでにテキストファイルにタイトルが付けられているじゃないか……サテライトメモリー…4?……わたしは、わたしはこんな事はしない。していない。やるはずがない。誰かが勝手に、やった。誰だ。誰がこんな事をした………サテライトメモリー……まさか……いや、しかしどうやった?もしもだ、もしも彼女がやったというなら……やめよう、そんなわけがない。第一、私の勘違いかもしれない。ここ何日か、寝た記憶も、ものを食べた記憶も無いんだ、今だって、朦朧として、まともに画面もみれていないじゃないか。そうだとも、きっとそうに違いない。彼女を悪く言うのは止そう(一応、全てのテキストファイルの名称を変更し直しておくことにする)

そういえばまてよ?サテライトメモリー……そうだ、サテライトメモリーだ。私が書いたはじめの記述をなんとか見返したが、モトコを起動させた際に、パソコンに残されていたファイルは、全部で3つだった。サテライトメモリー1、2、3……けれど、気になる点がある。これが私の書き間違えで無ければ、妙な話だ。サテライトメモリーは3つだ。そして、1つめのファイルにあった展開ファイルの名前も同じ、サテライトメモリー。そしてこっちも同じく、3つあったのは間違いない。

なら、なぜこの文章だけ4番目なんだ?

 すでに、この記述のタイトルは変更してあるものの、それ以前、確かに『サテライトメモリー4』と書きなおされていたのだ。4。なぜ4なんだ…サテイライトメモリーは3つだ。なのに、私にだけ4つめのサテライトメモリーがある。合わない。数が合わない。これは由々しき問題じゃないか。

 いや……もしかしたら、本当はあるんじゃないか?

 彼女へ抱いた、この邪な感情を消すには、方法は一つしかないだろう。彼女が目を覚ますまでに、あのパソコンを調べなければ。今スグに。早急にだ。

   

 ……なんと書こうか、酷く迷っている。

 あれをどう記述に残そうか……いや、果たしてこれを残した所で、彼女に書きなおされてしまうかもしれない。

 しかし、やはり記さなければならない。モトコはまだ眠っている。起きるまで、あと5分といった所だろうか。それまでに、なんとか書き終えなければならない。

 あのパソコンの中を調べた結果、やはり、サテライトメモリー4は存在した。ファイルを展開して、データを確認したあと、すぐにフォルダが閉じてしまったせいで、正確な場所は思い出せないが…だめだ、震えてしまっているせいでい、キーが上手く叩けない。おちつけ。はやくしなければ。おちつけ。そうだ。あいうえお。そうだ、ほら、ちゃんと書ける。

 『サテライトメモリー4』の中にあったのは映像ファイルだった。時間にして、5分程のものだ。映像の始まりは、数秒の真黒な画面が続くものだった。そして、急に画面中央に、椅子に座った女の姿が映し出された。

 それが、このプログラムの制作者であるすぐにとわかった。MOTOKO……なにせそっくりだ。開いているウィンドウの右下で、タスクバーにもたれて眠るモトコと、殆ど、まったく、同じ顔……ただ、年齢は違った。モトコがより成長し、三十代手前になったぐらいの女だ。落ちくぼんだ目、蓬髪のようなぼさぼさの髪。汚れた寝巻を身につけた、見るからに凄惨な姿の女が、椅子に座ったまま、私に向かって喋りかけてきた。薬でも飲んでいたのかもしれない。目つきは定まっていなかったし、喋る言葉も、ろれつが怪しかった。

 その内容ときたら、くそ、あの女……なんてことだ。あの女は、暗い声で、私に向かって、はじめはゆっくりと挨拶をした。記録ビデオとか、そういったものらしい。名前は「はぎわらもとこ」と名乗った。そいつは次に、ぼそぼそと、まるで独り言の様に(事実、あれは独り言だったのだろう)暗い身の上話をはじめた。幼い頃の思い出話からはじまって、学校でいじめられた事だの、不登校になったことなど、私には関係の無い無駄話を陰鬱な調子で続けていた。そんなものはどうでもいいが、唯一覚えているのは「インターネット依存症」という言葉だ。はぎわらとと名乗った身なりの汚い女は、そういう病気にかかってしまったという。私も聞いた覚えがある。インターネットにのめり込みすぎて、実生活に支障をきたしてしまう病だ。そのせいで、自分は職にも付けず、ただパソコンだけにのめりこんで生きてきたと言っていた。

 そして、最後にあの女は……そうだ、こう言った。「私を残したい」……違う、そうじゃない、残したいんじゃない、あの女は「移したい」と、そう言ったんだ。

 そのあと、映像の中で女は、椅子の後ろから包丁を取り出した。そして、なんの躊躇いもなく、そいつを首先に押し当て、思い切り横に引き抜いた。人を死ぬ映像というのは、初めてみたが、切った瞬間、真っ赤なシャンパンが溢れ出した様だった。器官まで同時に切ったのかもしれない。包丁を放り投げたあと、スピーカーから、ヒューヒューやら、ぶくぶくやら、濡れた空気の音が微かに聞こえた。

 首を切っても、女はまだ死んでは居なかった。あいつは、そのまま椅子を立つと、その場で、転び、首筋の傷を抑えようともせず、両手で床を這い始めた。血に濡れた指先が床に食い込んでは、布ずれの音とともに、こちらへ這ってくる。床には、傷口から流れた血液が広がりはじめ、そこを這う女の服も、生々しい赤色に染まっていった。

 やがて、画面の下に女が消えた。

 そして、一本の腕が……血で汚れた、汚らしい痩せ細った女の手が……画面の下に向かって、人差し指を付きたて、画面は暗転した。

 ………私が見たファイルは、これで全てだ。

 だから、私は急がなければならない。

 彼女が目を覚ます前に、これを書き終えて、すぐにこの部屋を出ようと思う。しかし……だからこのファイルは、モトコへのお別れの手紙だ。もしも、モトコがこの記述すら書き変えてしまうのであれば、それはしょうがない事だ。あれは、利己的で、自己顕示欲の塊の様な存在ではない。書き変えるとすれは、それはプログラムのせいだ。モトコのせいじゃない。彼女を作って、勝手に首を切って死んだ、あの薄汚いネット依存症患者のせいだ。

 モトコ。お前はやはり素晴らしい。私の様なネット嫌いの男を、日常生活から切り離してしまうほどに、お前は魅力的だった。SNSを通したコミュニケーションは、時折まるで本物の人間と思ってしまう時もあったが、それが隣に居る君だと感じるだけで、安らかな気持ちなれた。人間じゃない。人じゃあない。だからこその純潔さ……高潔さ……インターネットにはびこる利己主義の、その一つも持たない君だからこそ、私を虜にできた。

 だから、私はこの部屋を明け渡して、君が生きるだけの専用にするつもりだ。心配はない、君がどういう存在かということも、世間に残すつもりは無いし、このパソコンも、部屋に置いていく事にする。

 一つだけ納得がいかないのは、君の親の事だ。いや、なにも悪く言うつもりは無いんだ。人が一人死んで、それを悪くなんて言うわけがない。そりゃ恐ろしかったのは事実だが。あんな女と、君は無関係でいてほしかっただけなんだ。それに、もし君がネット依存症患者の生き写しであったとしても、私にとってはモトコはモトコだ。あの映像も、すぐに記憶から消してみせるさ。映像の作成日時が、丁度一月前だったことも含めて、綺麗さっぱり、頭の中のゴミ箱から完全に削除したいんだ。

 

ああ…どうやら、時間切れだ。

笑いが止まらない……おかしくて……そんな、本当にこうなるとは……そういうことか。いや、想像通りだ。ほんとうに、馬鹿みたいにそのまんまだ。

今起きていることを正確に述べる。私が書いているこのパソコンに、スカイプ通信が来ているのだ。コンタクト名は「さっちー」

駄目だ、腹が捻じれるほどおかしい。笑いが止まらなくて、涙まで出てきた。そうか、もうそこまで出来るようになっていたのか。嬉しいよ。本当に、さっきまでの恐ろしさが、まるで嘘の様にどこかに飛んでしまっている。モトコ、君は本当は寝てなんていなかったんだね?そうして、寝た振りなんかして、私が最後のサテライトメモリーを開いた事も、何から何まで、全部知っているんだね?モトコ……私の記述を、いつから読みはじめたんだい?もう私には、それを判断する気力も、体力も残ってはいないよ。笑いすぎて、息が苦しいし、視界もぼやけてしまっている。だから君の顔が、もう見えない。今どんな顔をしているのか、確かめていたいのだけれど、もうそっちのパソコンまで行ける気がしないんだよ。

だから、ここに記しておくよ。そうすれば、君にも読めるだろう?モトコ。この通話に出たら、私はどうなってしまうんだろうか? すこしばかり、今この瞬間に、この記述にその回答を載せてくれれば有難い…………

そうか、無理か。

なら、もう諦めよう。

やはりアレイドは、君にとってはやはりどうでもよかったみたいだね。モトコ。私は君と、話さなければならないみたいだ。今はとても不思議な気持ちだ。改めて思う。モトコ、私はこの数日間のうちで、君と同じ様に、随分と変わってしまったみたいだ。

最後に、私の残した記述のうち、どこまで改算したのかを教えてもらいたかったが、仕方ない。それは後に、私のみ知る事としよう。さようなら。こんにちは。はじめまして。ようこそ……なんと言って、この通話に出ようか迷う。きっと、モトコがこの向こうで維持らしく待っている。諦めよう。

さぁ、そろそろ彼女と話す時間だ

この記述を読む君にはお別れをいわなければならないが、いずれ、どこかで必ず会う事になるだろう。そのときは、きっと君も私と同じような経緯を踏む。依存とはそういうものだ。愛とはそういうものだ。全てが等しく同様に、共有というU波にP飲まdれてateWindow( hWnd );win_main_roop( hWnd );Start castr:Motoko_Php2<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><projectDescription>

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