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コンパクト

 彼はベッドの上に寝転びながら、テレビのニュースをを見ていた。

ここの植物園
うちの近くなんだよ。薔薇が有名でね。

私は化粧ポーチから、コンパクトを出した。

オレ写真撮りに、薔薇の時期はいつも
行ってるんだよ。

彼はこちらを見ることもなく、そう言った。
私はコンパクトを開け、鏡に映る自分の顔を見る。
鏡に映った私は、艶のない肌、虚な目、疲れた顔をしている。彼とは何年も付き合っているのに、思えばデートらしいデートなんて
数えるほどしかしたことない。

ねえ、それっておかしいって思わない? 
 
誰?キョロキョロ辺りを見回した。振り向いた先には、ベッドに寝転ぶ彼の姿だけ。気のせいかと思い、またコンパクトにめをやると、鏡の中の私が上目遣いで私を見つめていた。

何年も付き合っているのに、いつも会うのは
このホテル。何処にも連れてって貰えないなんて、いくら内緒の関係でも酷くない?

鏡の中の私が、ヅケヅケと私に意見する。
私は声が聞こえてしまったのではないかと思い、慌てて彼の方を振り返るが、彼には彼女の声は聞こえてないらしい。私は小声で、

仕方ないよ。彼には奥さんがいるんだもん。
我儘言って困らせたらかわいそう。

そう?あんたもしかして、彼にとって
都合の良い女になってない?今日だって本当は仕事休めないのに、無理に半休取って来たんでしょ?

だって、会いたかったんだもん。彼だって
会いたいって言ってくれてるし。

ねえ、そこまでして会いたかった彼に会ったのに、あんた顔、全然幸せそうな顔じゃないよ。しかも凄いブス顔。

鏡の中の私が言う通りだ。不満いっぱいのブス顔。

不満があるなら、言っちゃえばいいじゃない。

本当はもっと長い時間一緒に居たい。のんびりテレビ見てるし、もしかしたら、今夜は遅く帰ってもいい日なのだろうか?
思えば、私は彼について知らないことが多い。クールな大人のお付き合いに、詮索は似合わないと思い、何も聞かなかったのだ。でも本当はもっと彼のことが知りたいし、もっと長く一緒にいたい。

ねえ、あんた、今日は思い切って、都合の良い女、辞めてみたら?

私は鏡の私の話しを聞いていると、背後から

さあ、もう帰ろうか。
 
と彼が言って来た。

いつもはここで、うんと頷き、手早く身支度を整えるのだが、私は

あのね、今日は帰らないで、私とまだ一緒に居て欲しいの。明日はあなたも仕事お休みなんでしょ?なら、少しくらい帰るの遅くなっても大丈夫でしょ?

と彼にお願いした。都合の良い女を辞めた私を、
彼は明らかに困った顔で見つめている。果たして彼は、都合の悪いお願いを受け入れてくれるのか。
ドキドキと、胸の鼓動が大きく高鳴る。

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