大法典史考~成立はいつか~

冒険企画局より発売されているテーブル・ロールプレイングゲーム(以後TRPG)のひとつに、『魔道書大戦RPG マギカロギア』(以後マギカロギア)というものがある。プレイヤーたちは「魔法使い」となり、世界を滅ぼしかねない災厄である「魔法災厄」と、それを引き起こす邪悪な書物「禁書(ベインと称する)」に立ち向かうゲームだ。

このマギカロギアでは、プレイヤーキャラクターである魔法使いたちは「大法典(コーデックス)」(以後大法典)という組織に所属しているものとされる。この大法典の設立者は、古代ギリシアの碩学、偉大なる哲学者アリストテレスその人だ。そして、大法典の拠点の名は「アレクサンドリア図書館」である。かつてエジプトの同名の都市アレクサンドリアにあり、歴史の流れに消え去った大図書館を拠点として(なお現在は様々な事情から宇宙空間にあるが)、プレイヤーたちは超常的な現象を巻き起こす敵に立ち向かうのだ。

さて、このアレクサンドリア図書館であるが、公式のルールブックとの記述を歴史と突き合わせると少々疑問が生じる部分がある。フィクションの産物に歴史的な相違を突きつけるのはナンセンスだが、今回はマギカロギアの世界への理解を深めるためにも、アリストテレスが大法典を設立するまでを軽く考察してみたい。お付き合いいただければ幸いである。


1.アリストテレスの生涯

まず、大法典の設立者アリストテレスの生涯について軽く触れておこう。以後の記述は、今道 友信『アリストテレス』(講談社学術文庫、2004年)によるものである。筆者は別に古代ギリシアの歴史にも哲学にも明るくないので、ほぼこの本のまとめだと思っていただきたい。

アリストテレスの生年は紀元前385年、あるいは384年とされる。2022年現在からざっと数えて2360年ほど前の人物だ。生誕地はエーゲ海(地中海の一部地域)北西岸にあるカルキディケイ半島(現・ハルキディキ半島)の都市、スタゲイロスである。この都市はギリシアに属しているが、マケドニアという国に隣接し、アリストテレスの生まれたころは実質マケドニアの支配下にあった。そのため、アリストテレスの家族もマケドニアに縁があった。

父はニコマコスといい、このマケドニアの王アミュンタスの侍医であった。アリストテレスの家系は代々医師であったそうで、後世の伝説ではギリシア神話に登場する医療の神アスクレピオスにも通じるとされた。

しかし、アリストテレスは幼くして両親を相次いで喪い、義兄で後見人のプロクセノスという人物に連れられて、小アジア(アナトリア半島)のアタルネウスという都市に移る。この後見人・プロクセノスがアリストテレスの才能を見抜き、17歳の時にアテナイ(現・ギリシャの都市アテネ)へと遊学させるのである。

17歳でアテナイへ向かったアリストテレスは、これまた古代の碩学であるプラトンが開いていた学園であるアカデメイアへ入学する。以後20年ほどをこのアカデメイアで過ごし、アリストテレスは「学園の知性」とまで呼ばれるほどに成長した。
しかし、紀元前347年にプラトンが亡くなると、アリストテレスは学友たちと共にアテナイを去る。この頃からアリストテレスはギリシア全土を遍歴することになる。

遍歴の哲学者アリストテレスが最初に向かったのはアッソスという都市だ。ここでアリストテレスは統治者であるヘルメイアスの姪を妻にした。ヘルメイアスが敵対勢力の刺客により暗殺されると、レスボス島のミュティレーネという場所に移った。ちょうどこのころに、後のアレクサンドロス大王の教師となる。古代ギリシアの詩人ホメロスの著した『イリアス』を校訂したものを与えたという伝説があるが、教師時代のことは詳しく分かっていない。

アレクサンドロスが王位を継承した後、紀元前336年か335年に、アリストテレスはアテナイへと帰還した。古巣であるアカデメイアへは戻らず、リュケイオンという土地に学校を建てることを決意した。この学校は大変に設備の整ったもので、運動場やその他の施設の充実もさることながら、何よりも図書館が充足していたと、多くの学者は推測している。

このリュケイオンの学園時代に、アリストテレスは才能ある弟子たちと散歩をしながら、哲学上の議題を討論することがあったと伝えられる。この独特の授業から、アリストテレスの率いる学派は「ペリパトス学派(逍遥学派)」と呼ばれるようになった。
しかし、紀元前323年にアレクサンドロス大王が遠征地で病没すると、マケドニアの支配下にあったアテナイで反マケドニアの気運が高まり、マケドニアとの関係の深かったアリストテレスにも疑惑の目が向けられるようになった。師であるプラトンの、さらに師であるソクラテスがそうなったように、神を冒涜した罪を着せられそうになったアリストテレスは、「アテナイ人が再び哲学を汚す罪を犯さざらんがために」みずからアテナイから逃亡した。この時、授業のために書き溜めていた草稿類や学園の財産一式を学友に託し、母の故郷であるエウボイア島の西海岸カルキスに向かったが、胃の病に苦しみ、紀元前322年にこの世を去った

2.大法典の設立年をさぐる

さて、ざっとアリストテレスの生涯をさらったが、ここでマギカロギアの世界におけるアリストテレスの動向を探ってみよう。『魔道書大戦RPGマギカロギア 基本ルールブック』の記述によれば、以下の通りである。

「そこに偉人アリストテレスが登場します。地上に存在する学問をすべて分類し、系統立てるという偉業を成し遂げた彼は、当然ながら魔法も学問の一派として分類しました。(中略)アリストテレスと仲間たちは当時でも最高の魔法使いでした。彼らは順調に魔道書の回収を行っていきましたが、その回収品の取り扱いをどうするか悩み始めます。そこで彼らは、マケドニアのアレクサンドロス大王を通じて、巨大な魔道書を収蔵するための都市を建造することにしました」

アリストテレスが魔法を学問の一つとして分類し、人類にとって危険なものであると隔離する(大法典の理念は「魔法を人間の世界から隔絶すること」である)ことを選んだのは、少なくとも彼が学者として大成した後のことであると推測される。

現存するアリストテレスの全集に関してはほとんどがリュケイオン時代に書き直されたものか、あらたに起稿されたもの、講義の草稿や覚書、学生の聴講メモを元にされている。学問の分類に関してもこのリュケイオン時代と考えれば、アリストテレスが魔法の隔絶を目指して大法典、少なくともその原型となる組織を設立したのは紀元前335年ごろと考えるのが妥当だろう。

また、このリュケイオン時代には、アテナイを支配していた総督アンティパトロスの保護下で図書館や博物館を建て、様々な文献や標本を集めていた。リュケイオンで学んだ学生たちが、これらの施設をモデルに、やがてアレクサンドリアに巨大なムーセイオン(博物館)を建設するのである。

そのムーセイオンを擁するアレクサンドリアであるが、基本ルールブックの記述によれば「魔道書を収蔵するための巨大な都市」として建設が始まったようである。現実の歴史では、アレクサンドロス大王の東方遠征によってエジプトが征服された後、紀元前331年1月に新都市として起工された。広大な版図を持つマケドニアの西の境界であって、アレクサンドロス大王は訪れることがほとんどなかった都市であるが、彼の死後に頭角を現した将軍プトレマイオスが立てた王朝の首都として、歴史的な繁栄を迎えることとなる。

このプトレマイオス朝初期に、アレクサンドリアには大図書館が建設されることになった。完成した年の推測は大変広く、プトレマイオス2世の治世である紀元前285年~246年の間とされる。その後古代学問の中心地として繁栄するアレクサンドリア図書館の深奥に、魔法使いたちは研究施設を置き、魔法の研究手法を体系化しながら、邪悪で強大な力を持つ魔道書を「禁書」と名付け、封印する作業を行った。

大法典の設立をアリストテレスが魔法の隔絶を目指した年とするか、それともアレクサンドリア図書館の完成年とするかは悩ましいところである。アリストテレス発起の年ならば紀元前335年、アレクサンドリア図書館の完成ならば最低でも紀元前246年までには成立しているだろう。

蛇足ではあるが、おそらく大法典の初期メンバーにはアリストテレスの学友が居たのではないだろうか(そして今もおそらく彼らは存在している…はず)。とくに、アテナイから再び去ることになった時、草稿類や財産を託されたテオプラストスという人物などは、実に興味深い。また、プラトンがアリストテレスを評した言葉に「クセノクラテスには鞭が必要であるが、アリストテレスには手綱が必要だ」というものがある。ここで鞭が必要などといわれているクセノクラテスもまた、アカデメイア時代にアリストテレスと共に教壇に立ち、アテナイ帰還時にはアカデメイアの主宰を務めていた人物である。こうした人物たちが大法典の設立に関わっているとしたら?

想像するだけ自由である。いろいろな形でぜひお見せ願いたいところである。

3.おわりに

今回はマギカロギアの組織、大法典の設立年について軽い考察を行った。大法典は、少なく見積もっても2200年以上の歴史がある組織だ。旧態依然と断じるか、伝統ある大組織とするかは、プレイヤーやそれぞれのプレイヤーキャラクター達次第だろう。

また、こうした考察に関しては、筆者は観測しきれていないが、おそらくSNSなどにもあるはずである。本稿を読んでいただいた方で、親切な方がいらっしゃるのであれば、ぜひご教授願いたい。もし同じような意見なのであれば大変うれしく思う。
では、またどこかでお会いしよう。願わくば、本稿をきっかけにより深く魔法の世界へと足を踏み入れんことを。

次はプラトンの話とかしたいな~~~


参考文献リスト
冒険企画局『魔道書大戦RPGマギカロギア 基本ルールブック』新紀元社、2017年
今道 友信『アリストテレス』講談社学術文庫、2004年
野町 哲『学術都市アレクサンドリア』講談社学術文庫、2014年(電子書籍版)

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