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「モチベーションをあなたに」の巻

■「大物」に会いに行く
 2009年2月24日、「モチベーション・セミナー」というのに参加した。モチベーション(motivation)とは、直訳すれば「動機付け」のことだが、もう少し具体的に言えば、ビジネスや学業などを成功に導くために、自分をうまく鼓舞すること、その方法などを意味する。
 もとより、筆者の英語力では、講演内容を全て理解することなど不可能なのだが、どうしても参加したかった。それは、事業を拡大してアメリカン・ドリームを……ということではなく、ゲストスピーカーの名前に釣られたからだ。コリン・パウエル元国務長官と、ルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長。そう、このセミナーは元大統領や大統領夫人、政治家や実業家、プロスポーツ選手(今回は、北京オリンピックで大活躍した水泳選手、マイコー・フェルプスが登壇)ら、各界の成功者から、その秘訣を学ぶというセミナーなのだ。
 メインスピーカーのひとりとして登壇したのがプロのモチベーター、言わば、人をヤル気にさせることを生業にしてきたという、ズィグ・ズィグラーという80代の老人。短期の記憶が少し失われているという彼は、娘をインタビュアーにして、過去の講演の映像を交えながら、時々ジョークを口にし、この日も聴衆を大いに元気づけた。

■モチベーションは万能の神から
 アメリカ人が大好きなこのモチベーションという概念はどこから来るのか。それはやはり、キリスト教信仰、プロテスタンティズムに辿り着く。例えば「神には何でもできる」(「マルコによる福音書」第10章27節)や、「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、まだ見ていない事実を確認することである(「ヘブル人への手紙」第11章1節)といった新約聖書の言葉だ。実際、ズィグラー師も「神との出会い」を何度も口にした。
 プロテスタントが、カトリックに取って代わった背景には、金儲けを「解禁」したことがある。神に祝福されて金持ちになることのどこが悪いのだ、ということだ。しかし、その金の使い方も重要だ。この国の桁外れの大金持ちが、寄付や慈善活動に熱心なのは、税金に取られるならば、という気持ちもあろうが、信仰に促されている部分もない訳ではない。そして各界の大物がこのセミナーに顔を出すのも、言わばひとつの「善行」だ。

■影のスポンサーが表に出る
 錚々たるメンバーを集め、全米を「巡業」するこのセミナー。入場料は19ドル。しかもこれは1グループの料金。つまり、何人で来ようと料金は同じなのだ。会場となった収容人数1万5千人のアルコ・アリーナは満席。中継放送があったサクラメント・ダウンタウンにあるコンベンション・センターでもかなりの人々が集まったという。
 それにしても、19ドルでは割が合わないだろうと思っていたら、スポンサーがちゃんといた。不動産屋と株屋が。彼らは、このセミナーのラジオ・コマーシャルには名前を出さなかった。もしもそうしておれば、参加者は激減していただろう。
 スポンサーのスピーカーは、講演の合間、聴衆のモチベーションがそれなりに高まったところで登壇し、自分たちのビジネスに誘いをかけた。セミナーから余り期間をおかない週末。同じサクラメント市内で金儲けのセミナーを開く。こちらも、この種の「金儲けの極意」を伝授するセミナーにしては参加費は手頃で、しかも、その場で申込書を書いた人は昼食(サンドイッチ)をその場でもらえるという、人間心理をよくついた方法で勧誘した。不動産も株も、アメリカ経済はどん底だったから、今が「買い」だというのは素人でもわかる。しかし、買い方がわからない。モチベーション・セミナーの勢いで、サイドビジネスでもはじめようかと考え始めている聴衆の気持ちを上手にくすぐる商法だ。
 この「なんちゃってモチベーター」たちは、聴衆に頻繁に問いかけ、「イエス」とか「ノー」といった単純なレスポンスを繰り返させた。この手法は、プロテスタントの教会で、説教の最中に牧師が信者に、"Amen?"と問いかけるのと同じだ。Amenとは「しかり」という意味で、これを繰り返させることによって、「しかり」の気持ち、即ち、神を信じる気持ちが強まる。つまりここでも実は、「プロテスタンティズム」が影響を与えているということなのだ。因みに、この人間の心理を悪用する悪徳商法が、所謂「催眠商法」だ。

■アメリカン・ドリームの原動力
 この日、筆者にとって最も印象的だったのは、パウエルが語ったエピソードだ。 
 国務長官時代のある日、彼はニューヨークの公園にいる時、屋台のホットドッグを食べたくなった。勿論、VIPである彼には、警護のためのパトカーやSPが付きまとっている。当時、黒人初の大統領候補かともいわれていたのだから尚更だろう。
 屋台の店主は、すぐに客がパウエルだということに気づいた。そしてその直後、パトカーや警官が屋台を取り囲んでいることにも。
 店主は真っ青になって、「待ってくれ、俺はちゃんとグリーンカード(永住権)を持ってるんだ!」と叫んだ。不法移民と疑われて逮捕されるのかと勘違いしたのだ。
 パウエルが笑いながら「驚かせてすまん。ホットドッグを食いに来ただけなんだよ」と、来訪の理由が摘発でないことを告げると、店主は安堵した。 
 代金を払おうとするパウエルに彼はこう言った。「金は要らないよ。アメリカは俺に、この国に住むというプレゼントをくれたじゃないか。だからこれはお返しさ」。
 アメリカが多くの移民にとって、「腐っても鯛」であり続けるのは、安住の地と夢を与え続けているからだろう。そして彼らにその夢を実現させる為の原動力のひとつが、モチベーションなのだ。

『歴史と教育』2009年5月号掲載の「咲都からのサイト」に加筆修正した。

【カバー写真】
 2008年に購入したベースボールカードのセットに入っていた、ルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長のカード。勿論、ベースボールカードに登場するは、原則的に現役野球選手なのだが、大統領選の年ということで、候補者のカードが封入されていたようだ。これは、当たりだったのか、ハズレだったのか?(撮影筆者)

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