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「アメリカの偽善と少数民族」の巻

■手玉に取られた日本と偽善でごまかした米国
 聖火リレーをめぐる長野での醜態、そして、その直後にあった胡錦濤来日の際の、ひとり安倍晋三前総理を除く、売国政治家の体たらく。外から見ていてそれらは、日本が主権国家であるということを疑うに相応しいものだった。また図らずも、チベット問題への対応を通じて、日本政府が人権問題について、まったく無関心であるということも露呈した。これは二重の意味で中共の外交的勝利を意味している。
 第一に、日本に「内政干渉」させないということで、「擬似朝貢関係」を確認したこと。第二に、国際社会に日本が人権に甘い国であると認識させたこと。それによって、対日カードである偽南京事件という虚構の産物の実在性を、まんまと補強したのである。
 日本だけではない。アメリカも実は五十歩百歩だ。2008年4月9日に下院本会議が「チベット弾圧の停止」などを中共政府に要求する決議案を、反対1の賛成多数で採択した。このひとりが中共の犬、マイク・ホンダならある意味で面白かったのだが、残念ながらそうではなかった。流石のあの御仁も、これに反対することはできなかったようだ。
 逆に言えば、その程度のことなのだ。決議案を提出したナンシー・ペローシー(ペロシと書くのは間違いだ)議長(民主党)は、聖火リレーの際、金門橋にチベットの主張が掲げられたのを見て興奮したとも述べていたが、拘束力のない決議など中国政府は何とも思っていない。要するにアメリカ議会は、日本と違って手際よく免罪符を手に入れただけの話だ。
 チベットはどう見ても中国の植民地だ。支那人によるチベット人支配は、民族自決の原則に反している。にも関わらず、マスコミはあくまでもこれを「内政問題」として、中共に解決を迫るに留まっている。東ティモールの場合と比較すればその差は明白だ。アメリカ社会は、見事なダブルスタンダードに支配されている。どこにも平等に無関心=事なかれ主義の、日本の方がまだマシなのだろうか。

■少数民族だらけのアメリカ
 ところで少数民族といえば、真っ先に中国やロシアを思い出すのだが、移民で構成されているアメリカは少数民族大国でもある。土着の少数民族は、ネイティヴ・アメリカンやハワイアン、イヌイットなどだが、アジア系の「少数民族」も多くいる。既に拙稿で取り上げたベトナム人などは少数民族の中の多数派だ。ロサンゼルス郊外のリトル・サイゴンには、今でも南ベトナム国旗が誇らしげに翻っている。勿論支那人、台湾人、韓国人などは、それを上回る力を持っている。
 北カリフォルニアにはチベット人コミュニティもある。サン・ラファエルでは、小さなダウンタウンに、ほぼ向かえあわせに、チベット人の商店が2軒あるほどだ。その片方は元僧侶の男性が経営しており、チベット関連の書物や日用品以外にも、チベット解放のスローガンが書かれたステッカーなどが並べられている。店番をしていた若い女性は、亡命チベット人の両親を持つ。ネパールの首都カトマンドゥー出身で、まだ祖国を見たことがないという。そのネパールでは間もなく毛沢東主義派が政権を握り、チベット難民に好意的であった現王朝は廃されてしまった。亡命チベット人がどのような運命をたどったのか、気がかりである。

■ある少数民族の現代史
 苦難の末にアメリカにたどり着いたアジア人は、ベトナム人やチベット人だけではない。
 ある小さなスーパーで、レジ係の若い女性が2人、耳慣れない言語で話しているのに気づいた。「何語を使っているの」と尋ねると、声をそろえて「モン」と答えた。日本料理店の板前2人が、同じような言葉を使っていたので、もしやと思い尋ねてみると、やはり「モン」。別のレストランでマネージャーと立ち話をすると、「俺は日本酒も好きだが、俺たちモンは米から作る強い酒を飲むんだよ」という話が飛び出した。これらは全て、中部カリフォルニアの中心都市フレズノでの話。余談であるが、執筆当時の若い同僚(日本人)の細君がモン人であることもわかった。
 フレズノには大きなモン・コミュニティがあり、さらには、ウィスコンシン州やモンタナ州にもあるという。モン人を自称する人は世界で80万人しかいないが、全米に25万人が住む。1999年の16万人から、1.5倍以上も増加している。
 モン人には日本では出会ったことがなかった。世界史の授業で東南アジア史を教える時に、申し訳程度に触れただけ。彼らはタイ、ラオス、ベトナムなどの山岳地帯に住むモン・クメール系民族で、国を持たないという点では、クルド人やバスク人と同じである。世界史教師ですらこの程度の知識しかない。
 モン人には、知られざる不幸な歴史がある。1961年1月、ケネディ大統領によって、ラオス北部の秘密基地で、モン人の特殊部隊が生まれた。彼らは最前線で米軍を共産ゲリラから守る戦いに従事したのだが、その後アメリカ政府は、無責任にも共産化したインドシナにモン人を放置したまま、部隊を退却させてしまったのだ(竹内正右『モンの悲劇~暴かれた「ケネディの戦争」の罪』毎日新聞社、1999年)。
 2007年6月、カリフォルニア州で11人のモン人が、ラオス政府転覆計画の容疑で逮捕された。その中には、モン人秘密部隊を率いた77歳の老将軍、バン・パオ(Vang Pao)が含まれていた。多くのモン人は、ラオス政府によるモン人の大量虐殺と、大量亡命の責任がアメリカ政府にあると思っており、一部はアメリカとラオスが3年前に正式の通商関係を結んだことに対して、2度目の裏切りだという印象を受けているようだ(2007年7月20日付『Inter Press Service』、Ngoc Nguyen「Young Hmong Americans Confront a Dark History」)。
 ラオスにおけるモン人の劣悪な人権状況については、アムネスティ・インターナショナルも憂慮しているというが、アメリカ政府は結局、チベット人の場合と同じように、事実上黙殺している。今日本政府が、あの国際連盟創設の時のように、率先して人権を守る姿勢を打ち出せば、今日の国際社会はそれを否定できまい。ところが、日本の政治家は、チベット大虐殺の張本人を、幇間のように迎えるしか能がなかった。抑圧される民族に安住の地を与えただけ、やっぱりアメリカの方がマシだということなのか。

『歴史と教育』2008年5月号掲載の「咲都からのサイト」に加筆修正した。

【カバー写真】
 本殿から見た「ヒロ大神宮」の鳥居。ハワイ島ヒロにある。日本から来た宮司さんが常駐していて、お守りや御朱印も授かることができる。ツアーに組み込まれていないので、旅行者も自力で行くしかないが、ダウンタウンやバンヤン通りのホテル街からそんなに遠くないので、タクシーで訪問することをお勧めする。この地に日系人が根付いていたことを示す場所だ。因みにご祭神は天照大神である(2014年11月14日撮影)。

【追記】
 今回も、図らずも北京五輪前のチベット問題の記事だ。歴史は繰り返すというが、今回も2度目の北京五輪を前にして、ウイグル問題がかまびすしい。前回は、国際社会は完全に中共ナチスに屈した。今回はどうだろうか。トランプ大統領が先鞭をつけたウイグル問題での中共糾弾は、一応新政権にも継承されているようではある。しかし、前回同様、しりすぼみに終わる公算が強いと筆者はみている。なぜか? スピンサーが中止を許さないからだ。こうして、中共ナチスはオリンピックを堂々と開き、チベット人、モンゴル人、ウイグル人は地獄のような日々を継続させられることになる。これが杞憂であってほしいとは思うが、日本では無茶苦茶な理由で、オリンピック精神にふさわしくなっと森喜朗元首相を引きずり下ろす一方で、それに加担したメディアも個人も、既に白日の下に明らかになっているウイグル人への大虐殺、大弾圧を無視している。ウイグル問題解決のために、亡命者を受け入れろというような、愚にもつかないことをいう連中も出飛び出した。
 2021年、アメリカ大統領選の不正と、中共ナチスへのお追従を象徴として、この年は正義が死んだ年だと、私は心に刻むことにする。

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