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「表通りにあるタトゥのお店」の巻

 看板を見ればわかるが、こちらはTatooを施してくれる店である(2007年4月16日撮影)。隣はプエルト・リコ料理の店。なのでちょっと怪しげではあるが(まぁ偏見だが)。
 場所は北カリフォルニアのとある街。英語では、刺青師のことを"Tatoo Artist"、その店を”tattoo parlor”という。確かに、Artと呼べるものも少なくないし、絵心がないとTatooは彫れないだろう。
 Tatooの店というと、裏通りにひっそりとあるようなイメージがするが、このようにおおっぴらに街中で営業していることが多い。沖縄でも、米軍基地の近くはこんな感じでTatooの店がある。
 厳密に言うと、Tatooと「刺青」は全く違うものだ。表通りに「刺青」というネオンを出し、営業している彫師はちょっとでは想像できない。客も来ないだろう。
 アメリカにいたころ、Tatooをしている人をよく見かけた。最近は日本でも見かけるが、これ見よがしに腕全体にやっていて、子供の手を引いている若造なんかを見ると、エラい時代になったもんだと思う。親からもらった体を自ら傷つけるということは、カタギの世界からあちらの世界に行くという意味だったのに。ただのファッションとなってしまった。もちろん、さっき書いたように、刺青とTatooは違うものだが、体に傷をつけるという意味では同じだ。
 日本では見かけたことはないが、アメリカでは下手な絵のTatooを一生しなければならないかわいそうな人もちらほら。あとは、漢字の間違いや意味不明の言葉を彫ってしまっている人も結構多いのだ。
 「人間不信」とふくらはぎに彫っている女性を見たことがある。何と言って注文したのだろう。カリフォルニアの人は漢字が好きなのだが、自分が(場合によっては、Artist自身も)読めないものだから、結構出鱈目に彫られているのではないか。
 YMCAのプールで、明らかな誤字を彫られてしまっている黒人男性に出くわしたが、指摘するとかえって怖いのでそっとしておいてあげた。あと、一時勤めていた出版社の日本人社長の苗字(余り意味の無い漢字の組み合わせ)を、腕に大きく彫っている東洋人がいて、社長はもしやあっちの関係者だったのかと、ビビッてしまったことがある。あれは何だったのだろうか。
 因みに値段だが、語学学校で席を並べていたイタリア人Tatoo Artistのマルコに聞くと、小さいもので$50.00とのことだった。
 日本では、温泉場やサウナの入口に「入れ墨の方お断り」と書いてある。もちろんTatooでも駄目だ。ファッションに対する理解が、という問題ではない。日本(の内地)では、前述の通り、入れ墨とはそういう目で見られることを覚悟でするものだったのだ。
 在米時代に、知り合いにTatooをした人はいなかったが、これまでの人生で、刺青をしていた人が身近に2人いた(尤も銭湯に行けば、昔は入れ墨をした人に簡単に出会えたが、昨今は無理だ)。
 筆者の父はガテン系零細企業の社長だったのだが、現場仕事のために、日雇い労働者をよく集めていた。その中の常連のひとりだったAさん。20代半ばぐらいだったかな。筆者が5歳(だったと思う)のあるの日のこと。父も母も忙しかったのだろう、筆者を風呂屋(銭湯)に連れて行ってくれた。Aさんの肩に大きな牡丹の刺青。「大っきなっても、こんなんしたらあかんでぇ」と筆者に語ったAさんは、まもなく仕事上のトラブルか何かで、父を包丁で刺してつかまった(その時は命に別状はなかったが、2年後に急死する。それが遠因ではないと思うが…)。
 もうひとつは学部生の時のこと。長期休暇に大阪のとある雑貨販売会社でバイトをしていた。社長からの要請で、社員のB氏と一緒に広島のスーパーへ販売に出かけた。今もあるのかな、広島駅前のアークホテルに泊まったのだが、そこには大浴場があった。B氏と一緒に脱衣場へ行くと、「やっぱりゃめとくわ」と急に脱ぐのを躊躇するB氏。筆者は、冗談ごかしに笑いながら、「入れ墨でもしてんのん?」と聞くと、「せやねん」。筆者絶句。でも、平静を装い、「誰もおらへんから気にせんでええんちゃう」と、たぶんちょっと震える声で言ったが、背中一面の大きな般若だったかなぁ、ただ大きい入れ墨だったことだけは覚えている。その後聞いたB氏の身の上話は、本人が特定されるかも知れんのでパス。
 昔、北海道の温泉に行くと「入れ墨の方、関西弁の方お断り」という所があったというが、本当だろうか。関西人としては憤懣やるかたない話だ。

拙ブログ『無闇にアメリカに来てはいけない』より「青いネオンが目印です」(2007年04月18日 11:21付)に加筆修正した。

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