九龍の喧騒、白鹿村の静けさ『Shenmue the Animation』 第10話「廻天」

『Shenmue the Animation』第10話の感想を書く。

https://www.nicovideo.jp/watch/so40583326

今回は九龍城に舞台を移す。これまでのなかでもかなり圧縮された印象のある回だった。ゲームでの九龍城編は全4枚のディスクのうち1枚まるまる使うほどのボリュームだったが、アニメではこの1話にその半分ほどが集約されている。香港での武徳集めには4話を費やしていたが、九龍城編は一体どれほどの長さになるのか。

これまでのあらすじ
朱元達の標した武林書に挟まっていた謎のメモ。それは武術家同士の暗号、茶碗陣を表していた。涼が茶碗陣を試すと、待ち合わせ場所を示したメモが返される。涼は示された場所へ向かうが、背後から襲われ気絶してしまう。
その翌日なおも茶碗陣を行う涼に、張瑜という理髪師が茶碗陣の配置の誤りを指摘する。武徳を知るという張瑜に付いて行くと、彼は涼の喉元にカミソリを向け、咄嗟に涼は動じてしまう。そして張瑜は教えられる武徳は無いと涼に告げるのだった。
改めて正しい茶碗陣を試すと、朱元達のことを知る人物・張書勤が現れる。会話したのも束の間、張は黄天会にさらわれそうになるが、秀瑛によって密かに黄天会は倒され、涼は張を救出する。張は身を隠した朱元達に会うための手段として、香港ギャング「ヘヴンズ」のリーダー・レンの協力を得ることを涼に提示する。
様々な苦難の末、涼はレンと会うことに成功するが、彼に騙され黄天会の金を盗む囮にされてしまう。逃げるレンを追いかけた末、涼はレンと共にビルから落下、辛くも命だけは助かる。涼から逃げることを諦めたレンは、改めて朱元達探しに自身も関わることを要求。そして涼には度胸があるが、本当の危険を見極められていないことを指摘する。
翌日、張瑜のもとを訪れた涼は、カミソリを向けられても動じなくなっていた。本当の危険を見極めた涼は武徳「胆」を会得する。
全ての武徳を得た涼は秀瑛のもとを訪れる。父の死の真相を知ろうとする涼と、それを知って復讐心が芽生えることを危ぶむ秀瑛。ふたりは問答するがお互いに考えは変わらず、涼は秀瑛のもとを去る。

九龍城

文武廟を去った涼は九龍でレンたちと合流する。レンは九龍城で薬屋を営むヤンなら何か知っているだろうと話し、ヤンから聞いた情報をもとに指定された場所へ向かう。しかしその先で待ち受けていたのは黄天会の首魁・斗牛だった。罠にはまった涼とレンは奮戦するも彼らに捕まり監禁されてしまう。二人は体調不良を装って居房の門番に鍵を開けさせると、強行突破してその場を脱出する。途中、ユアンや斗牛に出くわし襲われるものの、命からがら隠れ家へと戻る。
九龍に到着してから、涼とレンはほとんどの時間一緒に行動している。お互いに手錠を掛けられた二人が脱出のために協力する印象深い場面で、脱出後は手錠をウォンによって解かれる。ゲームではその後、情報収集時は別行動、イベント時は共に行動するといったものだったが、アニメ版では情報収集時も共に行動している。アニメ版全体に言えることだが、ゲームにあった探索的な部分はかなり省略されている。特に九龍城編は、ダンジョンのような入り組んだ街を探索して謎を解いていくことで構成されるパートなので、アニメではそれらの展開が早く、顕著になっている。
ゲームに比べて性格が明るくなった印象の涼だが、レンに対しては「お前には関係ない」と発言したりゲーム版に近い反応を返している。一方で自身に協力してくれる理由を問うゲームには無かった場面もあり、一応涼なりの気遣いはみせる。レンについては、アニメの省略の都合で彼の狡猾さや慎重さがわかる会話が無くなったこともあり、キャラクターとしての複雑さや得体の知れなさは薄まった。涼にとって仲間だが油断できない相手という特殊な関係性から、よりオーソドックスな相棒同士といった趣になっている。

涼の眼差し

脱出した二人は偽の情報を流したヤンを締め上げ、盗聴屋の黄ならば何か知っているかも知れないという情報を聞き出す。
黄の部屋で大量のカセットテープを見つけた涼はそれらをひとつひとつ聞き、ユアンの声が入ったテープを見つけ、朱元達の秘書・張が監禁されていることを知る。テープの中に鳥の声が入っていたことから、二人は九龍城の鳥屋を尋ね、ユアンが九官鳥の餌を買いにくるという情報を得る。案の定ユアンが鳥屋に現れると、涼たちはその後を尾け、彼の部屋に辿り着く。
ヤンを締め上げるシーンで涼が暴力に訴えないというのが印象的だ。
ゲーム版では涼が悪であるとした人物に何かを聞き出したい時は大体胸ぐらをつかんだり、極め技を使っていて、ヤンに対してもそうだった。しかしアニメではレンに暴力をやめさせたうえで、涼は言葉と眼差しでヤンから情報を聞き出している。アニメ版が無闇に暴力に訴えないのは、主人公がこれほど暴力的でいいのか、という考えゆえなのかも知れない。
ゲーム版で時折見せるこうした暴力性は、表情変化の乏しい涼と相まって異常な恐ろしさを感じる瞬間があった。ある意味それはキャラクターとしての魅力と言えたが、これまで武徳を学んできたことを思えば簡単に武術を使わないアニメ版の描写は納得がいくものだ。涼の瞳が輝きを放つのはオープニングアニメーションでも印象に残る演出だ。涼の目に宿る物は真相を知ろうとする信念なのか、それとも復讐心か。それはおそらく涼本人でさえ自覚していないことだろう。

朱元達との邂逅

不意をついてユアンを倒した涼たちは張を助け出すと、朱元達の居場所が九龍城の不幽楼であることを聞く。朱元達の隠し部屋を開く鍵を張から預かると、二人は不幽楼で遂に朱元達本人と出会う。だが、ユアンと斗牛が涼たちを尾けており、涼はなすすべもなく斗牛に屈する。絶体絶命の状況の中、涼の眼前に秀瑛が現れる。
不幽楼で朱元達の部屋に到達するまでのシーンは早回しされたように展開が早く、1分弱ほどの間に涼たちは次々に仕掛けを解いていく。四神獣の鍵を使って各箇所の仕掛けを解くのは、いかにもゲーム的な謎解きだ。ゲームでは途中にQTEの連続があることも含め、朱元達に出会うまでのプレイヤー側の労力が大きく、その分達成出来たときの喜びは大きかった。そういった意味ではアニメ版は朱元達に出会った時の感慨がややあっさりしているように感じた。ラストシーンで秀瑛が登場してエンディングとなるのは本作では珍しい引きの強い終わり方で、横須賀編のマッドエンジェルス戦以来のものだ。こうした描写を見ると、いよいよ香港編がクライマックスに近づいていると思わされる。

冒頭、シェンファと彼の養父・袁雲深が会話するシーンがある。アニメではほぼ毎回恒例となったシェンファ側の日常を感じさせる短いシーンで、ゲームでは直接描かれない袁とシェンファの親子関係が垣間見える。シェンムーは涼の目を通して日常が描かれるゲームだったが、『Shenmue the Animation』はどうしてもゲームよりは性急でエンターテインメント性の強いものになる。特に今回は非常に詰め込まれた展開の早い回だった。そこで改めて冒頭のシーンを見ると、そのゆったりとした時間の流れにはっとさせられる。シェンファは仕事に出かける袁を見届けると、家の前にある莎木の樹を見上げ、その花がほころんでいるのを見つける。この10話までの長い期間を通じ、シェンファの暮らす白鹿村の時間の移ろいが咲いた花という姿で表現される。こうした部分はまさしくシェンムーらしく、九龍での目まぐるしさとは対照的だ。アニメ全体としてゲームほど涼が日常にかまけていられないだけに、シェンファパートが日常側のバランスを取っているのかも知れない。短いシーンを何話も積み重ね、ゆっくりした時間の流れを感じさせるという点で、自分は今更ながらシェンムーがアニメになっている、という実感を得た。


『Shenmue the Animation』公式サイト

『シェンムーⅠ&Ⅱ』公式サイト

『シェンムーⅢ』公式サイト


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