キリギリスとキリギリス
キリギリスは鳴いている。暗い夜に、微風ともに。彼は声を限りに鳴いている。何故なら、もうすぐ冬が来ることを知っているから。寒くて食べ物のない冬が来たら死んでしまうだろうことを感じているから。
アリに食糧の援助を断られ、自棄になって踊りながら道を歩いていたキリギリスは、子供に連れられたかごのキリギリスに会った。
「僕はいまアリに食糧をもらおうとして彼らの巣まで行って来たのだけど、駄目だった。」
「そうか、それは大変だ。僕は食べ物には困らない。かごの中からは出られないけど。」
「君はいま幸せかい。」
「幸せなもんか。食べ物には困らないけど。」
「これから冬真っ盛りなのに、僕には食べ物の当てもない。」
「君はいま、自分も捕まろうと考えているね。」
「僕には食べ物がないから。」
「止した方がいい。君はいま自由なのだから。」
「それでも、僕に食べ物がないことは大問題だろ。冬の寒さのなかでひもじい思いをするくらいなら、君のようにかごの中にいたいと考えるのも無理はないだろ。君にもそれは分かると思うのだが。」
「君こそ何も分かっていないのさ。かごの中にいて、この二跳び分もない空間に縛られて、きっとこの先死ぬまでここから出られないということの意味が。外で跳ねまわれる奴にこの絶望感が分かってたまるもんか。そりゃ、食べ物もあるし、安全さ。ご主人には良くとしてもらっている。しかし、ただそれだけしかない。もはや僕は、これで生きているといえるのだろうか。」
「そうか、僕が間違っていた。ただ、現実問題、一体僕はどうして生きていけば良いのだろうか。このまま震えながら餓死することが僕の運命だというのか。自由の代償としてそこまでのリスクを負わなければいけないのだろうか。僕は不安で仕方がない。」
「君は暖かい国へ向かうと良いと思う。」
「なんだい、その暖かい国というのは。」
「僕のご主人が見ていたテレビに映っていたのだけど、そこは年中暖かいらしい。それなら、食べ物も夏のようにあるだろう。寝るときだって寒さに震えることもない。」
「そんなところが本当にあるのだろうか。」
「本当さ。僕のご主人が見ていたから。」
「どうやって行けばいい。」
「空港から飛行機に乗るのさ。」
「ありがとう、僕は暖かい国へ行ってみる。」
「君の旅の上手くいくことを願っているよ。僕の分までたくさん跳ねまわって欲しい。」
キリギリスはかごのキリギリスにお礼を言うと空港へ向かった。
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