見出し画像

幻想と現実を繋ぐ仕掛け~『ゆめくい小人』

『ゆめくい小人』
作:エンデ
絵:フックスフーバー
訳:佐藤真理子

たった二文だ。
エンデは最後の二文で絵本の世界と現実の世界を繋ぐ秘密の通路を作ってみせた。その二文が無くても絵本の中の物語は完結したけれど、エンデは最後にいたずらっぽく声を潜めながら、絵本を読んでいる子どもたちに向かって「隠し扉」の場所を目配せしたのだ。

━━━━━

エンデといえば『モモ』や『はてしない物語』など児童文学作品が知られているが、絵本も同じくらい作成している。この『ゆめくい小人』は一九七八年に発表している。その翌年には『はてしない物語』(残念ながらエンデは一作目の映画版のシナリオは大いに納得がいかなかったらしい)が世に送り出されている。

『はてしない物語』は主人公のバスチアンが一冊の本を読んでいるうちに、本の世界であるファンタージェンに本当に入り込んでしまうという物語。この壮大な広がりを持つ物語の魅力を堪能するには、ぜひ岩波書店から発行されたハードカバーの本を手に取って読んでもらいたい。

というのは読者が手にしたその本こそ、バスチアンがファンタージェンへ入りこんだ本そのものだからだ。
表紙はあかがね色の絹張り、二匹の蛇が互いの尾を噛んで楕円になった姿が文様として描かれていて、扉を開けば各章に凝ったアルファベットの飾り文字があしらわれている。なんとも豪華で重みのある本なのだ。
読者が読む本の中に、同じその本を読んでいる少年がいるという「入れ子」の関係性は、まるでトロンプ・ルイユ(だまし絵)の世界に迷い込んだ気持ちにさせられる。

この幻想と現実を繋いで読者を魅了する不思議な仕掛けは、バスチアンが旅立つ前年に発行された『ゆめくい小人』の中ですでに仕組まれていた。それが冒頭で伝えた「最後の二文」。エンデはファンタージェンへ繋ぐ豪奢な仕掛けに取り掛かる前に、密かにゆめくい小人が棲む世界への隠し扉を潜ませたのだ。

━━━━━

このトロンプ・ルイユ的仕組みはどこから来たのか。その秘密はエンデの父、エドガー・エンデの影響によるものが大きいようだ。父エドガーはシュルレアリスム画家であり児童文学作家でもあった。エドガーの作品はサルバドール・ダリやルネ・マグリットと同様にありえない組み合わせを並べた超現実空間を表現している。

おそらくエンデが、シュルレアリスムで表現されるような現実にはありえない物同士が同じ世界に存在するような不思議な手触りを文学の世界で表したのが『ゆめくい小人』であり『はてしない物語』だったのだ。

本の中のできごとはツクリモノ。現実のできごとはホンモノ。

その二つの境目をぼかして、秘密の隠し戸を潜ませておくことで、世界中の「バスチアン」たちがその扉を開けて二つの世界を自在に行き来できることを予見していたのだろう。

今日も世界のどこかでエンデが仕込んだ隠し扉を開けて、絵本と現実の狭間を行き来するこどもが遊んでいる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?