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自由という不自由の方ばかりがインフルエンスする

首相が今後2週間は全国的なスポーツや文化イベントの中止や延期、規模縮小を要請した。北海道知事は小中の学校を休校することを要請した。

これがどうなるかとかいうよりも、自粛による補填がないことをなげく人たち、はたらく親御さんの時間問題などが一気にSNSに投稿されていった。

自由にできること、文化を国が補填するとそれは政治介入していることになる。それは自由ではなく国が定めた不自由をしていたことと同義だ。

自由という不自由が我々が選んだ民主主義のはずだ。

だから不自由の方がこうした危機を一本化するのが得意だとも言える。

自由にいるということは、リスクも全て受け入れて行うことになるから不自由だという現実でもある。

規則は時として面倒だったりするけど、それによって共有することがまっすぐな道路をつくる。だから道路は歩きやすい。自由だったらギザギザで自由奔放な道路ばかりになっちゃうし。だから安全に生きることができる。

追記:

学校が春休みに入ることを決めたそうです。学校って不自由だった。規則が厳しかった。だからできること。不自由はコントロールしやすいっていう典型ですね。

現実は自由と信じてる方が行きやすいかもしれないけども。

あ、北海道自由ウヰスキーという会社はほんと自由な発想と働き方だからこそ9148というクラフトジンが生まれました。すごくおいしいので是非のんでみてください

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