見出し画像

WEB Re-ClaM 第68回:クラシックミステリ原書刊行状況(2024/5)

文フリ以来初の更新となります。Re-ClaM第12号については、特に「クライムクラブの黄金時代1928-1940」に注目いただいた方が多いようで、非常に嬉しく思います。日本人が意外に知らないアメリカ探偵小説のもう一つの側面を掘り下げる素晴らしいエッセイで、かなり長いのもあって商業出版物への翻訳は難しかろうというところでしたが、こうしてご紹介出来てよかったです。

さて、5月の新刊情報について。
Q. Patrick / S. S. Murder (1933, American Mystery Classics)

Francis Iles / Before the Fact (1932, British Library Crime Classics)

John Rowland / Bloodshed in Bayswater (1935, Galileo Publishers)

Max Murray / The Voice of the Corpse (1948, Galileo Publishers)

Q・パトリックは『死を招く航海』の題で邦訳があります。日本人読者的には、この本が再発されるメリットはさほどでもないのですが、ペンズラーが世のクェンティン再発ブームに乗っかって、初期の入手困難作を再発してくれればいいなと。
フランシス・アイルズはもちろん『レディに捧げる殺人物語』『犯行以前』の原書です。前々から、この本の翻訳は流麗ではあるがちょっと古いと思っていた(60年代初期のポケミスの訳を2000年代に文庫で再発したクリスチアナ・ブランドに比べれば何倍もマシですが……)ので、改めて原書で読み直せるのはチャンスだと思いました。
Galileo Publishingは30年代・40年代のスリラーの再発。個人的には、謎解きもの寄りでラインナップを立てて欲しいなあと思いつつ……

ところで、2024年2月にOtto Penzler's Locked Room Libraryというシリーズ題で新たな本が出ていたのに、最近気がつきました。ラインナップは以下の通り。
Eden Phillpotts / The Grey Room (1921, Mysterious Press/Open Road)

Arthur J. Rees / The Moon Rock (1922, Mysterious Press/Open Road)

Ronald Knox / The Three Taps (1927, Mysterious Press/Open Road)

Isabel Ostrander / The Clue in the Air (1917, Mysterious Press/Open Road)

Anna Katherine Green / Miss Hurd: An Enigma (1894, Mysterious Press/Open Road)

Loius Tracy / The Passing of Charles Lanson (1924, Mysterious Press/Open Road)

W. Adolphe Roberts / The Haunting Hand (1926, Mysterious Press/Open Road)

Gaston Leroux / The Mystery of the Yellow Room (1907, Mysterious Press/Open Road)

パッと見て花のないセレクションです。確かに傑作だけどこういうラインナップに『黄色い部屋の謎』を入れるのはどうなのかな。他、翻訳のあるところでは、フィルポッツ『灰色の部屋』とノックス『三つの栓』がありますがどこまでも地味ですね……未訳どころでは、アーサー・J・リース(最近『叫びの穴』が論創社から出ましたが、悪くない出来でした。お話しの割に長いけど)くらいかなあ。リースは著作権保護が切れて再発本が山ほど出ているので、ペンズラーの序文くらいしか読むところがないけれど。「世界初の黒人作家によるミステリ」(W・アドルフ・ロバーツ)なんて惹句で読みたくなる人間が果たしてどれほどいるのか。とはいえ、ルドルフ・フィッシャーは近年何度も再発されていますし、そういうので惹かれる層もあるんでしょうね。
とはいえ、不可能犯罪ものというテーマでまとめて再発するのに、有名作家の地味すぎる標準作と「誰も知らない・求めてない作家」の作品ばかりで、「知る人ぞ知る幻の名作」的なキラーコンテンツを持ち出して来れない辺りに、企画力の限界を感じてしまいました。ペンズラーさん、悪いけどもうちょっと頑張っておくんなまし。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?