見出し画像

一目惚れしたラブドールを一週間で手放した話。【後編】

※本記事は至極健全な内容となっておりますが、人によっては不快な表現が含まれます。あらかじめご了承ください。

【前編】【後編】に分かれていますが、片方だけ読んでも問題ありません。

【前回のあらすじ】

大嫌いなテレワークと度重なる上司への不満でストレスマッハだった私は、癒しを求めてネットの海を彷徨った結果ラブドールに魅了される。その後、苦悩の末に一目惚れしたドールを購入した私は、彼女の到着を今か今かと待ちわびていたのだった。

ようこそ我が家(アパート)へ

注文してから約一週間後。死んだ目をしながらテレワークをしていた平日真っ盛りにインターホンが鳴った。やっと来たか!取り掛かっていたタスクを放り投げ、玄関へ一目散に向かいドアを開ける。

配達のお兄さんが持っていたダンボールは130cmのドールが入っているだけあって、かなりデカかった。荷物を受け取った後、狭い通路に苦戦しながら部屋の中へ引きずり入れる。逸る気持ちを抑え、終礼まで仕事をこなす。そして就業時間を終えると、残業をほっぽり出していざ開封の儀を始めた。

「おぉ……」

厳重に貼られたガムテープを剥がして中を覗くと、ドールに衝撃が一切いかないよう隙間なくキッチリ丁寧に梱包がされていた。頭と胴体は分離された状態で入っており、小さな空間を駆使してウィッグなどのオプションパーツを収納するという無駄の無い空間使用術。やっぱ高い商品は梱包方法もひと味違うんだなぁ………と感心した。

初めまして

身体にかけてあった毛布や緩衝材を除き、むき出しになった胴体を眺める。小柄な背丈の割に出るところは出ていて、モテない男の妄想を具現化した様なプロポーションだ。それは正しく、私があのサイトで見た宣材画像と殆ど変わらないものだった。期待以上の作りの精巧さに感動しつつ、試しに手袋をはめてお腹を触ってみる。人肌に近いプニプニした感触で、触り心地も申し分ない。

身体の作りに満足した私は、頭が入った袋を手に取った。顔回りに施されたメイク保護の為か、かなり厳重にカバーがかけられている。下手に落としたり傷をつけたりすると大変な事になるため、慎重に解体作業を進める事数分。袋越しに透けて見えていた顔との対面。整った顔にパッチリした目元が美しく、ウィッグを付けてなくても分かる美人顔だった。素晴らしい。

一通りの内容確認を終え、ひとまず胴体を起こそうと思いながら背中に手を掛ける。しかし、身体に仕込まれたジョイントが思いのほか固く、なかなか起き上がってくれない。デリケートな素材なだけに力任せにする事もできず、太ももに手を添えながら試行錯誤の末、何とか起き上がらせる事に成功。早くも前途多難な先行きに若干の不安を覚えながらドールを箱から取り出すと、箱を部屋の隅へと追いやった。

その後、ねじ穴のついた胴体に頭を装着してからウィッグと洋服も着せ、苦労の末安定した体勢に変える事に成功。安堵した私は、改めて彼女の全身をまじまじと見る。ふむ、さすがに宣材写真の様にはならなかったが、Amaz〇nで買ったワンピースが功を奏して非常に愛らしい。

ニヤニヤしている自分をキモいと自覚しつつ、彼女に見守られながら(?)クソつまらん残業をこなした後に入浴。しばらくのんびりしてから眠りについた。

まるで介護じゃないか………(絶望)

翌日。昼休みに入り、メンテナンスの練習をしようと思いたった私はいそいそとベビーパウダーとタオル数枚を用意して彼女の元へ。邪魔なウィッグを外してから壊れない加減で万歳させ、慎重に下着とワンピースを脱がせていく。肌に服が引っかかるため、時折少し持ち上げたりしながら、何とか裸にする事が出来た。

水に触れないよう頭を外すか悩んだが、後頭部だけでも洗う事にした。そうして彼女の脇に手をかける形で持ち上げた瞬間、ズシッとした重みが私を襲う。あれ、20kgってこんなに重いっけ??脱力状態の人間は重みが増すというが、そういう事なのだろうか。それとも直立体勢だったからか?数値以上に感じる重みに驚愕しながら風呂場へ向かった。途中、湯舟の角にドールの足をぶつけてヒヤヒヤしたりしたが、何とか湯舟まで持って来ることに成功した。

日頃の運動不足が祟り、既に疲れの色が見え始めていたが、未だ洗ってすらいない。気を取り直し、シャワーに手を掛ける。顔にかからない様にお湯をかけていき、弱酸性のボディソープで満遍なく体を洗っていく。のだが、自立型ラブドールとはいえ、狭くて不安定な足場で自立出来るわけもなく、湯舟で倒れぬよう彼女を左手で支えながら右手で洗う作業はなかなかにキツかった。

一通りボディソープを塗りたくり終えると、シャワーで彼女(と自分)についた泡を洗い流していく。泡が残っていない事を確認し、便座に置いておいたタオルに必死に手を伸ばす。ポンポンと軽く叩く様にして拭いた後、再び彼女を持ち上げる。湯舟が地味に高く、持ち上げるのも一苦労だ。滑って怪我をせぬよう足元を入念に確認しながら、へっぴり腰で部屋へ向かった。

あらかじめ床に敷いておいたタオルに仰向けで彼女を寝かせ、一息つく。急な肉体労働のせいでインドア勢の私は既に満身創痍だったが、水気の残ったまま彼女を放置するわけにはいかない。再びタオルで入念に身体を拭き、ベビーパウダーで全身を清潔な状態に保護していく。慎重に椅子に座らせ、服とウィッグを元通りにしてメンテナンス終了。時計を見ると、既に昼休みは終わりに近かった。

「いや、きっつ………」

思わず心情が声に出た。身体は疲弊し、ほのかな倦怠感が全身を包む。まさか、着替えも自立も何一つ出来ない彼女を1から10までお世話するのがこんなにも大変な肉体労働だったとは思いもよらなかった。これでは、まるで「介護」ではないか。

とは言ったものの、彼女に自我が無い分実際の介護の大変さがこれの比では無いのは分かっているが、その片鱗を垣間見た気がする。彼らがこれ以上の気苦労を毎日している事に尊敬と戦慄の念を感じずにはいられなかった。

「………ふぅ、仕事めんどくさ」

初日で既に挫けかけた私は、明日以降も行うであろうメンテナンス作業に気が遠くなるのだった。

誤算

早くも難色を示し始めていた私は、もう一つの問題にぶち当たった。いや、正確には承知の上だったはずのものだから誤算というべきだろう。見積もり不足だったというべきか。そう、『メッチャ場所を取る』問題である。購入前の私は「分かっていたはずなのに」ラブドール本体の部屋占有率しか考慮しておらず、ウィッグをかけるラックや梱包されていた箱等、彼女の身の回りの日用品・道具の事を全く計算に入れていなかったのだ。

結果、元から物で溢れ気味だった私の部屋は更に狭さが加速し、寝るスペースもギリギリ一人分という始末。まぁ寝袋で寝ていたのでそこは正直問題無いのだが、困ったのは洗濯だ。一日に着替える回数が多いからか、私はいつも洗濯物が多い。そのため、干す時も取り込む時も畳む時もタンスにしまうのも一苦労で億劫だった。なのに、彼女がいる事で通路が狭くなり、家事に遅延と面倒臭さが増大してしまったのである。

「いやいや、洗濯ごときで何言ってんだよ(笑)」

人によってはこう思うかもしれない。私も我ながらあほくさい理由とは思うが、当事者的には問題なのだ。

他にも、PCデスクの近くに彼女が座っているために迂闊に椅子を動かせなかったり、唯一の運動手段だったRing Fit Adventureをやるスペースがギリギリになったりと、一見どうでもいい様で地味に不便になる事が多発した。

苦渋の決断

そんなこんなで彼女が来てから数日が経過し、私は自身の浅慮を悔いていた。彼女がいる事で得た恩恵の代償に、多くの予期せぬ問題が生じてしまったからだ。彼女は悪くない、悪いのはリスクヘッジを怠った私に他ならない。私は悩んだ、このまま彼女と暮らす事は出来るのかと。

彼女をここに置く事は正直私の手に余る、しかし彼女はいてほしい。数日にわたる逡巡の末、私は彼女を里帰り(販売元へ送り返す事)させる事にした。

苦渋の決断だった。ぶっちゃけ言えば、彼女を手に入れるために積んだ大金が勿体なかったのもある。しかし、このままここに彼女を置いても私も彼女も幸せにはならない事は明白だった。

「短い間だったけど、今までありがとう。ごめんな」

彼女に感謝と別れを告げると、元々入っていた箱に詰めなおし、後日集荷に来たお兄さんに彼女を託した。その後、彼女の身の回りの物を撤去し、私の部屋は元通りの暗く淀んだ場所へと戻ったのだった。そうして私は気付く。

「あぁ、ここはこんなにも広かったんだな」

部屋が広くなって嬉しい気持ちと、彼女が行ってしまった虚しさが入り交った何とも言えない感情が渦巻く。少しの間、彼女が座っていた場所を眺めていたが、おもむろに椅子を引いてPCに向き直ると、残っていた仕事に戻った。

夜も更けて薄暗い部屋の中、モニターの光が虚ろな目で作業をする私を照らし続けていた。

えぴろーぐ

彼女が里帰りしてから数日が経過した。もはや彼女がいた事も昔のように思えるほど、私の日々はいつものクソったれでストレスフルな日常に戻っていた。やはり、私にはこのクソみたいな毎日がお似合いだ。だからといって、彼女といた一週間は無駄では無かった。何故なら彼女は愚かなる私に色んな事を教えてくれたのだ。僭越ながら、その一例を下記に記す。

・何か行動を起こす時はリスクヘッジを怠ってはいけない

・「欲しいと思ったら3日間~」という言葉に頼るより、それを買う事で今の自分にどんなメリットが生じるかを考えるべきだ

・介護は肉体労働。心身共に疲労困憊する苦行に他ならない。故に、世の介護士さんと介護をしている人達には敬意を表するべし

・人は限界状態に陥ると金銭感覚がマヒする

・ファッションにこだわるのは意外と楽しい

・部屋は広いに越した事はない

・一見クソみたいな毎日も、実は尊いものだったする

………我ながら当たり前の事ばかりだが、辛酸を嘗めないと人は本当の意味で気付かないのだと私は実感した。

ありがとうラブドール、そしてさようなら。




あとがき

ここまで私の拙筆を読んだ下さり、ありがとうございました。
最後に、この言葉で本記事を締めようと思います。

「トホホ、ラブドールはもうこりごりだよぉ~」

画像1

#創作大賞2022

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?