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【R27:STORY】過去の自分に希望の光を。 未来の自分が誇れる現在を。/いくまろ

配信を中心に活動しているビジュアル系シンガーソングライター・いくまろ は、「ビジュアル系は売れない」という周囲の言葉を鵜呑みにして、長い間、自分の本心に蓋をしてきた。「もう後悔はしたくない」と語る彼の生き様に迫った。


12年越しに立ち返った原点

京都府宇治市出身のいくまろは、子どものころから音楽を聴くことが好きだった。毎週見ているアニメの主題歌に合わせ、エアギターを楽しむなど、楽器の演奏にも興味があった。

音楽への思いが明確になったのは、中学生のころだ。

「クラスメイト達と、どんなバンドが好きかって話をしていたんです。当時の僕は、リボーンというアニメの主題歌を担当していた、SPLAYが好きでした。でも、あまり有名じゃなかったので、誰も彼らを知りませんでした」。

友人の一人から「SPLAYって何?ビジュアル系?」と訊かれ、いくまろは「『ビジュアル系』って何?」と聞き返した。

「どうしてもその言葉がひっかかったので、家に帰ってから、インターネット検索で調べました。X JAPANやLUNA SEAなどを知って、『こんな世界があるんだ』と衝撃を受けました」。すっかり魅せられた彼は、「高校生になったらビジュアル系がやりたい」と思うようになった。

しかし、親に夢を話したところ、否定されてしまう。

「『意味が分からない。ビジュアル系なんて職業はない』と言われてしまいました。僕は従順な性格だったので、『そうか…』と」。

それでも音楽への憧れは消えず、高校では軽音楽部に所属。様々な楽器の演奏を経験し、最終的にはベーシストとして活動をするようになった。

高校卒業後は、関西の芸術大学へ進学。音楽学部の友人と、複数のバンドを組んだ。

「バンド活動を始めて、かなり早い段階から、プロになりたいって思いが芽生えました。同時に、周りの音楽仲間などから『今の時代、ビジュアル系は売れない』『食っていけない』という話をたくさん聞きました」。

「プロとして音楽一本で食っていきたい」という思いと、「ビジュアル系がやりたい」という思いを天秤にかけた結果、彼はビジュアル系を諦めた。

王道的なロックバンドを結成しては解散を繰り返し、一時は音楽から離れるも、2018年に上京。プロになる夢を叶えるべく、ワタナベエンターテイメントカレッジのシンガーソングライター養成コースに通った。

「養成所では、作曲能力を褒めていただくことが多かったです。歌唱についての評価は散々でした。だから僕自身、『自分の歌は需要がないんだな。作曲と演奏に徹して、一緒にやれるボーカリストを探そう』という頭に切り替えました」。

卒業後は、コロナ禍に翻弄されながらも、アニソンロックバンドや、和ロックユニットなどで音楽活動を続けた。「でも、ずっと満たされなかったんです。なんか違うな、と思い続けていました」。

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21年夏に、Vtuberとして活動を始めたことが転機となる。

「音楽と関係ない繋がりが欲しくなって、スマホのアプリでVtuberを始めました。配信内容は雑談中心で、ゆるっと日常を共有する感じです」。

ある日、配信のなかでカラオケを歌ってみたところ、大きな反響があった。

「『マジで感動する』とか『お金を払わずに聴いていいの?』とか、『もしライブをやるなら絶対行く』とさえ言ってくれるお客さんがいたんです。びっくりしました。自分の歌って、意外と需要あるんだな、って思いました」。

さらに22年春、友人のライブを観たことに触発された。

「長年ビジュアル系のボーカルをやっている友達の一人が、売れないからと活動を辞めようとしていました。でも『俺やっぱビジュアル系やるわ』と言って、ライブに出るというので、観に行きました」。

その姿は、眩しかった。

「一度はビジュアル系を諦めようとした彼が、ステージに戻った姿は、とてもキラキラして見えました。そのとき『自分はそもそも、ビジュアル系がやりたかったんだ』と、はっとしました」。

中学生のころから憧れながらも、親や周囲の人間から聞いた否定の言葉を鵜呑みにして生きてきた。「ビジュアル系は売れないなら、やっても意味なくない?」と自分に言い聞かせ、心に蓋をしていた。本来の欲求を無視し続けてきたために、満たされなかったのだと気づいた。

「夢を見てから、干支が一周するくらいかかって、ようやく原点に立ち返ったんです。『じゃあ、やろうぜ』と思いました」。

ビジュアル系シンガーソングライターとして活動するにあたっては、これまで音楽活動で使っていた「章太郎」名義ではなく、「章太郎がプロデュースする『いくまろ』」という形をとることにした。

「ずっと『僕は歌わない』と言ってきたし、Vtuberをしたことが、今回のきっかけですから。分かりやすく言えば、古坂大魔王さんとピコ太郎の関係ですね。僕にとっては、こういう形の方が踏ん切りをつけやすかったんです」。

いくまろという名前の由来を訊ねると「小学生のとき、ドラクエ7の主人公につけたニックネームです。適当に考えた、何の意味もない名前です」と笑う。

「何故か、親がこの名前を気に入っていて、未だに『新しいゲームの主人公の名前は、いくまろでどうや』とか言うんですよ。Vtuberのアプリを始めたときも、まさかこんなことになるとは思わなかったので、適当に、いつもの『いくまろ』を使ったんです。これも、僕らしくていいかなって」。

やらなかった後悔を、未来への力に変える

こうして、2022年初夏に始動したいくまろは、同年7月17日、Music Bar MELODIA Tokyoにて初ライブを敢行。さらに9月21日からは、4週連続でデジタル音源のリリースをスタートした。「第1弾の『空蝉』をはじめとして、キャッチーで聞きやすい曲を集めました」。

多くの人に自分の音楽を届けるため、配信に重点を置いた活動をしている。

「もちろん、ライブハウスに来てもらった方が、伝えられるものは絶対に増えます。でも僕自身、特に学生のころは、ライブに行くことはほぼなくて、YouTubeなどで映像や音楽に触れていました。まずは、いくまろって人物がどういう思いでやっているのか、聴いてもらいたいです」。

ライブの配信チケットは、全国各地から購入されている。「北海道や関西、関東でも交通の便の悪い地域の方が、よく見てくださっています」。

ライブの本数は、3か月に一回程度だ。

「演出などをちゃんと考えて、練習する時間をもうけています。配信で『ビジュアル系っていいな』と思ってくれた人に、いよいよライブハウスへ足を運んでもらった時、さらに濃いビジュアル系の世界を見せられるように」。

音源はDTMなどを活用し、ほとんど一人で制作している。

「ほんとは、バンドでやるのが一番いいんでしょうね。でも僕の性格的に、人を信頼するのに時間がかかってしまいます。過去に幾つものバンドを解散していることもありますし、今回は、基本的にソロでやっていこうと思っています」。

9月14日には、オンラインショップをオープン。「ビジュアル系×シンプル雑貨」をテーマに、20種類以上の商品を展開中だ。

「ビジュアル系は怖いとか、取っつきにくいイメージを持っている人が多いと思うんです。それを払しょくするために、色んな取り組みをしています」。

たしかに編者も「ビジュアル系」と聞くと、装飾の多い衣服や濃いメイクなどを想起し、近寄りがたさを感じる。しかしいくまろは、その固定概念に疑問を投げかける。

「僕にとってビジュアル系の定義は『楽曲や自分の世界観を、見た目でも表現していること』です。そこさえ押さえていれば何でもよくて、音楽性もポップだったり、ラップを取り入れていたり、デスメタルに近かったり、無限に広がりがあります」。

ビジュアル系の間口を広げることに貢献したい、と考えている。

「僕はビジュアル系に救われた人間なので、同じような人が増えたらいいなと思いますし、誰かがこの世界を知るきっかけになれたら嬉しいです」。

彼の原動力となっているのは、これまでの12年への後悔だ。

「いわゆる『やらなかった後悔』ですね」。何よりも、「どうしてやらないのか」という理由にさえ気づけなかったことを嘆く。

「第一印象というか、最初にビビッと来た感情は、大事にした方が良いです。僕はロックバンドをやっている間もビジュアル系の曲を聴いていたし、『作る曲がビジュアル系っぽいよね』と言われていました。結局、そうなるんです。だからもう、自分自身を抑圧することはやめました」。

その思いから「過去の自分に希望の光を。未来の自分が誇れる現在を。」というキャッチコピーが生まれた。

「今の自分の歌は、もちろん目の前の人に向けて歌っていますが、過去の自分に対して歌っている部分も大きいんです。中学生のころの自分に『お前が思っていることは正しいぞ。周りに何と言われようと、好きなものを好きと言い張れ』と伝えたいですね」。

これからの12年は、やりたいことを全部やるつもりだ。

「僕は今年28歳なので、40歳になるまでに、できる限りのことに挑戦したいです。有難いことに、僕の周りにいる30代の方々は、生き生きしている人がたくさんいます。だから自分も、30代が楽しみです。人生経験を積んでいきたいですね」。

彼が失われた12年を取り戻し、心から満足する日が来ることを願う。

text:Momiji photo:Yamato Kittaka,KENTA SUGIMOTO

Information

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2022年9月21日から4週連続リリースした『空蝉』『ゼロの温度』『アダルトチルドレン』『御伽噺』、各種サブスクリプションサービス等で配信中!

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