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都会の波間より、元彼へ返信

7月5日金曜日から、休みを取って東京を旅した。
同行者はいない。ひとり旅だ。
一人だけで東京に遊びに行くのは初めてのこと。

一般的には傷心旅行といわれるらしい。
母に旅行の話をすると、そんなふうに言われた。

すでに母には、別れたことも、どういう経緯で別れたのかも洗いざらい吐いていた。
後々書くが、ここ2週間程度の間に、私の身の周りでは沢山の出来事が起きていたのだ。

というわけで今回は少し、長くなります。


ひとりで東京に行って、帰ってこれたら、私は大丈夫だと思った。

たしかに、どう見ても傷心旅行に見えるかもしれないけれど、来たかったから来ただけで、私はそれほど傷ついていない、はずだった。
その時までは、傷にすら気づいていなかったのだ。

実は東京には、元彼と一度だけ遊びに来たことがある。
あれは4ヶ月の記念日のときだった。
また行こうと、話していたけれど。

1日目、新幹線には問題なく乗れた。
平日、金曜の午前中に出発したので、思っていたよりどこも空いていた。
電車は、適当に山手線に乗ろうとしたら反対方向だったというドジもありつつ。乗り換えアプリのおかげで楽勝だった。
そして思っていたよりも、怖くなかった。
窓から見る街の風景がとても新鮮だった。

初めて見た。やっぱり大きいんだね

スカイツリーは見たことがあったけれど、東京タワーを私は見たことがなかった。一度見ておきたいと思ったので、そのためだけに電車に乗った。

それにしても、東京の夏というものは、こんなにも暑いのか。
東京タワーの近くまで行ったはいいが暑すぎてクラクラしてきたのですぐに引き返し、次の目的地に向かった。
その場には30分もいなかっただろう。とても耐えられない気温だった。

食べたかったスイーツを食べ、行きたかったお店に行くと、すぐに夕方になった。
するとホテルに向かうタイミングが、運悪く退勤ラッシュの時間に重なってしまい、電車に乗ると、これでもかというほどぎゅうぎゅうに押し込まれた。
とても驚いた。
汗だくの最悪な満員電車も初めての経験だった。
あんなにたくさんの人が乗るんだ。
乗る予定の電車が駅に着いた瞬間から、中を見て嫌な予感はしていたけども。

予約していたホテルの近くで焼肉弁当を買った。
すごく、美味しかった。
温泉も広くて、きれいで、最高だった。

部屋に戻り、LINEのホーム画を、東京で撮った写真に変えた。
そして眠りについた。


先週、祖母が亡くなった。
以前から入院してはいたが、突然のことだった。
明け方に連絡を受けて、すぐに実家へ向かった。

その日は元々帰る予定だったけれど、予定より少しだけ時間が早まり、少しだけ荷物も軽くなり、少しだけ、家族の表情も違っていた。

夜中も、寝れなくて一日中起きていた。
台所で、母と過ごした。
隣の部屋では父が寝息を立てている。

「ねぇ、別れた」

友達に言うように、吐き出した。
付き合っている人がいることは、母には伝えていたので、別れたことも言わなければと思っていたが。
むしゃくしゃとした衝動が抑えられなかった。
母に自分の恋愛事情を赤裸々に語るのは、後にも先にもこれで最後にしてしまいたい。
出会ったときのことも、彼がどんな人なのかも、どうしてこうなったのかも全部吐いた。

大好きな相手が、私のことを大好きでいてくれるなら、全然それだけでよかった。

結婚したいと言われたこと。
私は彼との未来が見えないと思ったこと。
最初からこうなることは決まっていたんだと。

彼を家族に会わせなくてよかった。
きっと仲良くなっていただろうし、そうしたら余計辛かったと思う。
写真を見たいと言われたが、今回は間違えた、私が正解した人だけ見ればいいし会えばいいから、と断った。

別れてから行った、大好きな歌手のライブとサイン会の話。職場のボーリング会の話。このあと行く予定の東京旅行の話。

夜通し母と語り合った。
人生に一度くらいは、たまにはこんな夜があっても、いいんじゃないか。

お葬式にて、私と同い年のいとこの母親に、いい人いたら紹介してくれって言われたけれど。
こっちだって紹介してほしいよ。頼むよ。

そんなことがあった。
けれど、新幹線の切符もホテルの予約もその時にはすでに済ませていたので、予定どおりに、今回のひとり旅を決行したのだった。


2日目の朝、アラームに起こされると1件のLINEの通知が届いていた。
表示されたアイコンを見て、一気に目が覚める。

それは、最近まで待ち焦がれていた、しばらく前に手を離したばかりの、そのひとの名前だった。

朝ごはんを食べながら、チェックアウトの準備をしながら、次の目的地への電車を待ちながら、数回のやりとりを交わした。
ずっと言いたかったことを、言わなければ前に進めないことを、私はようやく彼に伝えることができた。

『もう戻れないよ』

それが全てだった。
私は、彼の手を掴まなかった。

あなたのこと嫌いじゃないよ、好きだよ。
だからこそもう、やり直すことは、できない。

午前中のうちに目当ての場所にすべて行き終えたので、昼前ではあったけれど帰ることにした。
なんだかひどく疲れていた。
きっと暑さのせいだけではない。

今すぐ会いに行くとか、会って話をしようとか。
私は、そう言ってほしかった。
大事なことを、二人のこれからのことを、そんなメッセージなんかで決めてしまえるような軽さが、もう無理だった。
私の部屋のチャイムを鳴らして、直接言いに来たとするなら、私は揺れていたと思う。

会いにこないということは、電話もかけないということは、きっとそれまでの気持ちでしょう。
最初から彼と私の運命は、ここまでだった。

元気でね、と最後に送信して、スマホをしまった。
しばらくしてスマホが2回震えたけれど、すぐに確認するようなことはしなかった。

帰りの新幹線を待つ間、駅でぼーっとしていた。
この件ではじめて、悲しくて泣きそうだった。
ずっと、体の奥のほうが痛かった。
どこだかわからないけれど、すごく痛かった。
この時ようやく私の中に、別れたという事実が、実感が湧いてきたみたいだった。

こんな思いも何もかも、この場所に置いていけたら。
都会の空は青いのに、空気は濁っている。
平気なようでいて、そう見せていただけだった。

私、頑張った。

電車も、ひとつも乗り間違えなかった。
忘れ物もない。
私は私の人生を、自分で立って歩けている。
それだけで充分じゃんね。

それだけで、いいんだよ。

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