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ごめんなすって‼️. #13

そして5月23日木曜日。全ては決行された…

前日、母の持ち物セットを癌カフェ友人と共に済ませた。(今回、この友人には多大なお世話をいただいてるね。ありがとうHちゃん)

友人は、夫よりもわたしの肉体のしんどさを理解してくれるので、荷物をセットするにも、少しでも重いものは『あ〜触らなくて良い‼️やるから、置いといて‼️』と、私にはほとんど手出ししないで済むよう動いてくれた。

そして木曜、約束の時間に老人ホーム送迎の車が現れた。
荷物を積めるだけ積んで。と言っても衣装ケース2つ程度。当初はテレビを後日送ろうと思っていたが、わたしが退院してからではいつになるかわからない。載せられるというのだから、母の慰みにも、とっとと持って行ってもらうか〜。リビングで今朝まで使っていた32型のテレビを車に積んだ。

そうして、最後に車の窓越しに母の手を握り、みんなに可愛いがってもらいな、ね。

そう言うのが精一杯で、涙が出た。

母を見送る日をどれほど夢見たかわからない。きっと最後の見送りは、車が角を曲がるまで手を振り続けるだろうと思っていたのに。

現実はあっさりしたもので、家の前の私道から公道に出るところで、立っているのがしんどいのでもう家に入った。

情緒的にはこんな短時間では、消化しようのない事態が次々起きるので、心はほとんどお留守のままだ。

さて病院へと思うが、その前にと夫がコーヒーを淹れてくれた。 

大好きだったコーヒーも、肉体の不調により1日1杯も飲めない。美味しいと感じられなくなってしまったのだ。

それでも、この瞬間に一抹の穏やかさは与えてくれた。

さぁ出発。荷物は小ぶりのスーツケースひとつと、デイパック。
夫の付き添いつき、で病院へ向かった。

夫婦生活にはほとんど触れて無いが、冷めてもなければ、熱いわけでもない。甘ったるい関係よりは、人生を助け合いながら過ごすのに、快適な同士。

ここにきて、癌の悪化を夫に話す様になり、予想外に親身になりつつ、自分の考えを押し付けて来ない姿勢に、惚れ直した。
正直、結婚したのがこの人で良かったと思えるまでに変わっていた。
入院も一人で行ってこい、が予測だったのに、ついてきてくれると言ってくれたのは嬉しかった。



病院に着くと、まずはPCR検査。まだやってたんですね〜。

この結果待ちの時間が案外長かった。

ちなみに陽性だと、入院させる場所を変えなくてはいけないらしいので、病院側も大変だね。

既に昼を回って13時半。この日は入院だから、夕飯は病院食を食べさせられるだろうが、昼抜きの可能性は高い。この時点まで、わたしは腹に何も入れていなかった。そこで、夫に院内のコンビニでパンでも買って来てくれと頼み、外来ロビーでPCRの結果待ちの間に食べておいた。
正解だった。

PCRの結果が陰性であるのが分かると、そこから検査が始まるので、夫は待機していても何も出来ないので帰ってもらった。

さて、ここから絶対安静の真骨頂を目の当たりに。
その衝撃が、このnoteを始めるキッカケの一翼をになっているのは疑いようもない。

やっとここまで来れたぜ‼️

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