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続! 冷静に霊性を。

「あっ…これ… ちょっと食べてみてください。僕、モノ触ると味わかるんですよ」

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 そう言われて出されたミナミマグロの握りの美味かったこと。とろける脂のグラデーションと、それがじんわりシャリを包むあの感触は、いまだに口の中に微かに残っている……ような気さえする。

 後輩編集者の徳谷柿次郎に勧められて、往復8時間かかる石川県の金沢まで車走らせ向かった某お寿司屋での出来事だ。

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 しかしよくよく考えたら「僕、ものを触ると味がわかるんです」というのは、なんとも不思議な一言だ。もちろん何でもかんでもわかるわけではないだろうけれど、少なくともマグロに関しては絶対の自信があるのだと思う。南アフリカ ケープタウンで水揚げされ冷凍されたミナミマグロ。二年ほどの歳月をかけて日本に運ばれてきたそれを、築地を通さず独自のルートで仕入れるこちらの大将は、長年の修行で培った絶妙な解凍の回答を知っている。日々の鍛錬の蓄積の上にあるプライドから放たれたその言葉を、僕はなんの疑いもなく受け入れて、素直に「なるほど!」と唸り、舌鼓を打った。

 これだって僕たちが日々感じる「霊性」の一つじゃないかと思う。

 ということで、前回に続いてもう少し「霊性」の話をしたい。

 そもそもお店を紹介してくれた柿次郎も、直感をもとに入店したのだそうだ。それもまた霊性。

 僕も日本中を旅するなかで、ついつい安牌に行ってしまいがちなお店選びを、あえて直感で決めるというのを意識的にやるようにしている。そもそも10年ほど前は「食べログ」みたいなものも浸透していなかったので、お店の決め手は自分の直感しかなかった。しかしその頃の方が、いいお店や、印象的なお店に出会う確率は間違いなく高かった。つまり、そういう事前情報的な便利さは、その人が本来もっている霊性を弱める。ここでもし、まだ霊性という言葉に胡散臭さを感じるならば、「勘」でいい。

 「勘がよい」とか「勘が働く」の「」は、物事を直感的にみる第六感的なことを指すれど、実はこの「勘」という言葉には「よく考える。考え合わせる。つき合わせて調べる。」というなんとも真逆に思える意味もある。しかし実のところこれは、真逆じゃないのかもしれない。

 「勘」という言葉は、「よく考える」と「直感」とが同じ結果をもたらすということに、意味があるんじゃないだろうか。結果にいたるまでのスピードに差はあれど、然るべきよい結果をもたらすものが「勘」だと僕は感じる。だって、よく考えたからといってその結果に100%の保証があるわけではない。考えた末であろうとも、最後の決断の瞬間の潔さは変わらない

 編集者としていろんな人と仕事をしていると、「考えることが得意な人」と「考えることが苦手な人」がいることがわかる。しかしここで大切なのは、どちらも「よい」ということ。得意は好きと同義だ。考えることが好きな人は考え抜いたうえで結論に至ることがとても気持ちよいだろうし、考えることが苦手な人は直感的に答えを出して行動することが気持ちよいのだと思う。ちなみに僕は明らかに後者で、僕みたいなタイプの人間の周りには、ありがたいことに前者の人が多く集まってくれる気がする。

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続! 冷静に霊性を。

藤本智士(Re:S)

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編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』編集長。著書に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』共にリトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』など手掛けた書籍多数。
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