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はじめてのおつかいがい_05
コーヒーってほんとうに果実なんだな。
コーヒー農園での実感が、これまでの人生で、当たり前に信じてきたはずのフィジカルな体験の大切さを改めて思い出させてくれた。
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コーヒー豆は、コーヒーチェリーの種子だという情報としての知識に「あんま〜〜〜い果実の種!」という体感が加わったことで、いよいよ僕はバリ島のフルーツそのものが気になってきた。というのも、あんなに美味しい果肉を食べないのは、その種子に、それだけ魅力があること以上に、小鳥が啄むような小さなコーヒーチェリーの実なんて食べなくとも、もっとたっぷり果肉を携えた美味しいフルーツが南国には他にも山盛りあるからということに違いないからだ。バリ島のフルーツが俄然気になってくる。
もちろんすでに興味はあった。着いてすぐに寄ってもらった地元スーパーのドリアンのインパクトにはカメラを向けざるを得なかったし、宇宙の果てから飛んできた異星人のような見た目が気にならないわけはなかった。
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しかし僕はそもそも、未知過ぎる食に対して、まったくアグレッシブじゃない。美味しそうなものには目がないし、信頼する人が薦めてくれるものは率先していただくけれど、自分から未知のものに手をつけるタイプではないのだ。特に匂いには敏感で、関西人ゆえか、納豆も好んで食べないし、くさやなんてもってのほか。それでよく発酵ツーリズム展のクリエイティブディレクターとかやってるよねと思われるかもしれないけれど、そんな僕だからこそ、発酵食品大好きクラスターの人たちの満足度と同じくらい、それ以外の人たちに届けるにはどうすればいいかについて考える。
まあそれはいいとして、とにかくそんな僕だから「○んち」の匂いがすると有名なドリアンを食べようと思うはずがない。それこそ思い出してほしい、僕が初海外で初めて現金で買ったものが、チャレンジ精神など微塵もない、ただのバナナだったことを。
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フルーツ売り場の多様さをよそに、結局買うのは見慣れたバナナ。って軟弱すぎる。
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だけどまあそれが僕だ。ある意味で嗅覚が敏感すぎる僕は、昔から、旅先の飲食店に足を踏み入れ、「いらっしゃい」と大将が声をかけてくれてなお、店内の空気を前に「まちがえました」と踵を返したことが何度あったかわからない。僕の嗅覚が「ここじゃない」と訴えてくるのだ。それは決してスピリチュアルな話じゃなく、ガチでフィジカルなほうの嗅覚に近い。
そんなことを思いながら、いよいよKさんの経営するカフェ『キンタマーニ エコバイクコーヒー』に到着。ずいぶんとよい匂いがした。
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日本人なら思わず聞き返しそうになる「キンタマーニ」とは、デンパサール空港から車で2時間半くらいの距離にある村の名前。バトゥール山という活火山と、そのクレーターに水が溜まって出来たバトゥール湖の風景が美しく、バリ有数の避暑地として有名だ。標高1500mの高原で、その壮大な景色を見ようと、多くの観光客が訪れ、道中はかなりの交通渋滞が起きていた。そんなキンタマーニ高原を巡るにはエコバイクが最高ということで、店名のとおり、エコバイクツアーの実施も準備しているとのこと。
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そしてなによりこのロケーション!
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きっと頭がまだゼルダだったからだろう。いったいどうなってるの? っていう風景に、逆にVRみすら感じる。日本の借景みたいな侘び寂びがぶっ飛ぶ壮大さ。
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そんな絶景を眺めながら飲むコーヒーの美味しいこと。 それこそコーヒー農園を見てきたところだから、より一層、コーヒーの果実味を感じて、いままでにない味わい。ちなみに、コーヒーの精製方法は大きく分けて二つあって、ひとつは『ウォッシュド』と言われるもので、前回の記事でお見せしたように機械で果肉を取って、大量の水で洗い流し、乾燥させたもの。
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少し詳しく説明すると、上記のように果肉を取って水洗いした種子を数日間発酵させることで、ミューシレージと呼ばれる豆のまわりに残った粘液を分解、それをさらに機械を使いながら水で洗い流して、粘液を除去。
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それを乾燥させてできるのがウォッシュドコーヒーだ。ちなみに、この粘液除去の工程をせずに乾燥する加工法もあって、それは『セミウォッシュド』というらしい。
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そしてもう一つが『ナチュラル』と言われる精製方法で、こちらは果肉を取らず、コーヒーチェリーをそのまま乾燥させる。
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クリアでスッキリした味わいの『ウォッシュド』に比べて、『ナチュラル』はフルーティーな味わいに仕上がる。それぞれを飲み比べるからこそ、わかる味の違いに納得。
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その後、焙煎機なども見せてもらってコーヒーについての理解を深めたあと、夕方になって少し自由な時間ができたので、一人で近くを散策してみることにした。というのも、エコバイクコーヒーから徒歩で数分のところに、スターバックスがあったのを確認していたのだ。インドネシア語はもちろん、英語力もほぼゼロな僕が、一人で過ごすにはスタバくらいが絶妙にありがたい。日本のスタバにいる外国人の人たちも、ひょっとしたらこういう気持ちなのかもしれないなあと、なんだか初めての気づき。うん、そうそう。こういうささやかな気づきの一つ一つがきっと、マイノリティな状況にあるゆえの新たな視点だ。そのことに僕はちょっぴり嬉しくなる。小心者の小さな冒険。僕は見慣れた看板の緑の女神にすがりつくように店に入った。
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広々とした店内ながら、なんとなく見慣れた空気に安心感を覚える。早速注文しようとメニューを見るも、日本ではスタンダードなドリップコーヒーがない。これはあとで知ったことだけれど、エスプレッソより、ドリップコーヒーが主流なのは、世界中で日本くらいなのだそう。知らなかったなあ。僕は何食わぬ顔でアメリカーノとクロワッサンを注文。さらには持参のマイタンブラーにコーヒーを入れてもらうお願いも難なくクリア。よしいいぞ、この調子だ、と思っていたら、突如コミュニケーションに不具合が生じる。
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ふと気を抜いた時にレジで店員さんが僕に何か質問してきてくれたのだけれど、それが聞き取れず、「what?」と問い返すも「メイ? メイ?」みたいなことを繰り返して、僕はなんだか焦った。あんまり「メイメイ」言ってくるから「メイ?」って聞き返したら、「メイ? OK?」と言ってくるので、もうわかんないしいいやと思って「OK メイ」と言ったら、ようやくそのやりとりが終息を迎えた。いったい、あれはなんだったんだろう? と、コーヒーを受け取って席につき、レシートを眺めていたら、急激に謎が解けた。
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僕が「メイ?」としか聞き取れなかったあの言葉「Name?」だったのね。そんな初歩的な英語すら聞き取れないって、相当テンパってたんだなあ。それに対して僕が「メイ」というもんだから、お姉さんも若干とまどいつつ「メイ? それがあなたの名前?」と聞いてきて、わけわかんない僕は「そうだよメイだよ」って言ってた。僕はメイじゃない。なんか、バリの人って日本のアニメ大好きな人が多いみたいだから、あの店員さんも『となりのトトロ』見てたかもな。メイちゃんって言えばジブリでは可愛らしい女の子なのに、これまたずいぶんおじさんのメイだな。とか思われてたかなと思うと恥ずい。
しばらくして、テラス席が空いたので席を移動。あらためてキンタマーニの景色を眺めながらのコーヒー時間は、めちゃくちゃ優雅で、ひょっとしてここって、世界一絶景のスタバじゃないかと思う。
実はこの日、僕はとても気持ちが動揺していた。それは以前のnoteに書いたけれど、敬愛する上岡龍太郎さんの訃報を知ったからだ。ようやくこの旅の目的地であるキンタマーニについて、カフェのWi-Fiに繋がったこともあって、そのことを知った僕は、ちょっと一人になりたかった。
上岡さんへの想いはすでに書いたけれど、とにかくこのタイミングで知ったという事実に、僕はなにか意味を感じざるを得なかった。上岡さんは、引退する際、テレビの笑いに教養がなくなり、そんな時代に自分のような笑いを求められるわけがないというようなことをおっしゃっていた。しかしそれは決して、ただ消費されていく笑いの否定ではない。単純にそういう時代に、自分の笑いはフィットしないと判断したという話だ。僕自身、地域編集なる言葉を掲げながら、日本のローカルを駆け巡ってきたけれど、そこにある互助の仕組みや、贈与経済的な風習、風土感じる食など、汎用性とは真逆にある文化にこそ伝えたいことの本質があって、それがいつしか、そのコンテンツをどう経済につなげるかという一本調子の話に組み込まれていくことに、自分のような編集はもはやフィットしないんだなと感じはじめている。地方が経済的にも豊かになっていくことの大切さを僕も当たり前に理解するし、汎用性ある地方ブランドが消費されていくことも、ときにはあっていいと思う。だけど僕にはフィットしない。そんな思いを抱えていた。
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時代は移り変わるし、ある意味で環りもする。日が沈めば月が昇るし、月が沈めばまた日が昇る。
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いつのまにか月が輝いていて、いよいよ日が暮れはじめる。テラス席でずっと上岡龍太郎さんに教わったことを反芻しながら思いを巡らせていたら、すっかり夜に。
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慌ててエコバイクコーヒーに戻る。
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夜はカフェのみなさんが食事をつくってくれて、歓迎会まで開いてくださった。どの料理も本当に美味しくて、ちょっと沈んでいた心が癒やされていく。身体と心はつながってるんだと実感。
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