新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として 厚生労働省 首相官邸 のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

オンライン時代のあたらしい取材のかたちはzoomじゃなくてラジオだと思う。

コロナ禍で以前のような取材がやりにくくなってしまったなか、各メディアの編集さんやライターさんはいま、どのように取材をしているのだろう?

僕も例に漏れずzoom取材などやってみたりしたけれど、それはそれでなんというか限りなく「慣れる」に近い「やれる」というだけで、格別あたらしい発見があるわけではなかった。今後通信環境もさらに良くなって、画面の解像度が上がるほどに、その人の所作やしぐさ、間(ま)といった、リアル対面取材で当たり前に感じ取っていた機微に気付けるようになるのだろうけれど、だからとて、それは実際に会ってコミュニケーションをとることに近づいていくだけだ。

もう随分前だが、お友達で小説家の柴崎友香さんと一緒にトークイベントをした時、彼女が昼間に見ていた「カーズ」という映画の宣伝番組の話をしてくれた。ご存知ピクサー制作のディズニー映画だが、番組では、さまざまなシーンとともに、そのCG技術がいかにすごいかについて紹介されていたという。車のボディに映り込む景色までが綿密に描かれていてどうこう……などといった説明を延々聞かされた彼女は一言、テレビ画面にむかってこう言った。「ほな、実写でやりいや」。

そういうことだ。つまり「ほな実際に会いいや」だ。

もちろんコロナ禍で会いづらいということではあるけれど、それはそれで会う以上の何かをそこに見つけたいし、逆に、実際に会うことでは叶わない何かしらのメリットを感じながら、やれればなあと思う。

そもそも前述の会話は、柴崎さんも僕もフィルムカメラが好きだったゆえに、交わした会話の一つだったと思う。デジタルカメラの解像度が目指しているのはフィルムクオリティなのだから、それならフィルムカメラでいいんじゃないか? という話のなかでの、一つの例えとして彼女が出してくれた話だった。

最近はzoomを使ったオンラインイベントなども各所で行われているけれど、叶うことならリアル参加したほうが良いことをそのまま画面を通して眺めるだけでは、いまいち面白くない。実際にやれるやれないは別としても、オンラインだからこそ出来ることに対する思考を放棄しているオンラインイベントは、参加していてもつまらないというか、愛を感じない。もちろん参加者として、パジャマでも観られる気軽さや、そこに行かなくてもいいという利便性などは感じているけれど、それはそれでまた別の何かをとりこぼしてしまっているような気もしている。

✳︎

僕は個人的にオンラインのリテラシーを高めたいと、7月からオンラインサロンの運営を始めた。そこで僕はいまさまざまなチャレンジをさせてもらっていて、そのなかで気づいたことがある。

それは、冒頭に書いた「取材のあたらしいかたち」についてだ。

僕が始めたオンラインサロンは、誰よりも僕自身が学びたい!という思いが強かったので、従来のスクールように、先生が生徒たちに教えるというベクトルが一方向なものにはしたくなかった。そのために、何よりも優先してやるべきことは、参加メンバーが僕同様に他の参加メンバーのことを認識するということ。参加者全員が他のメンバーのパーソナリティを理解してはじめて、学び合いはスタートする。

そこで始めたのが、まさに全員がパーソナリティになるということ。ここでいうパーソナリティとはラジオパーソナリティのことだ。つまり参加メンバーそれぞれに一人喋りのラジオを録音してもらい、上がってきた録音データに僕がせっせとジングルをつけてラジオらしく演出。それをSpotifyなどで聴けるようPodcastにUPして、時間がある時に聴いてもらうことにした。

そこから起こる、学び合いの展開についてはまた場所を変えて書きたいと思うけれど、今回はタイトルのとおり、「取材」という視点から見た一人喋りラジオの可能性という、まったく意図していなかったことについて書いてみたい。

僕はいま、新型コロナウイルスのお陰でさまざまがオンライン化して以降の世の中における、あたらしい取材のかたちは、一人語りのラジオにあるんじゃないか? と思っている。

具体的に言うと、取材対象に質問を送って、それについて一人録音してもらったものを受け取り、それを記事にしていく。というあたらしい取材のかたちだ。

もちろん、これはあくまでも「僕のようなスタイルの編集者にとって」という前置きが必要だと思う。

というのも、僕は著名人をあまり取材しない。つまりすでに世の中にその価値が認められている人にすすんで取材はしない。それよりもその凄さにまだ世間のみなさんが気づいていない市井の人々のスペシャルをこそ伝えたいと思って編集者を続けてきた。そんな僕にとっては、この一人ラジオを使った取材は、とてもあたらしく、またとても大きな意味があるんじゃないか? と思っている。

僕の普段の取材対象は、正直あまり喋りなれていない人が多い。実際にお会いするなかで、そういう人に心を開いてもらい、宝物のようなお話をしてもらうことは、確かに難しいことかもしれないけれど、それだけに、これほど快感を覚えることもない。そしてだからこそ、それをシェアしたいと思ってこういう仕事を続けている。

しかしそんな人が、いきなりzoomでインタビューされるとなると、どうだろうか? ただでさえ緊張するのに、いきなりカメラを向けられながら話すようなもので、その緊張は間違いなく倍増する。ならば、一人落ち着いて、部屋で訥々とでも語ってもらえるほうが、絶対に良い。

そもそもインタビューのコツは、聴く態度と、問いの質にあると僕は思っている。

それを考えた時に、ラジオ取材というあたらしいかたちが何故良いと思うのか? 僕の考えを以下にまとめてみた。

1)この人は何かを主張しに来たわけではなく、自分の話を聞きに来てくれたのだという安心感があってはじめて、取材対象の心は開かれていく。その点、ラジオは「聴く」ことが前提だし、いわば聴くことしか出来ない。

この続きをみるには

この続き: 740文字
記事を購入する

オンライン時代のあたらしい取材のかたちはzoomじゃなくてラジオだと思う。

藤本智士(Re:S)

200円

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
よろしければぜひシェアしてください。
40
編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』編集長。著書に『風と土の秋田』リトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『アルバムのチカラ』(共著:浅田政志)赤々舎。その他、『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』(佐藤健)など、手掛けた書籍多数。

こちらでもピックアップされています

Re:S note(りすノート)
Re:S note(りすノート)
  • ¥500 / 月
  • 初月無料

2006年に創刊した雑誌「Re:S(りす)」編集長の藤本智士が、いまあらためてお届けする、あたらしい“ふつう”のnote「Re:S」。 日々のこと。旅のこと。地方のこと。編集のこと。 記事アップは月4回以上かなぁ。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。