見出し画像

服を着た羊のはなし。

毛七(けしち)

 以前noteに書いた「毛七」という試み。と言っても新たな試みということではなく、ウール製品の産地である尾州地区(愛知/岐阜)で60年以上続けられている、いわばスタンダードな取り組みを、ブランド化して僕たちが認識しやすいように商品化してくれているプロジェクトだ。まさに「編集のチカラ」を感じる試みに僕はとても惹かれた。

 一応おさらいすると、「毛七」とは、読んで字のごとくウール(毛)が7割、残り3割がナイロンやポリエステルなどで組成された混紡素材。以前から尾州ではこの再生生地のことをそう呼んでいたという。ちなみに100 %再生ウールでないのは、再生ウールだけでは繊維が短く、再び製品にするには強度が保てないため少量の化学繊維を足している。

 廃棄された古着のセーターなどウールの服が集まる工場で、タグやボタンを一つ一つ手作業で外し、さらに生地を色分けしたものを、いまいちど繊維に戻して再生するこの技術が昨今のSDGsやサステイナブル文脈ではなく、単に勿体無いからと60年前から続いていることに感激した。

 そんな経験をした一宮で、産地発信のメディア #尾州のカレント の広報を担当する良子ちゃんという友人から、こんな話を聞いた。

愛知牧場にいる丸岡さんという飼育員さんの羊毛に関する考え方とか、やってみえることが面白いです。説明すると長くなりますが、人間のために毛が伸びるように品種改良されてきた羊なのに、牧場で飼われている羊の汚れた毛は毛刈り(ショー)された後、貰い手がなく捨てられていくことに矛盾を感じ、羊に服を着せて毛を守り、捨てられてきた羊毛に価値をつけるという活動をされている方がいます。

 俄然興味が湧いた。

 ということで今回のnoteは、愛知牧場で羊飼いをされている丸岡圭一さんのインタビューをお届けしようと思う。

 ウール=羊毛がまさに羊の毛であることくらいはみんな知っているだろうし、羊の毛が手早く豪快に刈られていくシーンなどをテレビで見た人も多いだろう。しかしそれがどのように僕たちの衣服に変化しているのか? そのリアルの一端を丸岡さんのお話から感じてもらえたらと思う。

愛知牧場

 尾州のカレントの良子ちゃんと待ち合わせをした一宮駅から、高速道路をを使って40分くらいだったろうか。たどり着いた愛知牧場は、どこか昭和な雰囲気を残す牧場遊園。平日でもなお、小さな子どもを連れたファミリーが多く、土日の幸福な賑わいが想像できた。

 広い敷地のなか、動物たちと触れ合うことができる「どうぶつ広場」という場所に丸岡さんがいらっしゃるということで行ってみる。すると、まず目に飛び込んできたのは、マントのような布をまとった羊だった。

 羊に服を着せていると聞いて、たまに街なかで見る、洋服を着せられた犬のような姿を想像していたけれど、それとはまったく違っていた。服というよりは、マントやガウンのような素朴な布をまとっている。

ペーター登場

 そこへ、丘の上の羊小屋から丸岡さんが降りてきてくれた。その姿はまるでペーター(ハイジに出てくるヤギ飼いの少年)で、ヤギと羊の違いはあれど、僕はそのことになんだかときめいた。

 先述の良子ちゃんが「丸岡さんは、尾州のカレントの製品を愛用してくれていて、ずっと自分で手直ししながら着てくれているんです。いま履いてくださってるズボンも」よく見てみると、ズボンのポケットなど、ところどころダーニングされていて、それがまためちゃくちゃ可愛い。

「穴が空いたら羊の毛でふさいで。ちなみに今日着てるセーターもここの羊の毛で編んだものなんです。部分によって色が違うのは、それぞれ羊の毛が違うから。」

 セーターも、補修された箇所も、あまりに素敵で、そこから丸岡さんの人柄と羊との濃密な日々が浮かんでくるような気さえした。

 丸岡さんの後について羊小屋へ。いまは30頭ぐらいの羊がいるとのこと。小屋は夜も開けっぱなしで、夜は小屋の外で寝ている子もいるという。小屋自体は広いわけではないけれど、とても自由な空気でなんだか心地よい。

「こういう環境で飼育しているので、餌箱に頭をつっこんだりするし、どうしても全身に干草がついたり汚れたりしてしまうんですよね。その状態で「羊毛です。お願いします」ってスピナー(糸を紡ぐ人)さんに渡しても困るじゃないですか。以前からたまにスピナーさんから羊毛がほしいと言われて提供してたんですけど、大抵が一回きりでお付き合いが終わってしまって。でもそれは、個人のスピナーさんが汚れた羊毛を手洗いするのは、とんでもなく大変だからだったんです。機械で洗うわけじゃないので。その大変さに、きっと一回きりになってしまっていたんだなと。それで、毛をきれいに維持管理しようと思って服を着せているっていうのが一番の理由です。だから羊のためじゃなくて、完全に羊毛を扱う人のために着せています。もちろん、それで羊に負担がかかっちゃいけないので、動きやすさとか、負担のない形を常に考えながら」

《完全に羊毛を扱う人のために服を着せています》
言葉だけをみると、前述した飼い犬のお洋服的エゴと同じものを感じるかもしれないけれど、丸岡さんの口から出たそれは、誠実さと葛藤と揺らぎを擁したとても真摯な言葉だった。

とんでもない毛?!

「羊たちの服は、毎年、尾州一宮のkagariさんで作ってもらっています。だけど、注文する度に長さとかサイズを相談させてもらっていて、まだしっくりくるところまで来ていないので、さらに改良が必要。羊たちに負担のないようにしつつ、ゆるすぎると脱げちゃうので、その辺の塩梅がけっこう難しくて。羊も力があるので、どこかに引っ掛けたりすると、ビリビリって破いていっちゃうこともあるし、朝見たら脱げてるなんてもことも」

「羊毛に力を入れ始めて4〜5年になるので、この服というかカバーを着せ始めて3〜4年目ぐらい。海外だと、羊の農家さんが自分が使う羊毛の分だけ羊に服を着せてるらしいんですよ。なので、糸を紡ぐ人たちにとっては服を着せた羊っていうのは、憧れの羊らしいんです。それで最初、海外のものを取り寄せて試してみたら、とんでもない毛が取れて」

「とんでもない毛?」と聞く僕に「見ればわかると思います」と、一匹の羊を小屋から誘い出し、服をさっと外してくれた。途端、見える美しい毛! さらにその毛を両手でかき分け、内側を見せてくれたときには、おもわず「きれい…」と声が漏れてしまった。

 しかも驚いたのは、その羊の身体からそのまま糸を紡いでくれたこと。ウール100%と言われて、そこに生きた羊たちを想像する人がどれくらいいるだろう? ウール(羊毛)がまさに羊の毛であることの知識はあれど、どこか、ただの素材としか認識していなかった自分に気づく。自然と生き物の営みの延長で僕たちの衣食住はできている。

 ぜひ触ってみてと言われ、おそるおそる触ってみるそれは、尾州の工場でさわった素材としての羊毛とはまったく違うもののような気がした。

「さわっても全然嫌な感じがしないですよね。うちは基本的に工場にまわる毛ではなくて、個人のスピナーさんたちが買ってくれるので、1から洗って紡ぐっていうことをされる人たちにとっては、この服があるだけで《紡ぐ》に行くまでの工程がだいぶ違うから、めっちゃ喜ばれるんです」

観光牧場の現実

 愛知牧場の羊たちの毛が刈られるのは、桜が咲く頃。なので僕が訪れた11月は毛量的にはちょうど半分くらい。あと半年たつとさらに倍になるという。そして「これが今年の春に刈った、一頭分、2.5キロの羊毛です」と箱の中に詰められた羊毛を広げて見せてくれた。

 さきほどの羊とは違ってずいぶん黒茶色だけれど、これはもちろん、そういう色の羊だったからで、染めているわけではない。工場におさめるものだと染める前提ゆえ、白が好まれるけれど、個人のスピナーさんがハンドメイドでつくる場合は、素材そのままの色が好まれるという。

 丸岡さんの着ているセーターに使われている羊毛が約1キロとのことだから、この2.5キロの羊毛からセーターが2枚できる。ちなみに頭やお尻など、場所によって毛質が違う。触ってみると頭に近い方が柔らかい。それゆえ、お尻に近い方はインナーよりはアウターに、場合によっては絨毯などになるらしい。そもそも、こうやって綺麗に1枚刈りしないと部位による仕分けができないから、1枚で刈るというのも大事な技術。ここにいる30頭の羊たちは当然のごとく、すべて丸岡さんが羊毛を刈り取っている。

「最近は、 #ジャパンウールプロジェクト とかで、国内の羊毛を使う動きが出てきましたけど、それまでは、洗おうと思ってもそういう工場がないし、とはいえ汚い状態で『使いませんか?』と言っても誰も手をあげない。だから手芸とか個人で使う分で、本当に好きな人が細々と使っていただけの状況だったんです。でも、そうやって大変な思いをして作ったものの、手間暇かかりすぎて値段と見合わないので、もういいやってなってしまったりして。だけど、羊たちの毛は当然伸びていくんで、仕方なく捨てられてしまっているっていうのが、多くの牧場の現状ですね」

「うちはあくまでも観光牧場なので、来てくれたお客さんにちゃんと羊の毛が服になりますよっていうのを伝える立場なんです。でも、その伝える立場の人が刈った羊毛を捨ててたら話にならないじゃないですか。でも、昔、僕はそうだった。だけどそれは違うよねって思って、ちゃんとやりたいと考えたら、このやり方に落ち着いたという感じですね。本当だったら海外みたいに服を着せなくてもきれいな毛が取れるような広い土地があるのが理想なんですけど、どうしても狭い敷地で密集しちゃうと汚れがうつるので。ごはん食べてるモグモグした口で、あちこち走り回ったり、ほかの羊の体につけたり。そうなるとあっという間に汚れちゃう」

きっかけと課題

 日本中に観光牧場はたくさんあるけれど、そもそも、こういう試みをやっている牧場が他にもあるのか気になった。

「僕は見たことないですね。だいたい羊を飼育しているそもそもの理由っていうのが、エサやりとかふれあいとかなので。一部、羊毛のフェルトにしたりすることはあっても、それは一頭分あれば事足りるので。ほとんどのところは廃棄してますね。毛刈りショー的に見せて終わり。だから、いろんなところで捨てられちゃってますし、それが当たり前な状態です。羊毛を使うっていう考え自体が抜けちゃっているかもしれない。僕も昔そうだったから」

 丸岡さんが捨てられる羊毛に向き合うきっかけは、牧場にくる子どもたちだったという。

「だいたい子どもたちも絵本とかを読んで羊の毛がセーターになるっていうことは知識として知ってるんです。でも、僕も結局同じことしか言えないから、子どもたちに何も響かなくって。でも、さっきみたいに直接糸が紡がれる姿を見たらドキッとするじゃないですか。「ほんとに糸になった!」って。そうすると子どもたちも体験としてガチっとはまるというか。絵本の情報と目の前がリンクするんですよね。だから、自分自身がもっと知ったり、体験したり、実情を知らないとはじまらないと思ったのがきっかけです」

「最近は『そのカバー(服)はどこで手に入れたの?』って聞かれることも多くなって、うちの牧場でもやりたいという方も増えてきましたね。でも正直、僕の上の世代の羊飼いさんたち、日本のトップクラスの人たちは、あんまりカバーを着せることは好きじゃなくて、それよりも、カバーを着せなくてもきれいな状態、つまりは広さとか環境の面の向上をみなさん目指していて、それはさすがだなって思います」

 それこそ僕が最初にうっすら想像してしまったような、ファッション的なもの、つまり飼い犬に服を着せるような類いのエゴと同じものだと勘違いされてしまうことはないんだろうか? と心配になったけれど、丸岡さんはそういう時でも、その「なんで服着せてるの?」を会話の糸口にして「この羊毛が服になるんです」「実際は廃棄してたんです」と、その理由や思いを丁寧に伝えるという。

「一頭一頭、顔もそうですけど、毛質にも個性があるので、僕がいま展開しているのは、羊一頭でひとつの毛糸ができるっていう、その子の糸、つまり名前のわかる、顔のわかる糸っていうのをお渡しできるような展開をすすめていて、一頭一頭スピナーさんがつながっているんです。だから毎年同じ羊の毛を同じ方に送っています。そうすると、その子のファンというか、愛着がすごく湧くんですよね」

ここから先は

676字 / 2画像
この記事のみ ¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?