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はじめてのおつかいがい_03

 人生で一番美味しいラテをいただいたあとに案内してくれたのは、バリ島各地に点在する寺院の一つ、クヘン寺院。バリ島にはその数なんと6,000とも10,000(この4,000の差はなんだ?)とも言われる寺院がある。ほんと至る所にある。最初こそ興奮して写真を撮りまくっていた僕も、あまりに普通にあるもんだから、そのうちカメラを構えることすらなくなっていったほどだ。

 そもそも台割(本の構成)すら事前につくりたがらない厄介編集者な僕は、今回もまた極端なまでに前知識なくバリ島までやってきたゆえ、目に映るものなにもかもが新鮮で、次々と入りこんでくる視覚情報だけでもうパニックになりそうだった。こんなことなら入国審査のための下調べくらいには勉強して前情報を頭に入れておけばよかった。でもまさに、この圧倒的なまでの情報量こそが、僕が海外を敬遠していた大きな理由の一つだったことを思いだした。

CAUTIONの文字が僕の気持ちとリンクする

 ふらふらとした旅生活を送っている割に冒険心のない僕は、国内という足湯に両足首浸かっているからこそ、自由闊達な空気を醸し出しているけれど、国境を超えるというのは、僕の内なる弁慶が完全崩壊し、小さな脳みそが余裕でキャパオーバーすることを意味する。「身の丈」という言葉は精神論じゃなくてとてもフィジカルなもの。言うなれば僕は「身の丈」の申し子。どうやら僕は「無闇に情報を入れたくない!」と膝を抱え震える自分を、胸の奥にすみっコぐらしさせている模様。この「情報に対する過剰な恐れ」は僕の人生のいったいどこから生まれたものなんだろう。初海外旅で僕にそんな問いが生まれていた。

クヘン寺院の駐車場に到着。

 バリ島は、バリ「島」つってんだから、きっと島なんだろう。そんな怒られてしまいそうな知識量でバリ島入りした僕は、そもそも海外の地理に対する一般常識が欠如している。だから、バリ島のリゾート的なイメージと、島という印象が重なって、軽薄に言うなら「アジアのハッピーアイランド」みたいな初期ファミコンソフトタイトルのようなイメージしか持ち合わせていなかった。ほんとヤバいな、オイラ。

 だから僕のバリ島のイメージは極論、イケてる淡路島だ。

 そこで暮らす人と、そこにある自然に惹かれやってきた若者と、無闇な資本投入が、入り乱れる大きめの島。だから僕は、車中でこっそり面積を調べてびびった。

 淡路島の面積が592㎢なのに対して、
 バリ島の面積は約5,633㎢
 でけえ!
 思ったよりもぜんぜんデカかった。

 淡路島がピンとこない人たちのために、もう一つモノサシを提示すると、東京都の面積は2.194㎢。バリ島はその2.5倍ある。

 ここで、僕を踏み台にして、さも知ってました的に賢くなっていくあなたのために書いておくと、そもそもバリ島っていうのは、大小さまざまな島から形成されているインドネシア共和国のバリ州にあたる地域。インドネシアは赤道直下の国だから南国。南国と言えば、「南国少年パプワくん」くらいのイメージしかない僕は、パプアニューギニアの場所も調べてみたけど、緯度はほぼ一緒だった。というか、地図見たらバリ島ってオーストラリアのすぐ近くなんだな。あ〜もうすでに情報こわい。世界こわい。

 ただそんな僕のおそれを救ってくれたのは、ゼルダだった。

 Kさんが連れてきてくれたクヘン寺院。その荘厳な姿を正面にして立つ僕は、もはや勇者リンクの気持ちだった。

 マジでハイラル来た! って思ったもん。リンクと変わらぬ無防備さで僕はこの王国の冒険に出たのだ。てかこの調子だと、バリ島レポートいつ終わるんだ? って自分で心配になってきた。ゼルダのクリアが先か、レポートを終えるのが先か……
(いや、次回でちゃんと終わらせます。きっと。)

 でも冗談じゃなく僕は今回の旅を、ゼルダの伝説のオープンフィールド探索な気分で過ごしていた。だって、交差点の度に、でっかい巨像が現れたりとか、これがゲームの世界じゃなっかたらなんなんだ? ってまじでビビるしバグる。そうやって脳みその別腹みたいなところにインプットを馴染ませて徐々にバリ島に慣れていったという意味では、ほんとゼルダに救われたよ。

ほぼこれでしょ

 クヘン寺院ではサロンと呼ばれる腰布と腰帯を借してくれる。今回ずっと運転手を務めてくれたバユさんが、見事な手際でサロンを巻くのを手伝ってくれたのだけど、腰布を巻くだけで、どこか神聖な気持ちになってくるから不思議。それでいて観光的な高揚もあって面白い。

 しかし、竹内くんがサロンを巻いてもらってる姿がまるで赤ん坊で、こいつマジ赤子じゃんと思う。

「は〜い、万歳してー」きっとバユさんはインドネシア語でそう言ってたに違いない。手取り足取り教えてもらわないと何もできない50手前おじさんの姿はなんとも乙なものだ。この写真で酒一合は軽く空く。

 国民の9割がイスラム教というインドネシアにあって、バリ島だけはその9割がヒンドゥー教。しかも土着の信仰とインド仏教やヒンドゥー教が習合したバリ・ヒンドゥー教という独特の宗教だという。とにかくバリ島に来て常に感じることはその信仰の深さだ。日々の生活リズムのなかに宗教儀式や慣習が常にあり、そのことが僕を妙に安心させる。日本の地方を旅していてもそうだけれど、僕は目に見えないものへの恐れや感謝を持つ人たちを信用する。目に映るものが全てとか言う人や、これが現実だろとか言ってイキリたおす人とは、まったく友達になれない。だから僕はこの国の人たちとは友人になりたいと素直にそう思った。

ヒンドゥー教の神様が日差しを避けて休めるようにと飾られるパユン(傘)

 クヘン寺院はとても立派な寺院だけど、大手旅行代理店の観光ツアーから外れていることもあって観光客が少ないとのこと。超穴場じゃん。とてもよかった。Kさんのアテンドありがたいな。

 ちなみに今回のバリ島旅で、もっとも印象的で、その結果もっとも多く写真を撮ったものが「チャナン」だ。チャナンとは、街のいたるところにある神様へのお供えもの。まさにバリの宗教文化の象徴だ。容れ物もそこに置かれる飾りも、縫い糸代わりの竹ひごも、なにもかもが自然のものでできたその飾りはなんとも美しくて可愛くて、見かけるたびに写真におさめたくなる。基本的には、自宅に咲いている花や市場で買ったりした花を使って各家庭で作るものだという。まるで子供がおままごとでもしてたのかなという素朴さが愛しくて仕方ない。

 そう言えば旅の途中、近所のお母さんたちが集まってみんなでチャナンをつくる姿をみかけたりもして、井戸端会議的でなんだか楽しそうだった。そういうところは日本もバリも変わんないんだなあと思う。また、最近は共稼ぎで忙しいから、市場のお供物屋さんで買ったりする人も増えているっていうから、そのあたりも同じだね。

マルシェで見かけた供物屋さん 美しかった。

 とにかくチャナンはいろんなところにある。お店の軒先、寺院のなかや、各お店に据えられた神様の前や、家の門の前。聞けば、家の中も、部屋、台所、井戸、排水溝などなどあらゆるところにお供えされているというからすごい。まさに、いたるところに神や精霊がいるという信仰の現れだけれど、観光客が一番よく目にする、門や入り口の前など、直接地面に置かれるチャナンは、神様は神様でも、悪い神様にむけて、悪さしないでくださいねとお願いをしている魔除け的なものだという。ふと気づけば足元にあったりするので、知らず踏んだり蹴飛ばしたりしてしまって申し訳ない気持ちになるんだけれど、バリの人たちにとってチャナンはこれを置くことに意味があるから、そうやって不意に粗相してしまっても気にしなくていいそうだ。人がおおらかなのか、神様がおおらかなのか、どちらにしろ好きだなあと思う。

チャナンの隣、バナナの皮に炊き立てのご飯を乗せたものは、サイバンというらしい。

 クヘン寺院を出た後はいよいよお昼ご飯。よしっ待ってました! しかも豚肉を食べるというから、なんと嬉しい。僕は無類の豚肉好きだ。するとデザイナーのOさんが「ヒンドゥー教って豚食べていいんでしたっけ?」と聞く。なになに? だめなの? ヒンドゥー教徒は基本的に肉食全般を避ける傾向があって、特に牛は神聖な動物として崇拝され、食べることは禁忌とされている。さらに豚は不浄な動物とみなされているから食べないらしいのだ。しかし大丈夫。ここはバリ島。ヒンドゥー教ではなく、バリヒンドゥー教だ。バリ島の人はもう、豚なしじゃ生きていけないくらい大の豚肉好きなのだという。よかった! バリ人趣味合う! バリ島では結婚式とかそういったハレの場で「バビグリン」という豚の丸焼きが必須で、街のいたるところにバビグリン専門店があったりするという。いやあわかるわかる。

 クヘン寺院から30分くらい移動しただろうか、「着きました」と言われ車を降りたそこは……

 え? また寺院? それがなんと実はここ……

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