見出し画像

#27 ベンジーと私。

私は現在うつ病で療養中の40代の男性だ。
最近は部屋の不用品のフリマサイトへの出品や断捨離で無職なのになかなか忙しく過ごしていた。
ようやく終わりの目処がついたので久々に記事を更新してみる。

以前書いたチバユウスケの記事が多くの方に読んでもらえたようで嬉しい。
もちろん私の力ではなくチバユウスケという名前のおかげではあるが。

今回はそれ続いて、いや味を占めてと言うべきだろうか、再び好きなミュージシャンについて書いていこう。
いや彼の場合はミュージシャンというよりはアーティストと呼んだ方が私にはしっくりくる。

ベンジーこと浅井健一はBLANKEY JET CITYのVo&Gだった人物でバンド解散後も新しいバンドやソロなどで現在でも活躍している。

正直BJC以降はあまり追えていないのだが高校生頃はBJCにどハマりしてよく聞いていた。
確か初めに聞いた曲は「ガソリンの揺れ方」だった。

当時よく聞いていたラジオ番組のOPだったはずだ。
その番組は曲をフル尺で流していたのでよく録音して気に入った曲をダビングしていた。

イントロのリフや独特な声や歌い方、ギターの音など当時の私には刺さりまくった。
そこから過去の作品なども聴くようになりその音楽性に惹かれていった。
少な曲をあげれば枚挙にキリがない。有名どころの曲はもちろんだが初めて聴いたアルバム「国境線上の蟻」に収録されていた「水色」「15才」あたりが印象に残っている。

というのも当時好きだった漫画「I'll」の作者もBJCが好きで本編の番外編のサブタイトルでこの曲の名前を使っていた。
その漫画の世界観と曲の世界観が絶妙に混じり合いまだ10代の多感だった私に染み込んでいったのだ。
今でもこれらの曲を聴くと当時の気持ちに少しだけ戻れるような気がする。15才の歌詞に
『いつか今のことが懐かしく感じるのかもしれないね』
という部分があるが、まさにその通りである。

残念ながら私がBJCを知ってほどなく彼らは解散という道を選んでしまう。
最後のライブとなった「LAST DANCE」はCD化と映像化もされている。
CDの方はもちろん持っていたが人に貸したきり返ってこなくなってしまった、映像の方は実は未視聴だったので最近某フリマサイトで入手し現在届くのを待っているところだ。

少し蛇足的な話になるが私が専門学校の頃に某大型野外フェスの楽器チームのバイトをしたことがある。
ステージの転換を行ったり機材車から荷物の積み下ろしの手伝いをしたりといったことをしていた。

その中でJUDEというベンジーがBJC解散後に組んでいたバンドが出演していた。機材車からの荷物の積み下ろしのほんの僅かだがベンジーのギター(のケース)に触ることができた。おそらくはその頃のメインで使っていたゴールドのレスポールであろう。もしかしたらサブ機だった可能性もあるがそれでもベンジーに憧れた少年にとっては一生忘れられない記憶となった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?