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美しさと命の重さと軽さを

『ダンケルク』鑑賞 感想文

 未鑑賞であるも観たい映画が多い。色々あったのだが、やっと観る気力が湧くところまで心に余力が出てきたかな、などと個人的には思い始めていてそれがなんとも嬉しく。これから無数のあの作品たちが待っているということなのだから。

 であって『ダンケルク』ノーラン監督だから観たいということではなく、ノーラン監督の作品はほとんど未だ観ていなく、でも全て観たく戦争映画が好きなのだからまずはここからといった理由で休日の午後、静かな環境にて。

 
 穴が空いた船はすぐに沈む、着水した軽そうな戦闘機もすぐに沈む。早く海面に身をさらさないとあっという間にそれぞれと共に深海へ命と共に失われていくのだな。心底焦り、ガタガタと内側が震えた。閉所、闇、重い扉、戦闘で歪み開かないキャノピー。力ずくで。生きるか死ぬか今この瞬間間も無くが。

 戦闘シーンがほぼ描かれていない。塹壕も蛸壺もない平坦そのもののドーバー海峡に面した、もう一度言うがあまりにも平坦な砂浜で対空兵器皆無な兵士たちにドイツ空軍のユンカースだろうか、そして爆撃機も、容赦無く機銃掃射に爆撃。
 身を寄せ伏せるしかないその状況に成す術無く、隣は死んだ、自分はまだ生きてる。それだけだ、軽い命が軽い、自分の命は重いのに。

 淡々とした印象なのだ。終始淡々と反撃の手立てが全くないままに殺されそうになることの繰り返し、なんとか英国へ海峡を横断するべく漕ぎ出し、襲われ沈む船に乗っていることの恐ろしさを実感させられる。
 ノーランっぽいのだろうか。沈む船が傾き、それに合わせ回転するカメラワーク。船腹に張り付き重力が今どこに向かっているのか麻痺するような映像。
 船内に一気に流れ込む海水の重さと速さに戦慄と諦めが。

 史実に基づいているのだろう。ダイナモ作戦と後に名付けられた民間船徴用での脱出作戦。それがその後の連合国によるノルマンディ上陸作戦への士気を高めたかもしれないし、少なくとも今作内でも見事な脱出作戦として描かれているし、最後は英国としての誇りさえも感じられる新聞記事にて物語は唐突に終わる。
 そう、淡々と。作戦に参加した一隻の民間小舟に乗り込み、命を失った青年を讃えつつも淡々とだ。
 事実を時間軸で絡める演出。パイロットにはパイロットの時間が、救助を待つ兵士には兵士の、民間船にはそれぞれの時間がそこにはあり、それぞれを絡めるとそれぞれに起きた出来事の重さ、またそれぞれの状況での命の重さとは軽さとはといったことを考えさせられることと演出されている。
 
 泥まみれの戦場という印象を忘れさせてしまうほどの美しさが紡がれていて、それぞれが過酷な状況で重油に砂に煙に爆風に塗れ晒されるにも関わらず、その印象を払拭するかの如き。滑空するスピットファイアの燃料切れなるも着陸姿。その鹵獲を恐れ火を放った機体の炎に浮かぶパイロットすら。
 海岸線の自然美。ドーバーの海の光。
 上空でのドッグファイトで眼下の海面の光を受け旋回する戦闘機の姿。

 残酷が蔓延し、命が軽々しく失われる過酷さを寧ろ考えさせられたような演出に酔わせてもらった。
 

 

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