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いつか思い出になる

日が暮れて暑さが落ち着いた頃、母と一緒に散歩に出かけた。
慣れた道を2人でどんどん歩く。いつもはどこか目的地へ向かう移動のための道を、歩くことそれ自体を目的として通るのとでは、視点が変わる。
この前まで開いていた駄菓子屋が畳まれ、飲食店がその駄菓子屋の看板を下ろさずに開店していた。古びた看板は新しいものが持つことのない、積み重なった時間を感じさせるいい味を持っていた。さっと通り過ぎていては見過ごしていただろう。

歩いていたら、母が通っていた学校に差し掛かった。その学校は以前とは姿を変え、木を切り、駐車場や建物を増築したようだ。
ここには昔、銀杏並木があってね、小学生の頃は、降り積もった枯れ葉の上を、カサ、カサと音を立てながら遊んだんだ。森みたいに木があったから隠れん坊したんだよ。このあたりにあった建物には、実験器具やホルマリン漬けの瓶が並んでいる部屋があってね、小さな時にその部屋に入ったら、ギョッとしたし、怖かったんだぁ。
何度も聴いた母の思い出を、彼女は昨日のことのように話す。展開を知っているので、つい聞き流してしまいそうになるが、きっとこう言う小さなことこそが、いつか宝物のような思い出になるのだろうと思い、忘れないように一生懸命耳を傾ける。
普段は遠い場所に暮らしているから、休職したことでギフトのように手に入った家族との時間。無駄にしたくない、と言う気持ちと、そんなに肩の力を入れなくていいんだよ、と言う気持ちが半分半分。

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