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~コトの始まり~

2019年2月。

このころ一聡と歩は、数か月後に開催を控えているラグビーワールドカップ日本大会(以下RWC)が、果たして成功するのか、いちラグビー経験者として危惧していた。
もう少しで世界有数のスポーツイベントである本大会が始まるというのに、国内での認知度は低く、盛り上がっている様子が実感できない。
とはいえ、我々はラグビー協会に属しているわけでもないし、代表チームに絡んでいるわけでもない。なにか俺たちに出来ることはないだろうか。
考えた結果辿りついたのが、『アフターマッチファンクション』だった。

当時南半球のクラブチームリーグ『スーパーラグビー』に、日本のチーム『サンウルブズ』が参戦していて、日本での試合開催もあった。
一聡らは、サンウルブズの秩父宮開催に日程をあわせ、フアン同士のアフターマッチファンクションをイベントとして開催し、ラグビーの多様性文化や寛容性、ノーサイドスピリッツなどを、できるだけ一般の人々に体験してもらい、来るRWCはこんなに楽しいイベントなんだぜ!とアピールしたかった。

場所は東京・青山commune 2nd。
ここは国内デザイナーズ家具の先駆けである「IDEE(イデー)」創業者の黒崎輝男氏がプロデュースしたコミュニティスペースである。
黒崎氏は、青山・国連大学で毎週末開催される「ファーマーズマーケット」を手掛けて国内におけるマルシェブームのきっかけを作るほか、上野「NOHGA HOTEL」をプロデュースするなど、「場」に「デザイン」の概念を取り入れた日本人の第一人者である。

2月23日、秩父宮で開催されるスーパーラグビーサンウルブズ戦の試合観戦の後、この場所に立ち寄ってもらえるよう、告知を開始した。
コンセプトは、『スパイクもジャージーも、グラウンドもいらないラグビークラブ』とし、イベント名はシンプルに『TOKYO RUGBY CLUB』とした。

『ラグビー』をキーワードに、敵も味方も、日本人も外国人も、老若男女も選手もフアンも入り混じり、その場を楽しんでもらいたい。
その場所として、commune2ndはまさにうってつけだった。
オープンで適度なごちゃまぜ感。
カジュアルだけど洗練されている空間。

当日、会場は試合帰りの両チームのフアンはもちろん、その場にたまたま居合わせたラグビーとは関係ない一般の人々も混じって、自然に置かれたラグビーグッズを酒のアテに、大いに盛り上がっていった。
夜も更けたころ、試合を終えたサンウルブズのヘッドコーチはじめ選手たち20名ほどが、事前に打ち合わせもしていない中、場に合流してくれた。

クラブハウス文化が浸透している海外選手は慣れたもので、自分たちが楽しみながらもフアンや子どもたちと交流し、気さくに記念写真や会話に応じてくれていた。
過剰に選手たちを持ち上げることもなく、自然にその場にいる人々がコミュニケーションするその光景は、一聡と歩が思い描いていた多様性、寛容性を持ったクラブハウスでのコミュニティ像そのものであった。

数か月後に行われるRWCでは、こうやってラグビーの試合以外でも楽しめるんだよ!というメッセージを十分に表現できたと、一聡と歩は手ごたえを掴んでいた。

この第1回『TOKYO RUGBY CLUB』を皮切りに、2回目は3月16日、3回目は5月25日に、スーパーラグビーの秩父宮開催に合わせて開催し、すべてサンウルブズの選手たちの合流してくれた。
いずれも、思い描くクラブハウスのアフターマッチファンクションのカタチを表現できた。

第4回目を企画していたさなか、諸事情が重なり、commune2ndでのアルコール提供が不可となってしまい、3回目で『TOKYO RUGBY CLUB』は終了したが、表現したかったものを形にすることができ、次のアクションに繋がる(この時はまだそれも具体性はなかったが)手ごたえであったことは間違いない。

こうして迎えたRWC2019日本大会。
台風による中止など、多少問題は合ったものの、日本代表が決勝ラウンドに進むなど大躍進を遂げ、一聡たちが危惧していたことを大きく凌駕するラグビーフィーバーは社会現象となった。
試合会場の外にあるパブやスポーツバーでは、『TOKYO RUGBY CLUB』で見た光景、いやそれを上回る盛り上がりと雰囲気を、そこかしこで見ることができた。

大会前の心配は大きく吹き飛び、RWC2019は成功裏に幕を閉じた。
さて、これからこの経験と感覚を国内リーグでも継続させていかなくてはと、次のアクションを考えている中、にわかに発生したのが、新型コロナウイルス感染症である。

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