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言葉を愛でる、心ゆくまで〜山西雅子『雨滴』(角川書店)を読む〜

舞俳句会を主宰なさっている山西雅子さんの句集が刊行されたと知り、ネットで注文、購入しました。

『句集 雨滴』です。「角川俳句叢書 日本の俳人100」の中の一冊となっています。

読み進めるにあたっては、日頃の不勉強ゆえに、電子辞書とスマホ検索で言葉の意味をいろいろと調べることになりました。

地方の風土、行事、植物や虫など、さまざまな新しい言葉を学びました。

2度目に読むときも、また同じ語を調べたりして、我ながら情け無い話ですけど。

そのような事物の名前だけでなく、どんな言葉にも心を配り、句として一番ベストの選択をしているように感じます。

こういう句集を読むのは嬉しいものです。

この山西さんの句集から、僭越ながら短評をしてみたいと思います。

一もとの庭の茶の木に花のとき
切岸に日のさしわたり松納
行秋や窓に松葉のやうに雨

これらの景は、何でもない、日常によくあるものですが、それぞれの描き方はとても明快で、それを目にした山西さんの心持ちが確実に伝わってきます。
1本の茶の木、そしてその花を慈しむ気持ち。淑気が残る松納のころの清々しさ。降り始めた雨にふと秋を惜しむ。これらの心情が揺るぎない表現で提示されています。

春近し円らに蕾むきうりぐさ
姫烏頭のふはりふはりともの思ひ

こうした植物の名前を初めて目にしましたが、ネットで調べ、写真を見て、本当にその花だからこそ、こう詠めるのだと思いました。もちろん山西さんは実際にその花に向き合い、心で語りかけ、その応えを、句になさったのでしょう。

秋潮へ拾ひたるもの皆返す
大根を剝くや粉雪の香のごとし
春雨を湯に放ちたる余寒かな

自身の行為を詠むことには、自己を客観視するという課題が生じます。
海に返すのは、浜辺で拾った貝殻でしょうか。「皆返す」と語ることで、自己へのまなざしを設定しています。
大根を剝くこと、春雨を茹でること、それらの日常の出来事に季感を添える、いや季感の中にこそその行為があるのだということを、句に詠みこんでいます。

冬空へ胸の中より鳩を出さむ
枯木道だんだんかはりゆく心

この句集の中ではちょっと意外な、心象の句。ご自身の心の動きに対しても、細やかな目を向け、間違いのない表現を選んでいると思います。
胸の中の鳩は何を象徴するのでしょう。まるで魔法のように、冬空に心を開こうとなさっているのかもしれません。
枯木道を歩くうちに移り変わっていく心。それはちょっとネガティブな感情だったかもしれません。あるいは気がかりな何か。枯木道は、その心をそのまま受け入れてくれたことでしょう。

いかがでしょうか。

どの言葉も、十分に磨かれてここにある、という感じです。

山西さんの生活は、とりもなおさず、言葉とともにあるのでしょう。

日常から言葉を紡ぎ出し、新たな言葉を捜すために歩み、心に留めた言葉を熟成させるために眠り、成熟した言葉とともに目覚める。

そんな生き方に、憧れます。

皆さんもぜひこれらの言葉に出会ってみてください。

RC

♪書誌情報♪
山西雅子『句集 雨滴』
2023年1月25日初版発行
角川文化振興財団 発行
KADOKAWA 発売 


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