もういちどきみと。[2]

羽毛布団は役目を終えて、とうに押入れで眠っている。代わりに薄い毛布一枚でパンツ一枚、最高に心地よい格好で眠っていた。耳元でうるさい目覚まし時計が俺の意識を呼び覚ます。スマホ、スマホと半分覚醒したあやふやな意識のまま、枕元を漁ると俺がスライドせずとも目覚まし時計は静かになった。

「あれ?」

のそりと身体を起こすと、朝の光が急に差し込んで来て一瞬にして目が眩む。その朝日を背に、ふわふわとした髪の毛が揺れて、綺麗に筋肉がついた足が目に入る。俺のボクサーじゃなかったか、それは。あれ、

「おはよう、永谷」
「っ、え?!……て、そうか……綾瀬、か」
「潤にして、永谷の甥っ子あたりにしてよ」

足で自分の片足をぽりぽりと掻きながら綾瀬……ではなくて潤が笑う。

「確かにそうだな……夢じゃなかったのか、潤、潤……」
「俺、今日こっちに荷物持って来ていい?」
「いいけど、書き置きでもして来てくれ。俺が誘拐犯になるのは避けたい」

不思議だ、潤を見ながら俺の16歳の時を想像した。綾瀬の存在を引きずりながら、アホみたいに勉強して、綾瀬が好きだったバスケをして。いざこうして前に彼が現れたら年の差は一回りもあって、どう見ても誘拐犯だ。

「永谷、急がなくていいのか?」

ぼけっとして考え込んでいたら顔を洗って着替え終わった潤が声をかけて来た。この狭い家を把握し尽くしている、首からタオルがかかっているし手には冷蔵庫から取り出したばかりのペットボトルが握られている。

「そうだ、やばい!」

いつもギリギリに目覚ましをかけているせいで起きてからはギリギリに家を出なければならない。

「昔っから変わらないんだな」

もそもそと制服から首を出しながら笑う潤を見ていて思う。

「本当に高校生なんだな……」
「羨ましい?おじさん」
「おじさんはやめろ……な、」

ほら、ともう一度急かされてタオルを持って洗面所に駆け込む。変な感じだ。確かに起こっていること自体、変なんだけど。

「今日家で飯食う?それとも昨日ぐらい遅くなる?」
「家で食えるように努力します」
「番号教えて、メッセージ送るし」

さすが現役高校生、パパッと手際よく俺の電話番号を登録してちんたらと支度をする俺のケツを追い出す。

「いってらっしゃい、啓介さん」

玄関でからかうようにそう言って手を振る姿に戸惑いながら駅へと向かう。そうだ、朝飯とか何も食べるものがうちにはなかった。タオルも食器も布団も、なにもかも一人分しかない。今度の週末にでも買い出しに行こう。それにしても、やはり少しだけ綾瀬とは違う。割と静かな綾瀬と、年相応な潤。それはそれで二回美味しいのかもしれない。

家に帰ったら潤がいるのだろうか。無事に実家から荷物を持ち出せたのだろうか。昨日は潤の親の携帯に電話したところで繋がらず、実質息子がどこにいるかわかってない状態のはずだ。そんなことも含めて一日中そわそわしていたせいで、今日は仕事にならないから早く帰れと追い出されるようにオフィスを後にした。

『夕飯までに帰る。何か食べに行く?』
『帰ってきて、なんか作る』
『料理できんの?』
『料理の名前がつかないやつならね』

冷蔵庫に食べ物なんてないから、買い出しに出かけてくれるのだろう。1時間程度で家に着くとメッセージを送った後に暗くなった画面に自分がニヤニヤとしているのが浮かび上がる。
なんだか、めちゃくちゃ幸せだ。実感が湧かないが、自分の初恋の相手と同棲をし始めた。それがどんな形であれ。

昨日と同じく、階段を登るとすでにいい匂いがする。このアパートには俺と、数人しかもう住んでいない。二階に至っては端と端に入居しているだけだ。俺の家に明かりが灯っている。ガチャリ、とドアノブを回すと手を広げて潤が駆け寄る。

「やり直し。ただいまがない」
「え?」
バタン、と扉が閉じられて追い出される。
「た、だいま」
「おかえり」

あまり表情が変わらないが、嬉しそうな潤が俺を出迎える。この家でおかえり、という声がまた聞けるなんて。

「めっちゃいい匂い。パスタ?」
「米もないからな、この家」

皿に盛られたパスタが俺の前に置かれ、片手鍋ごと潤が自分の目の前に置く。

「親御さんいた?」
「いなかったから書き置きしてきた。いただきます」
「いただきます」

家のことについてはあまり触れられたくないというのが彼のスタンスらしい。いつか、話す気になってくれたらと思いながら別の話を振る。

「潤、バスケしてんのか?」
部屋の隅にはバッシュとバスケットボールが転がっている。

「ん、ちょくちょくね。バイト、あるし」
部活は金かかるし、と苦笑する姿を見ていたら急に大人の自分が顔を出す。
「俺出すからやれよ」
「子供は大人に甘えておけば」
「すでにこうやって住ませてもらっているし、これ以上迷惑かけたくない」

議論する気は無いとばかりに黙々と食事を続ける潤に、ふといいことを思いついた。

「家のことやってくれないか?洗濯も掃除も土日に瀕死でやってる。料理に至ってはお前も見ての通り、親が死んでから台所ではお湯しか沸かしてない」
でも、と言い募る潤に、畳み掛けるように言葉を重ねる。
「お前がバスケしてるの、本当にかっこよくて好きだった。……お前がいなくなったあと、俺もしてたんだ。だから、もう一度見せてくれ」
本当か、とわずかに目を見開いてから潤が笑った。

「後悔するなよ」
「後悔なら、飽きるほどしたから。もうしたく無い」
すん、と潤の鼻がなる。
「マジで知らないから」
「俺をインハイに連れて行ってよ」
「そんなに強くないけど」
「そこはうん、って言ってよ」
崩した膝が当たる相手がいる幸せ。こそばゆそうに笑う幼い顔を見ていたら、一瞬邪な欲望が頭をもたげた自分が恥ずかしくなった。

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