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ブレインテックABC〜脳を読み取り・脳に書き込む基礎技術

わたしたちは、人生や社会を豊かにするため、テクノロジーを発展させてきました。特に最近は、AI技術にブレイクスルーが起こり、あらゆる領域で活用され始めています。では、AI技術の次に、社会に大きなパラダイムシフトを起こすテクノロジーは何でしょう?

その一つが、脳科学から生まれる技術である「ブレインテック」だと考えています。ブレインテックでは、脳を読み取り、脳に書き込むテクノロジーが研究開発されています。

そこで「ブレインテックABC(初歩)」と題して、今回は、それぞれのテクノロジーの基礎を紹介します。まずは基礎を固めて、応用への準備です。

ブレインテック

近年のブレインテックは、アメリカのBrain Initiative (The Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies® Initiative)やイスラエルのIBT (Israel Brain Technologies) など、国家の戦略的領域として後押しされています。

なお、上記の表現にもあるように、「ブレインテック」と「ニューロテック」が混在しています。Google Trendで「Brain Technology vs Neuro Technology」を全ての国で比較してみると、Brain Technologyの方が人気のようです。

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また、日本国内で「ブレインテック vs ニューロテック」を比較してみると、ブレインテックの方が人気のようです。

ブレインテック vs ニューロテック

そこで、「ブレインテック」という言葉を利用しようと思います。脳には、ニューロン細胞だけなくグリア細胞も含まれていますし。

脳を読み取り・書き込むチカラ

脳の活動を読み取り・書き込むには、脳と何らかの相互作用をもたらすチカラを利用する必要があります。まず、自然界には、4つのチカラがあります。

強い力:原子核を形作るチカラ
電磁気力:電気や磁気として日常で経験するチカラ
弱い力:クォークとレプトンの種類を変えるチカラ
重力:質量のあるものを近づけようとするチカラ
(参考 4つの力と統一理論)

4つのチカラの内、電磁気力が工学的に扱えそうです。電磁波(界)は、周波数・波長によって、いくつかの種類に分類されます。(参考 電磁界情報センター)

電磁気力

これらの中で、ブレインテックで利用する主な電磁波をピックアップします。

静電磁波:fMRI (機能的核磁気共鳴画像法)
超低周波:EEG (脳波)、MEG (脳磁図)、ECoG (皮質脳波)、DCS (直接皮質刺激)、DBS (深部刺激法)、tDCS (経頭蓋直流電気刺激)、tACT (経頭蓋交流電気刺激)、TMS (経頭蓋磁気刺激)
:NIRS (近赤外分光法)、NF (ニューロフィードバック)、DecNef (デコーデット・ニューロフィードバック)
放射線:CT (コンピューター断層撮影)、PET (陽電子放射断層撮影)

ちなみに、超低周波である脳波は、さらにいくつかの周波数によって分類されます。

δ波 (1~3Hz):睡眠中に出現
θ波 (4~7Hz):記憶、トップダウン信号
α波 (8~13Hz):トップダウン信号、注意、意識
β波 (14~25Hz):注意、運動
γ波 (26~80Hz):知覚、注意、記憶、意識

脳を読み取るテクノロジー

脳を読み取るテクノロジーを、脳に直接デバイスを埋め込むかどうかの侵襲型/非侵襲型、および、電磁波の種類によって大別してみます。

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ECoG (皮質脳波)

ElectroCorticoGramは、頭蓋内に電極アレイを埋め込み、大脳の皮質 (Cortex) 表面で脳波を計測します。(画像元)

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fMRI (機能的核磁気共鳴画像法)

Magnetic Resonance Imaging (MRI)は、1~9T(テスラ)程度の磁場をかけて、核磁気共鳴の緩和時間が組織ごとに異なることを利用して、組織形状を画像化します。functional MRIは、酸素を持つヘモグロビンと持たないないヘモグロビンで緩和時間が異なること (Blood Oxygenation Level Dependent: BOLD効果) を利用して、脳の活動によって酸素が供給される様子を計測します。

計測品質は、強い磁気によって脳深部まで計測が可能で、空間分解能も高いです。ただし、脳内での酸素供給は、神経細胞が活動電位を発生した後に数秒遅れて発生するため、時間分解能が低いです。コストは、1台数億円の導入費に維持費もかかります。

EEG (脳波)

ElectroEncephaloGramは、頭皮に電極を配置し、脳 (Encephalo) のシナプスにおけるイオン交換で発生する電気を計測します。通常の検査や実験では、国際10-20法という、頭皮に10% or 20%の等間隔で配置した21個の電極で計測します。なお、脳波計 (Electroencephalograph) や脳波検査 (Electroencephalography) もEEGと略します。

計測品質は、脳の電気信号をリアルタイムで計測できるため、時間分解能が高いです。ただし、シグナルが微弱で電気的なノイズに弱く、神経信号の発生源から電極に到るまでの生体組織の導電率は一定でないため空間分解能が低いです。コストは、簡易な計測機器が増えており、費用も安価です。

MEG (脳磁図)

MagnetoEncephaloGramは、頭の周囲に磁束器を配置し、脳のシナプスにおけるイオン交換で発生する磁気を計測します。標準的なMEG装置は、306チャネルの磁束計で脳全体の活動を捉えます。

計測品質は、脳波の導電率(電気)と異なり、透磁率(磁気)は生体組織によらず一定であるため空間分解能が高いです。また、脳の電気信号をリアルタイムで計測できるため、時間分解能も高いです。ただし、脳磁気 (数fT)は小さく減衰率も大きいため、脳深部までの計測が困難です。コストは、脳磁気 (数fT)が地磁気 (数nT)に比べて1/100万と極めて小さいため、外部の磁気を遮断するシールド・ルームの費用がかかります。

NIRS (近赤外分光法)

Near Infraed Spectroscopyは、頭蓋外から近赤外光を照射して、物質内を光が透過するときの吸光度が光の波長ごとに異なることを利用した計測法です。酸素を持つヘモグロビンと持たないヘモグロビンで吸光度が異なることを利用して、2つの波長の光を照射し、各ヘモグロビンの濃度を計測します。

計測品質は、近赤外光の波長が長いため (700~900nm)、脳深部までの計測が可能です。ただし、脳内での酸素供給は、神経細胞が活動電位を発生した後に数秒遅れて発生するため、時間分解能が低いです。

CT (コンピューター断層撮影)

Computed Tomographyは、体の周りで放射線源 (X線)と検出器を回転させ、生体組織ごとにX線の吸収率が異なることを利用して、断面画像を再構成します。

PET (陽電子放射断層撮影)

Positron Emission Tomographyは、CTとは逆に、体内に放射線源(陽電子放射性同位元素)を点滴で注入し、陽電子が電子と結合して消滅する際に発生するガンマ線を体外で計測して、放射線源の体内分布を推定します。放射線源は、O (酸素-15)で酸素や水を標識して酸素代謝や血流を推定したり、F (フッ素-18)でグルコースの水酸基を置換して糖代謝を推定するなど、用途に応じて使い分けます。なお、利用される放射線源の半減期は、数分から数時間程度です。

その他:分析・制御

上記の技術で、データを「収集」した後に、脳の活動パターンを「分析」します。分析には、統計分析や機械学習などが活用されます。

また、侵襲型のECoG (皮質脳波)や非侵襲型のEEG (脳波)などでデータを「収集」「分析」した後に、機械やコンピューターをつないで「制御」する領域は、BMI (Brain Machine Interface)BCI (Brain Computer Interface)と呼ばれます。BMIとBCIの表現は、明確に使い分けられていないケースも多く、Google Trendsで「Brain Machine Interface vs Brain Computer Interface」を全ての国で比較してみると、BCIの方が人気のようです。

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一方で、日本国内で「Brain Machine Interface vs Brain Computer Interface」を比較してみると、海外と異なりBCIはほぼ0で、BMIの方が人気のようです。

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そこで、「BMI/BCI」と併記しようと思います。BMIだけだと、肥満度を表すBody Mass Indexと誤解されやすいですし。

脳に書き込むテクノロジー

脳に書き込むテクノロジーも、侵襲型/非侵襲型、および、電磁波の種類によって大別してみます。

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DCS (直接皮質刺激)

Direct Cortical Stimulationは、頭蓋内に電極アレイを埋め込み、大脳の皮質 (Cortex) 表面を電気で刺激します。同じ電極アレイで、ECoG (皮質脳波) として脳波を計測することも可能です。

DBS (脳深部刺激)

Deep Brain Stimulationは、脳深部の視床下核などにまで電極を埋め込み、100Hz程度の電気パルスで刺激します。

tDCS (経頭蓋直流電気刺激) / tACS (経頭蓋交流電気刺激)

transcranial Direct Current Stimulationは、頭皮に数cm角の陽極と陰極を圧着させ、頭蓋 (Cranial) を経て、大脳皮質を1~2mA程度の弱い直流電流 (Direct Current) で刺激します。神経活動を陽極が興奮させ、陰極が抑制します。

一方、transcranial Alternating Current Stimulationは、交流電流 (Alternating Current) で刺激します。神経活動を交流電流が特定周期に同期させます。

TMS (経頭蓋磁気刺激)

Transcranial Magnetic Stimulationは、頭皮近くでコイルに大電流を流して2T(テスラ) 程度の磁場を発生させ、頭蓋 (Cranial) を経て、大脳皮質で0.5T(テスラ) 程度の磁場による誘導電流で刺激します。

NF (ニューロフィードバック)

NeuroFeedbackは、脳を読み取るテクノロジーで計測した脳活動を、視覚的に本人にフィードバックすることで、脳活動を自己制御させます。脳活動をスコア化してグラフなどで表示し、本人がそのスコアを改善するように試行錯誤します。他のテクノロジーと異なり、脳への直接的な刺激ではなく、本人による自己制御である点が大きな違いです。なお、脳を読み取るテクノロジーとしては、侵襲型のECoG (皮質脳波)、非侵襲型のfMRI (機能的核磁気共鳴画像法)やEEG (脳波) などが利用されます。空間分解能の高いfMRIで計測し、その脳活動パターンと相関する脳波を特定して、EEGでニューロフィードバックする組み合わせも研究されています。

DecNef (デコーデット・ニューロフィードバック)

Decoded Neurofeedbackは、脳を読み取るテクノロジーで計測した脳活動を解読 (Decode) して、視覚的に本人にフィードバックすることで、脳活動を自己制御させます。解読する例としては、顔の好みや恐怖記憶などがあります。なお、脳を読み取るテクノロジーとしては、脳活動を詳しく解読するために、主にfMRI (機能的核磁気共鳴画像法) が利用されます。DecNefの領域は、日本人研究者が世界をリードしています。

その他

電磁波だけでなく、音波を利用したtFUS (経頭蓋集束超音波刺激) などもあります。

さいごに

ブレインテックについて、脳を読み取り、脳に書き込むテクノロジーを、脳に直接デバイスを埋め込むかどうかの侵襲型/非侵襲型、および、電磁波の種類によって大別して紹介しました。

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今回の基礎編は、初回のnoteで提唱したSTADのフレームワークにおける、テクノロジー(T)の領域とその背景にある物理などのサイエンス(S)の領域で、ブレインテックを紹介しました。

次回は、今回のnoteへの♡(スキボタン) がある程度集まれば、ブレインテックの社会への応用編を書きます。

今回のnoteに興味を持ち、より詳しく学びたい方は、下記の書籍や論文をご参考ください。

http://www2.nict.go.jp/advanced_ict/plan/s-brain/miyauchi/Non_invasive_study_of_human_brain_function104.pdf

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