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リアルの持つ力

長谷川美智子さんの記事をご紹介します。

長谷川さんがまだ生後ひと月ほどの赤ちゃんだったとき、家族と共に台湾から引き揚げてきたときの様子を、家族から聞き取って、物語風に書き起こしてくださったものだそうです。
聞き書きということで、描写は比較的、簡潔ですが、実際に体験したひとならではのリアリティがすごい!



台湾に住んでいる日本人に、引き揚げ命令がくだったところから始まります。写真を持って行く際に、アルバムごとではなく、写真のみを剥がして…というところがリアル。
フィクションだったら「映え」を考慮して、アルバムごと持って行くところですよね。

1946年2月15日。
『在台湾日本人全員、即刻引き揚げよ』との命令が総督府から発表され、翌日、台北市大正町の教員住宅に回覧板が回ってきた。
『2月20日・キールン港に集合せよ』
敗戦、無条件降伏。在台湾日本人は全員殺される。そんなうわさが流れていた時だった。さらに命令は続いた。

『洗面道具類・衣服・下着・文房具類・毛布一人一枚・図書・玩具類・写真・現金1人1000円。それ以外の持ち出し品は即没収』

「後一週間だ」「全部、捨てて帰るの?」「写真は持って帰ろう」
家族全員、一晩中かかってアルバムから写真を剥がし袋に入れる。台湾での写真は全部持って帰ろう……。
それからそれぞれが自分の大切なものを選ぶ作業が始まった。

持っていける大きさと重さの「自分の大切なもの」を、数時間で選ぶとしたら、私なら何を持っていくだろう、と考えます。

それ以外の家財道具を道端で叩き売り、いくばくかのお金に換えたあと、現金も持って行けないので、屋台で食べ尽くした、というところもにもリアルさを感じます。
台湾での最後のご馳走って、どのような感慨を抱きながらの食事だったんでしょうね。
日本への旅も、日本に上陸した後も、厳しい暮らしが待っていることは想像できたでしょうから、せめて今だけは先のことを考えずにお腹いっぱい食べよう、みたいな感じでしょうか。

長兄は、晩年、語った。
「台湾での最後の屋台……美味しかったよ。日本に帰ってからは米もなくて、歩けないぐらい腹が空いていた。毎夜、台湾の屋台の夢を見た」

家を出て、他の日本人と共に、軍隊に見張られながら歩き続けて、ついに港に着いてからも、困難が続きます。

キールン港の広場に集められた人は2000人は下らない。消毒していない柄杓、汚れた水筒、汚い手で握りしめた乾パン。コンクリートの上の雑魚寝。2日後、腹痛、嘔吐,下痢でバタバタと人が倒れた。
「赤痢だ」「疫痢も同時発生したらしい」
一年程前から台湾で流行っていた疫病はしばらく身を潜めていたが、キールン港で息を吹き返したのだ。ついに死者が出た。
「今にキールンは死体の山になる」
係員は蒼白になった。医者が駆け回り、「死亡確認」と告げる。ハサミで死者の髪の毛を切って、傍の家族に渡す。あちこちで毎日のように「死亡確認」の声。
多くの老人、子ども、赤ん坊が、港で船を待っている間に死んだ。

私は、教員住宅にいる時は、ふっくらした色白の赤ちゃんだったらしいが、キールン港で待機している間に、しなびたごぼうのようになっていたとか。

雪が降る寒い冬の港。幼い子供もたくさん居たのに、布団も(おそらくトイレも)ないところでいく日も過ごさなくてはならない。病気になっても薬もないし、栄養のある温かいご飯もない。それでもじっとそこで、船を待つしかないという。
子供や、赤ん坊を連れた親には拷問にも等しい時間でしょうね。

ようやく船が来て、船底に突き落とされるようにして詰め込まれ、出航してからも苦難は続きます。

船が動き出したその日のうちに、あちこちで嘔吐と下痢の音がした。黒いカバンをさげた医師が走り回る。キールン港で見た光景だ。
「俺たち、生き延びられるかな」長兄がつぶやく。「絶対、俺、死なない」次兄が応える。
プレジデント・ウィルソン号は動く伝染病棟と化した。あちこちに死臭が漂う。船内は巨大な棺桶だった。
「また死んだ」「子どもだ」ささやく声、微かな嗚咽。
父は覚悟した。全員、生きて帰ることはできないだろう……。

実際に起こったことなので、ぜんぜん美化される余地がないです。
戦争ってきっとこんな風に、弱いやつ、ついて来れないやつは死ねって感じで、軍人や役人が容赦なく市民を追い立てるようにして物事が進んでいくんでしょうね。

フィクションではしばしば主人公は暴力に抵抗しますが、実際に暴力をふるわれると、人間って抵抗できないものなんですよね。特に相手が大勢で強力な場合は。生殺与奪の力を持っている相手に歯向かうことなんて、想像もつかないんだろうなあ……。
戦争の本当の恐ろしさはそこだと思います。人間の尊厳というものを、みんなが無視するようになる。加害側も、被害側も。
現実には、ただただ市民は無力で、耐えるか怖がるしかないんだろうと思います。恐ろしいことです。

ここで掲載したのはほんの一部です。
ぜひ、長谷川さんのこちらの記事をお読みいただきたいと思います。
プロが書いたものとはひと味違う『実際に体験した人が語るリアル』を感じていただけると確信しています。
やはりね、フィクションはリアルに敵わないって思いますね。太刀打ちできない。
ドキュメンタリーの凄み……。

現にいまも、政権与党は、増税してまで海外から武器を買い、防衛費を増やそうとしています。台湾有事は日本有事、だの、中国や北朝鮮に占領される、などと、webやテレビで声高く喧伝する人が大勢います。それに賛同の声をあげる人もびっくりするくらい多いです。
そして叫んでいる人たちは、実際に自ら戦場に行ったり、辛いことをただ耐え忍んだりはしないでしょう。誰か他の人にやらせる、または誰かの子供にやらせる。そういう声に騙されないようにしないといけないと思います。

長谷川さん、よくぞ生き抜いて、ここで素晴らしいnoteを書いてくださいました。ありがとうございます。

大げさでもなんでもなく、我々がいまを生きていることがすでに奇跡なんだと感じました。


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