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ダーウィン事変

「君もボクも すべての動物は ただのONEだよ」


コミックレビュー第7弾はうめざわしゅんの「ダーウィン事変」です。
2022年漫画大賞1位を獲得したということで、いやーめでたい!けどレビューの必要なくね?と、ちょっと思いましたが(汗)
まあこの作品には寄生獣以来のワクワク(これ寄生獣好きな人、絶対好きだ…)を感じているので、頑張ってお伝えしようかと!

地球上で唯一の存在

物語の主人公はヒューマンジーの「チャーリー」です。

「ヒューマンジーなのってどんな感じ?」というルーシーの質問に答えて

彼のためだけの種名「ヒューマンジー」
人間とチンパンジー両方の遺伝子を持つ交雑種(ハイブリッド)で、地球上で唯一の存在。

人間並み(以上?)の知能と、チンパンジー以上の身体能力を持つ彼は、カリフォルニア州のストラルド生物研究所にいたエヴァという雌のチンパンジーと、その研究所の研究員グロスマン博士の遺伝子を受け継いで生まれました。

15年前、研究所がテロリスト「動物解放同盟(ANIMAL LIBERATION ALLIALCE=略してALA)」に襲撃された際に、流産しかけて血を流しているエヴァを発見、救出したのが始まりだったのです。

お面を被ったテロリスト達がエヴァを発見し、動物病院に運び込んだ


それから15年の月日が流れて。この時、エヴァのお腹にいたチャーリーが人間の養父母のもとで成長し、ハイスクールに通い始める初日から物語が始まります。

……そもそも“ヒューマンジー”が人間として普通の高校に通えるのか!?
とまあ、びっくりしました。
少なくとも日本では絶対に無理でしょう。けど、舞台はアメリカ。人権意識の発達した国。彼の人権を獲得するために、学校に通う実績を作ることが必要だったのです(※詳しくは後述)
彼の養父はチンパンジー研究者のスタイン博士、養母のハンナは弁護士です。

周りの学生の反応はさまざま。
珍しがるもの、警戒するもの、馬鹿にするもの……。
そして中庭で、子猫を助けようとした女の子を助けた、チャーリー。

右のコマ、ルーシーの腕を握っているのはチャーリーの「左足」

この時、助けた女の子「ルーシー」と友達になります。
しかしこの救出劇の一部始終を目撃したクラスメイトの中には、チャーリーの脅威的な動きに警戒するものも。

彼の身体能力は「チンパンジー以上」らしい?


そして大事件が起こる。街のレストランが爆破されて…

We did itの文字

ALAからの犯行声明がネットで流されます

ガイ・フォークス・マスクは「全体主義への抵抗」をあらわす

【テレビアナウンサー】「ALAは今から15年前にヒューマンジー発見のきっかけとなった研究所襲撃事件を起こした過激派動物権利団体として知られており、事件以降目立った活動はありませんでしたが最近になって──」

“ヴィーガンテロ”“ヒューマンジー”の報道に、チャーリーの学校内での立場は急速に悪化します。

【スタイン博士(チャーリーの養父)】学校はもう辞めさせよう

【ハンナ(チャーリーの養母)】!?待ってバート、まだ……

【スタイン博士】よく考えてくれハンナ。チャーリーはALAに“救出”されてるんだ。そしてSNS上では、ヴィーガンというだけで白眼視される状況になってる。あの子の立場はかなり危ういよ。

【ハンナ】でも──チャーリーは何もしてない!それにテロを支持してるようなヴィーガンや活動家なんてほとんどいないじゃない!

【スタイン博士】現実にはね。でも11人の無辜の市民が殺されてしまった事実はあまりに大きい。人々の感情の向かう先がテロリストだけに止まってくれる保証はない。少なくとも当分の間は……(略)下手したら“10年前”の二の舞になりかねない


10年前。当時5歳だったチャーリーは大きな事件を起こしていました。
同世代の人間の子供たちとプールに居たチャーリー。そこでトラブルが起こり、駆けつけた警察官達が見たものは……チャーリーひとりに倒されて横たわる警官たちの姿。

この事件は、とある政治的な圧力によってもみ消され、公式記録から消されて“なかったことになっている”のでした。
でも、チャーリーが暮らす街を担当する警官は、当時、駆けつけた中のひとりだったのです。彼はチャーリーを「何をしでかすか分からない危険な生物」という目で見ていました。

握力(ものを握りつぶす力)は重量キログラム(kgw) で表されるが、人の平均握力は成人男性50kgw、成人女性30kgwで、ものを掴む動作が行える類人猿のチンパンジーやオランウータンは推定200kgw、ゴリラは推定400~500kgwといわれている。


……物語の冒頭で研究所を襲い、レストランを爆破したテロリスト、ALAに視点を移すと──
彼らはチャーリーを密かに監視し、何事か企んでいる様子。

爆破事件の後も通学をやめないチャーリーを監視

【白人のテロリスト(リップマン少佐)】なあ……チャーリーは本当に…“俺たちの仲間”になると思うか?
【黒人のテロリスト(ファイヤアーベント)】……  ならざるを得なくするのさ

ファイヤアーベントは、チャーリーに関して何かを知っているらしい。

【ファイヤアーベント】チャーリーを目覚めさせるには“十分な孤独”が必要だ。彼の居場所はALAだけでいい。

そして彼らはチャーリーが暮らすスタイン家を襲撃!!

チャーリー達があぶな〜い😱


物語の見どころ

①社会と権利

チャーリーが「普通の高校生として学校に通う」わけ。
それは養母のハンナが、チャーリーが人権を獲得するため“人間の中で人間と同じように暮らせる”ことを証明する実績作りだったこと。
──通学するにあたり、スタイン夫妻は政治家のバックアップを受けていました。

パワフルなアメリカ女性、という感じのリナレス議員

リナレス下院議員。
彼女にも思惑──自分の目指す社会を叶えるため──があり、どうやらチャーリーが通う学校の筆頭株主であるらしい。
まあね、そうでなきゃいくらアメリカでも普通に通学は無理だよねーと。
こういう詳細が圧倒的な説得力に結び付くのですよね。

そして考えます。
この物語の意味するところ……半分ヒトの遺伝子を持つ、ヒトではないがヒトと同じ(あるいはそれ以上の)知能を持つ存在が、もしこの社会に居たら、人間はどう対応すべきか?わたしたちはどうすればいいのか?と。

留置所に居るチャーリーのもとに向かう養父母とルーシー

【ハンナ】犯罪者なら弁護士を付ける権利もあり黙秘権もある。人身保護令状を申請して、拘束の不当さを訴えることだってできる。でも……チャーリーはそうした正当な権利を何一つ持っていないの。しかもあの子は動物保護法に指定されるどの“動物”にも該当しない…

【ルーシー】それって…つまりどういうことなのハンナ?

【ハンナ】チャーリーの法的立場は──“物(thing)”なのよ。正確には財産目録に記載されている私とバートの「所有物」。だからチャーリーは今は被疑者でも参考人でもなく警察に押収された“証拠品”なの。

【ルーシー】──!!ざ、財産目録って…

【ハンナ】仕方ないの…いまのところ私たちの所有権(proprietary rights)として以外に、あの子を保護できる法律は存在しない。たぶん──世界中のどこにもね。

【ルーシー】…そんなこと…

(中略)

【ハンナ】私たちがいなくなっても、不当な暴力や抑圧からあの子を守る権利。自由権だけではダメ。生存権。参政権。労働基本権に医療や福祉を受ける権利…すべての権利(right)が。でも──チャーリーはいま法の真空地帯にいる。そこからあの子を救い出さなきゃならない。


……この流れに、考え込んでしまいます。
Twitterを眺めてるとですねえ、なかなか酷い暴言がいっぱい流れてくるんですよ。
国内で就労していても収入が少ない外国人への生活保護を無くせとか。人工透析を受けられる人を制限しろとか。移民問題にしてもそうです。

そう言うことをTwitterで書き込む人たちって、彼らが「優遇されてる」と目の敵にしてる、あるいは理由もなく見下してる人たち(例えばシングルマザー、障害者、性的マイノリティなどなど…)のことを知ろうとしているのかな?そういう人たちが生活するときに直面する様々な困難について、実際に目の当たりにしたり、向き合って話をしたことが無いんだろうなぁって。
……無知だからこそ、相手を貶める言葉が出てくる。
かくいう私だって知らないことの方がほとんどで、だから知る必要があるし、自分に全く関係ない事なんてないんですよね。社会活動=政治、だから。社会にいる限り繋がっているので。選挙の時は立候補者が掲げる政策をしっかり見なきゃいけないんだよな、と。

人間が社会のなかで暮らすことと権利のこと。普通の日本人なら生まれつき当然のように持っていて、改めてそれについて考えることもない「人権」のこと…。
人権とか権利っていうと、なんか「面倒臭そう」「ややこしそう」ってイメージがありますけど、もっと我々は、普段から意識するべきなんじゃなかろうか、子供にもきちんと教えていくべきなんじゃないかなあ…

……閑話休題

上の台詞のやりとりで、チャーリーの養父母の闘いはどういう性質のものか。その覚悟を知ったルーシー。

ルーシーは読者の分身

【ルーシー】なんていうか私…いままでそんなこと考えたことなかった。
自分の持ってる権利なんて当たり前だと思ってたし。これってすごく恥ずかしいことだよね…

──こういう“人間をふりかえる”感覚って『寄生獣(岩明均)』を読んでいたとき、何度も感じたんですよ。
この作品が好きな人はかなりの確率で『寄生獣』も好きだと思うんですよね。
いや作者も絶対好きだと思うんだよな寄生獣。(※個人の予想です)

右手に寄生した「ミギー」と話すシンイチ君


②チャーリーの存在が周囲に与える影響

チャーリーの台詞が……深い。
つうか、考えさせられる。

例えば学食での一幕。
チャーリーが、自分の養父母がヴィーガンなので、自分もヴィーガン食を食べている、という話に、いじめっ子のオジーが絡んできます。

【オジー】ヴィーガンの連中はよう、どの動物の命も平等って言うだろ?曰く”種差別”が良くないってな。クールな哲学だ!そりゃ俺も認めるよ。
けど、もしだぜ?もし致命的な病原菌を持ったネズミがお前に噛みつこうと向かってきたらどうする?そのネズミを止めるには──手に持った銃でその哀れな小動物を撃ち殺すしかない!
さあそんな時はどうすりゃいい?ネズミの命だって平等だ!心優しいヴィーガンは、ネズミ一匹のために自分の命を差し出すのか?

【チャーリー】…………

【クラスメイト①】私なら〜ダッシュで逃げる!

【クラスメイト②】ダメだよ!逃げられないって設定でしょ!

【クラスメイト①】じゃあ噛まれたあと、すぐにネズミと一緒に病院に行く!

【クラスメイト②】あったまいい〜

【ルーシー】アホらし……

【チャーリー】ボクなら──ネズミを撃ち殺すと思うな

【オジー】ヘイヘイどうしたよ!ネズミの命だって平等で大事なはずだろ?ネズミがかわいそうじゃねえか!

【チャーリー】でも……そうしないとボクが死んじゃうから

【オジー】ほらな聞いたろ?ヴィーガンだなんだ言ったってこんなもんさ!(略)動物はみんな生きるためには残酷になる!弱肉強食ってやつさ。それが厳しい自然の掟ってもんだからな!だろ?

【チャーリー】でも──病原菌に感染してるのが、たとえ君でも撃ち殺すけど…


……そして後日。ふたたび学食での一幕。

【チャーリー】“同じヴィーガン”って言われて、考えてたんだけど。
ボクは気づいた時にはたまたまそういう生活をしていて、特にそれを変える理由が見つからないってだけでさ。
だから君たちは、ボクに気兼ねなく、なんでも好きに食べるといい。鳥でも牛でも豚でも魚でも、人間でも──

【ルーシー】…………

【オジー】聞いたかよ…?イカれてるぜ。人間が人間を食うわけねえだろ!

【チャーリー】へぇ…じゃあボクも訊くけど、なんで人間“だけ”は殺して食べちゃダメなの?

チコちゃん「なんで?なんで人間は食べちゃダメなの?」

【オジー】なっ……

【チャーリー】もしそれが、苦痛や死を与えたくないって理由だとしたら、神経系を持つ有感生物はみんな当てはまっちゃうし……
それとも他に何か、人間だけを特別にする理由があるの?

【クラスメイト③】バッ、バカバカしい!人間は特別に決まってるだろ!動物とは違うんだ!

【チャーリー】どこが?

【クラスメイト③】ど、どこがって……(絶句)


チャーリーの台詞に「そういえばなんでだろう?なぜ人間は…人間とほかの動物って?」と読者が立ち止まって考えてしまうこと。
それがこの物語の一番の魅力だと思います。

ルーシーは、チャーリーの行動や話す内容に触れて、今まで考えたことがなかったそれらのことについて考え始めます。

【ルーシー】家族で都会に引っ越すとかできないの?例のテロの件が落ち着いてもさ、こんな中西部の片田舎で、君を受け入れられるような寛容さなんて永遠に望めないと思う。
私もいつか出ていく、こんな処。吐き気がする!みんな──蟻の集団と変わらない。……君もうんざりしたでしょ?

【チャーリー】蟻って、遠くから眺めてると集団の意志みたいなものしか見えないんだけど──よく観察すると、一匹一匹にちゃんと個性があるんだ。怠け者だったり計算高かったりして、駆け引きしあってる。無性生殖でコロニー全部の個体のDNAが同じ種でもそうらしいよ。

【ルーシー】…… もしかして…いま“アリ”の話してる?

【チャーリー】ボク…いままでほとんど家から出てことなかったから、父さんと母さん以外の人間はよく知らなくて

【チャーリー】本やネットは見てたけど、それって遠くから眺めてるってことなんだろうな。あんまり興味が持てなかった。
けど実際に近くで観察したら、人間(きみたち)って面白いね。学校に通いだしてから初めてのことばかりだし、来れなくなるとつまらない。

【ルーシー】…………!!

このやりとりを見て、また考えます。ヒト同士もそうだなぁって。
国や民族、住んでいる場所、食べるもの、着る服、文化の違い……テレビやネットを見てるだけで知った気になっているけど、それは「遠くから眺めてるだけだから、あんまり興味が持てない」と感じること…なのかもしれない。
実際にリアルで交わってみたら「近くで観察してみたら面白い」と感じるかもしれない。

チャーリーは常に“人間以外の視点に立って”話していて、人間も動物も同じ……“等価”であって、人間が人間を特別扱いする理由が分からない、とナチュラルに考えているのが分かります。貶めるでもなく、持ちあげるでもない。ネガティブでもポジティブでもない。彼は真に「ヒトとチンパンジー両方を併せ持つもの」なので、発言に説得力がある。

こういう所にまた寄生獣を感じてしまうんですよね。チャーリーには……ミギー“み”がある。

隠れてますが、右手が台詞を語っております


③海より深いドラマ

さて、シチ難しいことをいろいろ書きましたが、物語の魅力はテーマや台詞だけじゃない!エンターティメントも盛りだくさんなのです。
チャーリーとルーシーは、この後、いくつもの困難や驚愕のできごとに遭遇してゆきます。

[テロリストを訪問する]
潜伏していたテロリスト達の特徴を見抜いて、彼らの隠れ場所を推理し、単身乗り込んでみたり…

[自力で脱出する]
素手で手錠を壊し、留置所の檻の格子を曲げて脱獄したり…

[学校が襲撃される]
銃を持った男が学校を襲撃したり…

[テロリストと夜の森で対決]
元軍人の大人たちと素手(照明弾のみ持参)で渡り合ったり…


……そして転機……大きな悲劇が襲う。



チャーリーとルーシー、人間たちの選択は。

彼らの行く手から……目が!離せないっ!!


『ダーウィン事変』/うめざわしゅん
月刊アフタヌーン(講談社) 2020/8〜連載中 既刊4巻
2022マンガ大賞1位受賞

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