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世界の終わり【短編/加筆修正版】

◇言い訳……うまく直せたらジャンプラに出そうと思ってたんですけど、6300文字までしか削れずに断念しましたw(読み切りの規定は5000文字まで。元は8000程度)
勿体無いので投稿させて下さい😆
(↓※リンクは修正前)


「……明日、世界が終わる?ほんとに?」

 世界が終わるってどういう意味?地球に隕石がぶつかって粉々になっちゃうとか?
 白猫のシロさんは金茶色の眼を瞬くと、尻尾の先で軽く私の手の平を撫で、私をジッと見つめた。
『だから思い残すことがない様に。悠由ゆうゆ、時間はあるようで、気がつけば無いものだよ』
 シロさんの眼の表面に小さく写った私は、心を決めて頷いた。

 シロさんの本名は白神さまという。神さまだけに予言もする。怖いくらいに的中するので予知といった方がいいかも。
 私とシロさんは去年、私が高一の時に知り合った。それ以来、朝の登校前や放課後を、公園で一緒に過ごしていた。朝練に行かなくなってからも、目は早く覚めてしまう。小さな公園の、年季の入ったベンチにシロさんは丸くなっている。
 シロさん曰く、ある程度長生きした猫は波長の合う人間と話せるものらしい。歳を尋ねると、猫に年齢を訊いてはいけない、と嗜められた。シロさんは時々厳しい事も言うけど優しくて、絶対に嘘をつかない。

 翌日の朝、私は公園には寄らず真っ直ぐに学校への道を急いだ。
 汗だくになって教室に入ると、前の席の紅緒が笑いかけてきた。朝の学活が始まるまで、教室のエアコンはつかない。
「おはよーもう暑くて溶けそぉ」
 私は緊張で上手く笑えない。紅緒の耳に口を寄せて小声で
「あのさ……今日、告白する」
「ぅえっ!マジでぇ、いつ?」
「お昼休みかな。ねえテレビのニュースでは言ってなかったけどさ、今日、隕石が地球に衝突する予定ある?」
「は?隕石?」
「そう」
「何それ、ワケ分かんないし……告るって、相手やっぱ、ライト?」
 ライト、とは隣のクラスの男子、小宮山 月こみやまらいとの事だった。いわゆる高校デビューというやつらしく、中学まではフツーだったのに、高校入学時に金髪で現れ、初日から先生に呼び出されていた。見た目が小綺麗なので一部の女子に騒がれていたけど、ライトは相手が女子だろうと教師だろうと公平に無愛想なので、二年の現在はいつも一人だ。去年も隣のクラスだったけど、一度も笑った顔を見たことがない。

 世界が今日で終わるなら伝えてみよう。後のことは……あとで考えよう。

 私はお弁当を光の速さで食べ終わると、昼休み中で賑やかに生徒が行き来する隣のクラスに入っていき、窓辺でモソモソとおにぎりを食べているライトの前に立った。彼は怪訝な顔でこちらを見上げる。私は身を乗り出して
「付き合って下さい」
 小声で一気に言うと息を詰めて待った。ライトは数秒間の沈黙のあと、無表情のまま、ボソッと呟いた。
「具体的には何すりゃいーの」
「……なに……えっと一緒に帰る、とか?」
「分かった」
 ライトは空になったジュースの紙パックとおにぎりのゴミを持って立ち上がると、教室のゴミ箱に近づいてそれを捨て、そのまま教室を出て行った。私はポカンとその場に立ち尽くしていた。なんか思ってたんと違う……分かったって、なに?リアクション薄過ぎ……。
 予鈴が鳴り、私は納得いかない気分のまま、のろのろと自分のクラスに戻った。

 放課後になると、教室の出入り口からライトがのっそり入ってきて、私の席の前まで来て、黙って立ちつくした。彼が誰かの席に行くなんて行動が初めてで、周りのギャラリーの視線が集まる。私は急いで支度をすると立ち上がった。紅緒が叫んだ。
「うっそ、悠由マジで付き合うの?」
 私は慌てて紅緒の口を塞いだけど遅かった。周りの生徒が口々に
「付き合う?!」「竹中から告った?どんだけ勇者」「へええ、いつから?」
 私は焦る。だって、お試し期間かもしれないし。するとライトが
「うるせえ!放っとけ」
 と、一喝した。クラスのみんなは目を丸くして口を閉じ、私もすごく驚いた。ライトの大声を初めて聞いた。彼はそのまま歩き出し、私は慌ててついて行きながら紅緒に小さく手を振った。
「ごめん紅緒、後でLINEするし」
「う、ん。じゃね……」

 校門を出てから、しばらくお互い無言で歩いた。別れ道まで来てライトは立ち止まった。
「俺は駅から電車。お前は?」
「私はこっち。じゃ……」
 手を振ろうとした私をジロリと見ると、彼は駅への道に背を向けて、私が行く方の道に歩き出した。私は慌てて横に並び
「もしかして送ってくれんの?」
「お前さ辞めた?陸上部」
「えっ、ちょっと休部してる……知ってたんだ、私の部活。てゆうか名前も知らないと思ってた」
竹中悠由たけなかゆうゆ
 ライトと目があった。私は頷いた。

 ……沈黙が続く。彼氏と初めて一緒に帰る状況なのに、トキメキとか嬉しさよりも戸惑いが大きくて、えーどうしよーなに話せばいい?って頭の中でジタバタ騒いでる私が居る。シロさん。予言。考えるより先に言葉が出ていた。
「今日で世界が終わるらしいの」
「はあ?」
 必死で止める私と、全てぶっちゃけたい私とが心の中で戦って、ぶっちゃけたい欲望が勝った。私は怒涛のように話し始める。去年、猫のシロさんに会ったこと。シロさんは言葉を話せて、度々予言をすること。そして、世界が終わるという予言があったこと。
 話が終わっても、ライトは黙ったまま、何も言わない。
 スッキリした気分は一瞬で、直ぐに泥のような後悔が胸の中を塗り潰し、頭を抱えたくなる。
 やっちまった……危ない奴って思われてドン引きされた。私だって最初シロさんに話しかけられた時は自分の正気を疑ったもん。あーもー死にたい気分。
「あの、ごめん、変なこと言って」
「その猫、見れる?」
「えっ、うん。今から会いに行くつもり」
「じゃ見てからコメントする」
「……」
 しつこく沈黙。
 でも否定されなかった事でじわじわと嬉しさが込み上げてきた。ライトって思ったより、すごくイイ奴なのかも。
 てゆーかほんとに世界は終わるのか?そんな気配は毛ほども無いけど。

 大きな公園の入口から入って中をつっきり、もうひとつの小さな公園に向かった。そちらは雑木林に隣接していて小さなベンチが二つと鉄棒があるだけだ。いつもあまり人気がない。
 古ぼけたベンチの上にシロさんを見つけてホッとする。

『シロさん』私は心で話しかけた。

……反応がない。いつもなら、穏やかな気配と『おかえり』という声が返ってくるのに。胸がざわめいた。シロさんは、ベンチの上に横たわって、じっと目を瞑ったままだ。
「シロさん?」
 思わず声に出してシロさんに触れた。固くて冷たい。シロさんの口元に手を当ててみる。息をしてない。
「死んでる」
 ライトがシロさんに手を触れて呟いた言葉が私に突き刺さった。私はよろめいてシロさんの隣にドスンと腰を下ろした。
「う、うそ、嘘!し、シロさんっ……シロさっ……ぐ、ふぐ……ふうっうう……」
 涙が大量に出てくる。自分でもビックリするくらい私は激しく泣き出した。

 嗚咽が次第に収まってきた。溢れる涙としゃっくりの合間に、ライトがじっと立ち尽くしているのが分かって申し訳ない気持ちになる。彼はポケットから皺くちゃのハンカチを取り出して私の目の前に差し出した。私はそれで涙を拭くと、何度か深呼吸をして、呼吸を落ち着けようとする。
「ほんとだったな」
 彼の言葉に私はハンカチから顔を上げた。
「猫にとって今日が、ほんとに世界が終わる日だったな……信じるわ、お前の話」
 私は涙を拭いて立ち上がった。
「ありがとう。ごめん小宮山、これからシロさんを埋葬するから。今日は帰ってくれる?」
「えっ、今から?埋葬ってどこに?」
「ここの、公園の裏山」と、私は背後に見える雑木林を指差した。「シロさんの奥さんが眠ってるって。だから自分に何かあったら、ここに埋めて欲しいって前にシロさんが」
「いやちょ、お前、これから夜になるし、いくら小さい山っつっても女一人で入るのは危ないって」
「でも、シロさんには恩があるから」
「ええー……」
 私は鞄からジャージを引っ張り出すと、シロさんを包んで腕に抱えた。一旦家に帰って、着替えてスコップと一緒にここに戻るつもりだ。私は困り顔のライトに顔を向けた。
「ハンカチありがと。洗って月曜に返すね。……じゃあまた」
「マジかよ……」
 私はさっさと歩き出す。なぜかライトもそのままついてくる。

 家に着いたところで、ライトは俺も行く、と言い出し、ちょっとした言い争いになった。けど「お前ほんとに俺と付き合う気あんの?」とまで言われて、根負けしてしまう。ひとまず家に入って貰い、ドーナツと冷たいお茶で一休みした。私はライトにずっと訊きたかったことを尋ねた。
「小宮山さ……中学の一年と二年のとき、全中陸上、出てたよね?」
 ライトはドーナツを頬張りながら
「お前も居たの?」
「やっぱり!最初はさ、小宮山の名前がかっこいいなって思って見てて。一年なのにスタートから走りに繋がるとこ凄くスムーズで上手いなあってビックリして。二年でも、同じ種目でまた出てるなあって……けど、同じ高校だったんだって、二年になるまで気がついてなかった。印象すごく変わってたし。だから、こんな近くに居たんだって嬉しくて」
 ライトは唇を歪めた。
「三年は何で出なかったの、とか、陸上辞めたのどうしてとか、訊かねえのー?」
「……」
「まあ見当つくよな。そっ、怪我……付き合うとか言って、要するにそれが訊きたかったってこと?まわりくどい事すんなあ」
「それだけじゃない、よ」
「……それだけじゃない、か」
「……」
 微妙な沈黙が落ちた。ライトは大きく溜息をついて
「そろそろ行くか」
 と、立ち上がった。

 陽が落ちて、刻刻と暗さを増すなか、スコップとタオルに包んだシロさんの身体を抱えて、私とライトは誰もいない公園に入った。
 ライトには、父のTシャツとズボンに着替えて貰った。雑木林を囲む石垣の壁は、低いところから次第に高くなる登りのスロープになっている。そこを通路がわりに歩いて登り、雑木林に入ってゆく。

 林の奥は小さな山に繋がっている。前に何度か、シロさんと一緒に来た場所。獣道を辿って行った先のところに、小さな広場みたいな箇所がある。
「ここだったと思う」
 懐中電灯でその場所を照らして、ライトに教えた。電灯を脇の木の枝に設置して、二人でスコップを地面に突き立て、掘り始める。

 スコップに慣れていないのと、石や根っこが邪魔をして、猫が入る程度の穴でも中々掘るのが難しい。すぐに私もライトも、水に濡れたように汗びっしょりになる。
「森に穴掘るって……マジ重労働だな」
 ライトがちょっと手を休め、首に巻いたタオルで顔を拭った。
「ドラマとかでよくある、山に人の死体埋めるのって安易だなーって思ってたけど、めっちゃ苦労してたんだね」
 私も汗を拭った。長いこと部活を休んでるせいか、体力落ちたなあ、と感じる。

 灯りに羽虫が集まり始め、厳重に虫除けを塗ってきたのにあちこち蚊に刺されて、弱音を吐きそうになるけど、ぐっと堪える。ライトも黙々と作業を続ける。
 ようやく、そこそこの大きさの穴が掘りあがった。私はタオルで包んだシロさんの遺体を穴の底に横たえた。二人で手を合わせる。

 シロさん。私に声をかけてくれて、ありがとう。
 シロさん。告白の背中を押してくれて、ありがとう。

 手を合わせ目を閉じているライトの顔をこっそり見る。汗と泥でドロドロだけど、ものすごくカッコよく見えた。

———私、この人のこと、やっぱり好きだ。

 二人で土をかけて、穴を埋め戻した。全て終わって山を降りる頃には、すっかり夜になっていた。


 交代でシャワーを浴び、私は室内着に着替え、ライトには申し訳ないけど、また制服に着替えて貰った。焼うどんを作り、昨日の残りの唐揚げと味噌汁を温めて食べた。父親は長期出張中なので、看護師の母が夜勤の時は、いつもひとりで夜を過ごす。
 食事を口に運びながら、ライトはスマホで親に連絡していた。向かいに座った私の顔を見て
「俺の怪我さ、アキレス腱。お前もだよな」
「知ってたんだ」
「ん。今だから言うけど……去年、お前が怪我した時、俺たぶんそこに居合わせた」
「え?」
「お前が顧問と、部活の連中と保健室に入って来た時、ベッドで昼寝してて……お前さぁ自分が怪我してんのに、思ったより痛くない、大丈夫だからって周りに言ってて……ほかの奴らが部屋から居なくなった途端、ベソベソ泣き出してさぁ。俺、出るに出れなくてどうしよ、みたいな」
「ごめん……」
「分かってる。もう走れないかもしれない。いや、元のようには二度と走れないって絶望してたんだろ。俺もそうだった」
「……」
「アキレス腱断裂。競技復帰まで最短でも半年。それだって、完全には戻らない可能性が高い、とか。まじキツイ……周りはリハビリ頑張れば何とかなるかも、とか言ってたけど、俺はそこで切れちゃって。気持ちとか、色々」
「うん……」
「ガキんころから走るのが楽しくてしょうがなくて、結果も出せて、先しか見てなかったのに……辞めたら何すりゃいい。とりあえず遊ぶか、みたいな……髪染めたり、カラオケとかゲームとかダラダラ遊んで。けどさー全然つまんね。親は心配するし、なんかバカらしいなって。とりま高校は中学の部活仲間がいないところ探して入って。
 したら、陸上部にお前が居て。技術はともかく楽しくてしょうがない、そんな走り……キツかった。見ないようにしようとしても目を離せなかった、どうしても」
「……」
「……お前を見ながら……何で俺。何でお前じゃなくて俺なんだ。お前も俺と同じになればいい、同じように怪我して苦しめばいい……そう、思った……ごめん」
 私は上手く言葉が出なくて、首を振った。ライトは俯いて、うどんを箸でつついている。
「だからお前が怪我した後は、廊下で会っても後ろめたくて顔が見れなかった……自分の小ささが嫌んなる」
「ありがとう、話してくれて。私も立場が逆なら、きっと同じように考えたと思う。……うん、怪我直後はめっちゃしんどかったな……ぶっちゃけ、死にたいって思ってて……あの山の中で首でも吊ろうかな、なんて。そんな時にシロさんが話しかけてくれたの。シロさんが、助けてくれたんだ」
「そっか」
 しんみりとした沈黙。ふいに、ライトがふっは、と声を上げて笑った。
「最初のデートが神様の埋葬で、夜の山の中でドロドロになって穴掘りとか、そんなん俺らだけじゃね」
「あはは!ホントだよねぇ」
 私達は笑い合った。初めて見るライトの笑顔は、凄く可愛いと思った。

 玄関先で、思わず私はライトに確認した。
「あのさ!付き合うのOKって事で、いいんだよね?」
 ライトはキョトンとして
「うん。……え、返事して無かったっけ?」
「してない!分かった、しか言ってない!」
「じゃあ付き合お。世界はまだ終わらないみたいだし」
「うん」
 ライトは憑き物が落ちたみたいに、軽やかに笑った。手を振って夜道を歩き出す彼の金髪は、月みたいに闇に浮かんで見える。
 彼の姿が見えなくなると、私は空を見上げ月を探した。あそこだ、猫の爪のような三日月。

 ふいに記憶が押し寄せた。

 私とシロさんは朝の公園で、青空に浮かぶ薄い三日月を見上げていた。シロさんは尻尾で私の手を優しく撫ぜるとこう言った。
『悠由、昼間の月はあなたを見ている。月の苦しみに、もうすぐ気づくだろう。その時あなたは思い出す。私は、あなたの幸せを祈っているということを。どこにいても』

 闇に浮かぶ三日月が滲む。指で涙を拭った。シロさんは、その時にはもう、自分がこの世界に居ないことが分かっていたんだろう。

 柔らかな尻尾を持った優しい神様は、今、最愛の連れ合いと一緒に、公園の山に眠っている。




(完)

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