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25歳の無職女が50歳の中年男性と小旅行へいった話。

去年の8月。

僕はまだまだ無職だった。

数々の企業が僕のメールにお祈り通知を送ってくる。「今回はお見送りとさせていただきます」の下りはもう100件以上を超えていた。僕は、転職エージェントの悲哀の声を電話機に耳を当て、「大丈夫です、また受けますから」と苦笑いで話す。何度、枕を濡らしたことか。むしろ回答も返ってこないところがあった。毎日、夜な夜なコンビニに出歩いては、タバコの吸いカスをみて僕を思い返す。「あーあ、何で退職しちゃったんだろ?」蛍光灯に照らされたヤマハのVOXはきらびやかに光出すのがわかった。コーヒーとおにぎり。僕はなけなしの金を取り出し、バイクに跨って次の転職先を探していた。

「あの、すいません。ライターあります?」

最初、僕に言っているのかわからなかった。僕は、パジャマで外にいていたので、「いえ、持ってないですね・・。ごめんなさい。」と言った。男は中年くらいでビール腹でパンパンになったシャツが目立つ。どうやらタクシーの運転手で、たまたまタバコ休憩をしていたらしい。男は困った顔で、僕をみた。「そうですか、すいませんね。声かけちゃって!」と苦笑いして言って去っていく。男が去った後、僕は、バイクのメットインできるスペースの鍵を開け中を取り出すと、何か光っているのが見えた。手を入れるとツルツルしていてすぐにライターだということがわかった。僕は急いで、あの中年男性のタクシーのところまで走った。

「これ、あげます!残り少ないと思うけど!」

何メートルなんだろうか。僕は、息を切らしながら言った。

「え、そんなそんな!ダメですよ。お金払います、いくらですか?」中年の男はそう言って折り畳みの財布を取り出して、僕に尋ねた。しかし僕は微笑みながら、手を添えた。「大丈夫です。いつもご苦労様です。あ、これよかったらどうぞ。」僕は飲もうとしていたコーヒーを中年の男に渡して、帰る。一日一善、やる時はやるじゃないか。僕はホクホクしながら帰った。その日の夜はすんなりと眠れたように感じた。

翌日、僕はまた夜な夜なあのコンビニへ行って同じコーヒーを買ってバイクに跨がり飲んでいた。すると、見覚えのある車が1台止まった。あの時の中年だ、僕は中年の車を見つめていた。すると、僕を見つけたのか小走りで駆け寄ってきた。

「あ!昨日の!あの時はどうもありがとうございました〜、いやぁ助かった!」

「いえいえ、夜中にお疲れ様です、今日もお仕事ですか?」

「うん、僕、個人タクシーでさ、もうすぐ帰るところなんだよ。あ!よかったら時間はありますか?お礼をかねて、見せたいものがあるんです!あ、でもこんなオッサンが声かけたら不審やね。」

昔、母親に不審な車に乗ったおじさんには声をかけられても、無視するか逃げてきなさいと言われていたが、僕は不思議と中年の男を信頼していた。どうせどっかに捨てられるなら、山奥なんかがいいなと軽い気持ちだった。

「良いですよ。どこ行きますか?」

今思えば、スリリングだった。中年は驚いていたのか、口をあんぐりと開けながら、目を丸くしていた。僕は、窓辺をみながら少し照れた。僕はバイクをコンビニ置いて、彼の車に乗った。タバコの微かな匂いと、バックミラーに「石切神社」と書かれたお守りが吊られ、対向車の光できらりと光る。

「運転手さんは、この仕事何年なんですか?」

「僕?先月、個人やり始めたんですよ!前の仕事はコロナショックでねー」

どうでもよかった話、でも自然と話は聞けた。
おじさん独特のオイリーな香りが車内に程よく漂う。おじさんも、わたしと同じ年頃の娘さんがいて、その娘さんも同じ転職活動をしているらしい。話している間、おじさんはすごくにこやかだった。お互いの趣味が、写真ってのもあって、ジャンルは違えど、話は結構弾んだ。コンビニから30分、南港の工場施設が見える高台が見えた。僕らはその高台の側の道路側に車を止め、車から景色を覗いた。そこは赤や黄色、がピカピカしていた。
『お姉さん、写真好きって言ってたでしょ。ここ、僕が前に働いていたとこなんです。娘にも見せてあげたいんやけど、あんまり若い子は好きやないみたいでね。ごめんね。あんまりなんもなかったね。』

おじさんは、少しだけ苦笑いしていた。いやおじさん、僕ね、いますごく感動しているよ。

「ううん、きれいです。もっと自分も、こんなにきれいになれたらよかったですね」

おじさんは首を振った。

「なにゆーてるの、26歳のピチピチなお姉さんやないの。おじさんが昔やったら、絶対、好きになってたわ。もっと自信もってもえーんじゃないかな?」

そんな人生の深い話を2時間もしていた。気が付くと、深夜の3時が過ぎまで話し込んでいた。帰り際、助手席でうたたねをする自分を起こさないように、ゆっくりとゆっくりと運転してくれたらしい。

3時30分、僕は起きた。またあのコンビニとおじさんの顔。

『お客さん、つきましたよ。』
おじさんはこっちをみている。僕はすこしだけ恥ずかしくて、目を逸らした。

忘れられない夏の夢。
君にもあるだろうか?


写真を撮るOLです。